井山弘幸

井山弘幸

(写真:WindAwake / shutterstock

集めることを、知ること、創ることにつなげるためには

ものを集めるということは知識の獲得の手段になりうる。「もの集め」をざっと一覧して、もの集めが、知ることや、創る行為とどのように関わりをもつのか考えてみよう。

Updated by Hiroyuki Iyama on April, 17, 2023, 5:00 am JST

原型となる理論がなければ、集めることは、知ることにも、創ることにもつながらない

石集めの話題をもう一つ建築分野から。時は1879年のフランスの片田舎オートリーブ。郵便配達夫のフェルディナン・シュヴァルは、算盤のような楕円球が重なる珍しい形状の石を偶然見つけた。シュヴァルは配達の途中でこれを集めては家に持ち帰って庭先に積み上げ、33年の歳月をかけて宮殿のような石造建築を完成させた。地下に墓所を設け死後に埋葬されることを望んだが、かなわなかった。この宮殿はブルトンをはじめとするシュルレアリストたちに激賞され、死後半世紀近く経ってからマルロー文化相の奔走もあって、フランスの重要建築物に指定された。現在は観光地となっていて、シュヴァルの肖像、宮殿の絵入りの土産物が販売されている。

(写真:MagSpace / shutterstock

さてその建築様式であるが、建築の素人である郵便配達人のシュヴァルにできたことは、新聞や雑誌で当時見ることのできた写真を真似て、時代については一貫性のないスタイルで造形することであった。とは言え評者たちの感想を読むと宮殿全体には不思議な統一感があり、どことなくアンコールワットボロブドゥールを連想させる雰囲気をもっていた。

――私は自分の考えをまぎらすため、夢想の中で、想像を絶する幻の宮殿を、並の人間の才能が思いつく限りのもの(洞窟や、塔や、庭園や、城や、美術館や彫刻)を建て、原初の時代の古い建築のすべてを甦らせようとしたのだった。その全体は、とても素晴らしく、絵のようだったので、そのイメージは、少なくとも十年間、私の頭の中にいきいきと残った。けれどこのような計画は、私にとって、ほとんど実現不可能なものだった。夢から現実への距離は大きい。なにしろ私は、左官の鏝(こて)にも、鑿(のみ)にも、へらにも、これまで一度も触れたことがなかったのだから。私は、建築の規則などまるで知らなかった。
(『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』岡谷公二 河出書房新社)

やはり収集したものをそのまま保存するだけでは、創ることにつながらない。彼は夢想の青写真をもとに拾い集めた小石に秩序を与え、壮麗な建造物にまで仕立てあげたのである。この青写真に相当する、原型となる理論がなければ、集めることは知ることにも、創ることにもつながらないのである。この素敵な物語は2018年には映画化、公開されている(『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』)。