玉木俊明

玉木俊明

カナダ・ドーソンのカジノ。かつてはゴールドラッシュで栄えた街である。ディーラーは女性が多い。会場の奥ではカンカン踊りが披露されている。

(写真:佐藤秀明

私たちを支配する「手数料」

戦後にわたって続いたアメリカ型の支配が、終焉を迎えるかもしれない。これから覇権はどのように移り変わっていくのだろう。実は未来の覇権国を描く際には「キャッシュレス」のあり方が大きく関わることになるかもしれない。経済学者の玉木俊明氏が解説する。

Updated by Toshiaki Tamaki on February, 4, 2022, 9:00 am JST

アメリカの覇権へ

1944年7月、アメリカのニューハンプシャー州のブレトン・ウッズに44カ国の代表が集いブレトン・ウッズ会議が開催された。これはもう連合国側が勝利することが間違いなくなったので、第二次世界大戦後の世界の経済秩序のあり方を決定しようとした会議である。

第二次世界大戦は、まさに各国の総力戦であった。そのためヨーロッパ経済は大きく疲弊した。かつての覇権国家イギリスの経済も大きく衰退していた。第二次世界大戦直前においては、イギリスでは政府債務の対GDP比率は29パーセントにすぎなかったのが、第二次世界大戦が終わる頃には、240パーセントにまで増加していたのである。したがって、ブレトン・ウッズ会議はアメリカのヘゲモニーを決定づける会議ともなった。
第二次世界大戦後、アメリカのGNPは世界の半額を占めると言われるほど巨額になり、他国を圧倒するほどの経済大国になった。戦後、資本主義陣営と社会主義陣営に世界が分裂する冷戦の時代となったが、経済的には西側=資本主義陣営が圧倒的に強く、その中心がアメリカであった。

アメリカの覇権のあり方は、イギリスとは大きく違っていた。多くの国際機関が、アメリカの後ろ盾によって創設された。アメリカは、国際機関を利用することで世界経済のヘゲモニーを握ったのである。ブレトン・ウッズ会議は、このシステムを築き上げるための会議であった。IMFと世界銀行が、アメリカのヘゲモニーにとってもっとも重要な国際機関であったのである。

IMFは加盟国の経済をコントロールすることはできない。しかし、IMFにもっとも多くの金額を拠出しているのはアメリカである。それに対し、世界銀行は国際連合の独立機関である。そして、IMFの加盟国でなければ、世界銀行に加盟することはできない。したがってIMFの方が現実には力が強い。世界銀行の総裁には、原則としてアメリカ人が選出される。

さらに、金1オンス=35ドルと固定される金本位制が採用され、そのドルに対して、各国の通貨の交換比率が決められるというシステムの固定相場制が構築された。アメリカ・ドルは、世界経済の基軸通貨としての役割を付与された。しかしこれは、アメリカ・ドルが他国の通貨よりもずっと強く、しかもそれが変わらないときにのみ維持できる体制であった。

ブレトン・ウッズ体制とは、アメリカの覇権を象徴する体制であった。アメリカがこのようなことをできたのは、他国と比較してきわめ経済力が圧倒的に強かったからである。1946年の時点では、世界のGNPの半分ほどをアメリカが占めていたとさえ言われている。

しかし、アメリカの覇権は1971年に金本位制が放棄され、1973年に石油危機が訪れたことで大きく崩れた。石油危機以前には、アメリカを中心するメジャーと呼ばれる巨大な石油会社が原油価格の決定力をもっていたが、それが成り立たなくなったのである。これは明らかにアメリカの凋落を意味した。だが、現在の覇権国をあえて選ぶなら、いまだアメリカではあるだろう。

それは、世界の貿易決済の中心が、そして世界金融の中心がアメリカであるからにほかならない。世界経済が成長すれば、その利益の一部はアメリカに流入する。して、冒頭で述べたように、クレジットカードの決済の少なからぬ部分がアメリカに入ってくると推測されるからである。

覇権国は変わるのか

中国の貨幣・人民元
中国の貨幣・人民元

要するに覇権国とは、自動的にカネが入ってくる国である。システムの中核に位置し、あらゆる国はそのシステムを使用するために、中核国に手数料を支払う。しかし、多くの人々は手数料を払っているとは気づかない。衰えたとはいえアメリカにはなお多額の手数料収入が入ってきているし、金融業のウェイトが高いイギリスにもおいてもそれはあてはまる。

資本主義経済が持続的経済成長を前提としている以上、手数料による収入は増加する。しかも金融化がどんどんと進行している以上、手数料の重要性は、ますます増加するように思われるのだ。

現代経済でもっともホットなテーマは、果たして覇権国がアメリカから中国に移行するかどうかということであろう。これまでの議論からお分りいただけるように、それは中国が独自に開発したシステムによって、世界経済が成長すればするほど自国の富が増大するというシステムを形成できるかどうかにかかっていると言えよう。

つまり中国が世界経済の中心になり、構造的権力をもつようになり、世界経済が成長することで自動的にカネが転がり込むシステムの構築に成功するかどうかがカギになるはずである。それはイギリスともアメリカとも異なるシステムであり、もし中国がそれに成功したとすれば、世界は新しい資本主義の段階に突入する。
だがそれでも「コミッションキャピタリズムこそ資本主義の真の姿だ」という点に、変わりはないのだ。

本文中に登場した書籍
カジノ資本主義』著 スーザン・ストレンジ 訳 小林襄治 (岩波現代文庫 2007年)