玉木俊明

玉木俊明

世界の紙幣たち。肖像画からは各国の歴史や主張が垣間見える。

(写真:佐藤秀明

「税逃れ」は市民に利するか

ITの発達により、市民にとっては好ましくない行為もより容易に行われるようになった。その一つが大企業等による「租税回避行為」である。数回のクリックで莫大な富が都市や国家から流出し、格差拡大を生じさせている。しかしながらタックスヘイブンを利用した租税回避行動には実に300年近い歴史があり、部分的にはそれが市民に利することもあった。租税回避の真実を経済学者の玉木俊明氏が紹介する。

Updated by Toshiaki Tamaki on March, 17, 2022, 8:50 am JST

近世の密輸と現代のタックスヘイブンはどう違うのか

租税回避(tax avoidance)とは、税金というものがかけられるようになってから、ずっと続いている行為であろう。そもそも人はできれば税金など支払いたくないからである。だから租税回避行為とは、人間の性ともいえるのである。

税金をかけることができるのは、究極的には国家だけである。それゆえ租税回避行為とは、必然的に反国家という行為になる。ただし、ある国に対しての租税回避が、別の国にとっては租税遂行行為となることもある。仮に個人であれ法人であれ、どこかの国に税金を納めなければならないなら、できるだけ税額が少ない国で納税するはずだ。

現在、いわゆるタックスヘイブンが存在しているのは、おそらくはそこに由来する。だがまた租税回避行為がずっと昔から現在まで続いているとするなら、今と昔ではどういう差があるのかという疑問が出てくるであろう。

ここでは、その問題を取り上げたい。近世のイギリスで大量に消費された茶の少なくない部分が、当時の典型的な租税回避行為であった密輸という行為によって輸入されていたのに対し、現在では、企業や個人がタックスヘイブンを利用して租税を回避している。この違いは、いったいどういう理由から生じ、そして何をもたらしているのだろうか。

高い関税が密輸を生じさせた

イギリスが紅茶の国であることは誰でも知っている。その茶は、元来イギリス東インド会社がアジア、とりわけ中国の広州から輸入したものであった。しかし現実には、この会社が茶の輸入を独占していたわけではなかった。

まだ経済水準があまり高くなく、外国の商品をいわば「舶来品」として崇めていた18世紀のイギリス人は、茶が欲しかった。すでに18世紀になると、イギリスの上流階級の人々のあいだで茶を飲む習慣は普及していた。どのような商品でもそうだが、商品が普及すると大量生産が可能になり、商品価格は大きく低下する。上流階級のみならず、下層の人々に至るまで、茶を飲むことができるようになるはずであった。それをさまたげていたのが、高い関税率であった。イギリスがアジアから輸入する茶には、100パーセントを超える関税がかけられていた。

この障壁を克服する方法は一つしかなかった。すなわち、密輸である。その際に重要だったのは、スウェーデンとフランスであった。