長坂俊成

長坂俊成

宮城県石巻市の間垣地区。北上川の河口近くに位置しており、震災前は住宅が建ち並んでいた。

(写真:佐藤秀明

無意味に思われる物語こそが、真実を紐解く

前回、長坂俊成氏は、オーラルヒストリーが防災対策や復興政策につながっていく例を示した。しかしながら、オーラルヒストリーの収集にはたくさんの障壁がある。ここでは音声アーカイブの収集・保存の現状を紹介するとともに、その生かし方を著してもらった。また、防災や被災後の暮らしを考えるうえで考えなければならない現実的な問題へのアプローチも具体的な例を用いて展開する。

Updated by Toshinari Nagasaka on March, 14, 2022, 8:50 am JST

アメリカで進むオーラルヒストリーの収集事業

残念ながら、現状においてオーラルヒストリーのデジタルアーカイブを支えるプラットフォームの維持管理は簡単ではない。音のプラットフォームが整備される環境をつくっていかなくてはならない。

津波で流された航空機
津波で流されてきた航空機。出典:東日本大震災文庫(宮城県) 提供者:第二管区海上保安本部

この点においてアメリカでは、StoryCorpsというNPOが市井の人々の声の人類史を当事者参加型で収録し、Web上で共有するプラットフォームを構築し寄付モデルで運営している。さらに、そこに投稿された市民のオーラルヒストリーは米国議会図書館に永年アーカイブされることとなった。同NPOは当初、ニューヨークのグランドセントラル駅構内にスタジオを設置し、その後、収録スタジオを有するトレーラーハウスが全米を行脚し、親子や友人がペアとなり大切な人に伝え残したい語りを収録して、Webで公開している。現在は、スマホのアプリで収録し、投稿できる工夫がなされている。中にはベトナム帰還兵など退役軍人やLGBTの当事者の語り、人種差別の語り、親から受けた性的虐待を子供に伝える語り、911のテロの犠牲者の遺族の語りなどがあり、どれも、社会批判やインタビューという形式ではなく、愛する人や信頼できる友人が聞き手となり、語り手の声を傾聴する安心できるやさしい雰囲気の中で語られている。

日本における、語ってもらうことの難しさ

私はこの取り組みに共感し、スマホで聞けるWebラジオアプリを開発し「WEBラヂオちよだ」を開局した。
同時に、東京都千代田区にあるJR神田駅構内にオーラルヒストリーの収録スタジオを設置し、周辺の住民や事業者の方々のオーラルヒストリーを収録し配信するアーカイブを開始した。しかしながら、新型コロナウィルスの影響により駅ナカスタジオは閉鎖した。現在は、神田駅西口商店街の中に収録スタジオを移転し、再開に向けて準備しているところである。当初、駅ナカスタジオで語っていただいた60代後半の町内会役員の方に、小学生時代の神田駅周辺の風俗の様子を語っていただいた。キャバレーの裏口付近での女性と客との修羅場のシーンなど、当時の神田駅前の風情が目に浮かぶように生き生きと語っていただいた。

しかし、Webラジオの配信前に音源を確認していただいたところ、何か所か削除の要請があり、そのまま配信することはできなかった。地域での立場や家族との関係を気遣ってのことではあるが、同調圧力が強い我が国と米国との違いが、オーラルヒストリーによる市井の人々の人類史の記録のありようにも差が生じることが経験的に明らかになった。

避難所の小学校
避難所となった石巻市の小学校。出典:東日本大震災文庫(宮城県) 提供者:寄磯小

それ以前に、語り手を探すことが容易ではないのだ。日本では「語る」ということをあまり善とせず、秘密や辛い目にあったことなどは「心に秘め」「墓場まで持っていく」ことが美徳とされる。ただ、日本は仏教国でもあり、傾聴の文化も少ないながら残っているが、傾聴を記録し社会的に共有する文化は無い。医療や福祉の専門職の方が聞いたクライアントの語りはプライバシーとして守秘義務や研究倫理で守られる。がんのサバイバーがおなじ苦しみを共有するがん患者に自らの体験を語り、共有するピアサポートのログがオーラルヒストリーとして共有されることがある。本格的なボーンデジタルの時代を迎え、オーラルヒストリーやナラティブを社会で共有し、人類史として後世に伝える新たな文化を醸成することが日本社会に求められている。