岡西政典

岡西政典

青空のもとに広がる石垣の海。

(写真:佐藤秀明

バケツ一杯の水からそこに住む生物種を検出しうる「メタバーコーディング解析」。活用に必要なのは……

chatGPTが公開されたことにより、AIの凄まじい発展を多くの人が目撃することになった。しかし、chatGPTはオンライン上のテキストデータを情報源にしているのであり、その真偽を見極める力はまだ弱い。「見分ける」ことの専門家である分類学の専門家は、現在の状況をどのようにみているのであろうか。分類学者の言葉を紹介しよう。

Updated by Masanori Okanishi on March, 23, 2023, 5:00 am JST

AIが発展したからこそ、その素材となる情報が重要となる

INSD上にあるDNAの由来の生物がいつまでも未同定であることは、解析によってはプラスどころか、マイナス要素になりうるのである。しかし、例えば”Ophiuroidea sp.”のINSD情報に、その標本写真が載せられているだけで、我々は科、属、運が良ければ種まで同定精度を上げることができる。それにより環境DNA解析の解像度はぐっと深まるはずである。

このような状況を考えると、INSD上のデータには、専門家の「お墨付き」が載せられる事が望ましいのではないだろうか。ネット上のデータには、その生物の非専門家が同定したデータもある。これもまた、誤同定というマイナス要素を生む大きな要因となる。少なくともメタバーコーディング解析においては、専門家の「お墨付き」が得られたデータはかなり重宝されるはずだ。

秋の松林。八ヶ岳山麓にて
秋の松林。八ヶ岳山麓にて。

この専門家の役割を分類学者が担うことは、そう不自然なことではないだろう。近年の急速なDNA解析技術の発展は、生物学にDXをもたらしていることは間違いない。そんな世の中において、分類学という長い歴史を持つ学問の必要性が高まっているのである。
これまで述べたように、分類学は、生物学が生物の名前を「使いやすく」するため、その整理に多大な労力を割いてきた。「研究室の一室で、古びた標本とずっとにらめっこしている」.分類学者にはそんなかび臭いイメージがあるかもしれない。しかし分類学者はその役割を見失わず、粛々と学名の整理にいそしみ続けてきた。そしてその情報は、今日到来している生物学の転換期において、今まさに日の目を見るべきであると予想している。

これまで4回に渡って、この分類学を紹介してきたが、なるべく皆様にもわかりやすいような表現を心掛けてきたつもりである。このような分類学が存在すること、そしてそれを遂行する分類学者が、今も新たなデータを吸収し続け、生物学に貢献すべく、今も発展し続けていることが皆様の心に少しでも残ることを願い、筆を擱くことにしたい。

※「正確な学名」という表現は分類学的にはナンセンスな言葉である。学名とは、あくまでも人間が認識するためのものであって「100%正確な学名」はまず存在しない。実際には「最も望ましい学名」という表現がより適切であろう。

参考文献
生物を分けると世界が分かるー分類すると見えてくる、生物進化と地球の変遷』岡西政典(講談社 2022年)
ウニハンドブック』田中颯、大作晃一、幸塚久典(文一総合出版 2019年)
・Ficetola GF, Miaud C, Pompanon F, Taberlet P. (2008) Species detection using environmental DNA from water samples. Biology Letters 4: 423-425. http://doi.org/10.1098/rsbl.2008.0118
・Miya M, Sato Y, Fukunaga T, Sado T, Poulsen JY, Sato K, Minamoto T, Yamamoto S, Yamanaka H, Araki H, Kondoh M, Iwasaki W. (2015) MiFish, a set of universal PCR primers for metabarcoding environmental DNA from fishes: detection of more than 230 subtropical marine species. Royal Society. Open Science 2: 150088. http://doi.org/10.1098/rsos.150088
・Komai T, Gotoh RO, Sado T, Miya M (2019) Development of a new set of PCR primers for eDNA metabarcoding decapod crustaceans. Metabarcoding and Metagenomics 3: e33835. https://doi.org/10.3897/mbmg.3.33835
・Okanishi M, Kohtsuka H, Wu Q, Shinji J, Shibata N, Tamada T, Nakano T, Minamoto T (2023) Development of two new sets of PCR primers for eDNA metabarcoding of brittle stars (Echinodermata, Ophiuroidea). Metabarcoding and Metagenomics 7: e94298. https://doi.org/10.3897/mbmg.7.94298

※2023年3月26日、一部の記述につきまして改訂を行いました。