松浦晋也

松浦晋也

H3ロケット試験機1号機/先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3) 打上げの様子。

(写真:JAXAデジタルアーカイブス / JAXA

打ち上げ失敗で失われただいち3号。空白化する観測記録は穴埋めできるか

新型ロケットH3の打ち上げ失敗により、搭載していた観測衛星・だいち3号が失われた。実はだいち3号は、発生が予測されている南海トラフ地震を念頭においた観測衛星だった。最新衛星による観測ができなくなった今、大規模災害に備えてできることはあるのか。科学ジャーナリスト・松浦普也氏が綴る。

Updated by Shinya Matsuura on April, 10, 2023, 5:00 am JST

地球観測は「何の役に立つのか」という批判にさらされた

ランドサットにみるように、衛星による地球観測は継続してデータを蓄積し続けるのが重要だ。初代だいちは技術試験衛星という性格のため、軌道上寿命3〜5年で設計されていた。衛星の開発は最低でも5年は見込んでおく必要があるので、観測を途切れさせないためには打ち上げ時点ですでに後継衛星の開発が始まっている必要がある。しかしそうはならなかった。

2000年代半ば、日本政府が宇宙開発体制の改革に取り組んでいたためである。政府は宇宙政策を政治主導で実施出来る体制作りに動いた。2008年に宇宙基本法が施行され、内閣閣僚をメンバーとする宇宙開発戦略本部が設立された。宇宙政策の管轄は文部科学省から内閣府に移り、2012年には宇宙政策を審議する機関として宇宙開発戦略本部・宇宙政策委員会が組織された。

政府の意向は「宇宙の政策ツール化」。それまでの宇宙開発に向けた技術開発よりも、宇宙分野に国家戦略・政策に於いて役に立つことを求めた。

この組織改革の動きの中で、JAXAの高分解能光学衛星は「それが一体何の役に立つのか」という批判にさらされた。観測データから地図が作れるというのは、ユーザーが国土地理院しかいないということだ。その程度しか役に立たないものを国の施策として実施する必要があるのか、ということになる。実は地図データは、「地球という星を一望に把握する」ためには大変に重要だ。しかも地図は安全保障上も必要不可欠の情報でもある。ところが政治にその認識は薄かった。結果、高分解能光学衛星は「なにか役に立つ用途」を主張しなくてはならなくなった。

陸域観測技術衛星(ALOS)
陸域観測技術衛星(ALOS)だいち(画像:JAXAデジタルアーカイブス)

初代だいちの開発の頃から、「これだけ分解能が上がれば、大地震は火山噴火などの大規模災害発生時に、迅速な観測を行って被災情報を把握し、的確な救助・援助が行えるのではないか」という議論が起きていた。JAXAはこれを表に打ち出した。だいちは、大規模災害時の被災状況の観測に使える。だから後継機を開発したい——。

衛星よりも航空機の方がいいのでは?

しかし、被災状況観測を行えるのは、衛星だけではない。衛星は上空を通過するタイミングでないと観測を行えない。しかし航空機、例えば航空自衛隊が保有する偵察機ならば、災害発生後、すぐに被災地上空を飛行して写真偵察を行うことができる。宇宙に投資するより航空偵察能力を拡充したほうが良いのではないか。あるいは、だいちよりもはるかに小さな地球観測衛星を地球を取り巻くように多数配備したほうが、災害発生後の速やかな観測が行えるのではないか。

また、だいちのPRISMは衛星直下の幅70kmの地域を帯状に細長く観測することができる。だが、大規模災害にとって幅70kmで足りるのか。ここでも多数の小さな衛星群のほうが良いのではないか。

さらには、衛星データを処理して有用な情報を抽出するのには時間がかかる。一刻を争う災害発生時の人命救助には遅すぎるのではないか、などなど。

2000年代後半のこの時期、まだ世界的にも高分解能地球観測データに何ができるのかは、判然としていない。偵察衛星は敵陣営のミサイルサイロの偵察の役に立ったが、同様の高分解能データは民生用にどんな役に立つのか。なにか役に立ちそうだが一体に何の役に立つのか——と試行錯誤が続いていた。

議論は長引き、構想は差し戻され再検討にかけられ、時間が過ぎていく。結局だいち後継衛星は、「大規模災害時の観測にも使用する」ということで認められた。レーダーと高分解能光学センサーは分離され、別の衛星に搭載することになった。2008年から、レーダー衛星のALOS-2が開発に入った。その次のALOS-3は高分解能光学衛星となった。

東日本大震災で災害救助に有用な情報を提供できることを実証

その後初代だいちは、2011年3月11日の東日本大震災の発生に伴い、被災地域の緊急観測を行って津波浸水地域の特定や地殻の変動量の広域計測などを実施。災害初動に地球観測衛星が災害救助に有用な情報を提供し得ることを実証した。直後の2011年4月22日、初代だいちは電源に異常が発生し、翌23日に通信途絶。運用を終了した。

東日本大震災で被災地の緊急観測を行ったのは、初代だいちだけではなかった。運用中の世界各国の地球観測衛星が観測を実施し、データを提供・公開した。大規模災害発生時の救難・救命に、地球観測衛星のデータが使える可能性は、この時はっきりと実績を持って示されたといっていい。が、それはまだ「可能性がある」という段階だった。

ALOS-2こと「だいち2号」は2014年5月24日に打ち上げられた。通常、レーダー衛星は地球の明暗境界面上を通るドーンダスク軌道を使用する(https://www.moderntimes.tv/articles/20220831-01sa/ 参照)。電力の確保や衛星姿勢制御の面などで利点が多いからだ。しかし、だいち2号は、他のレーダー衛星と協力していち早く災害発生場所を観測するために、あえてドーンダスク軌道と90°ずれた午前0時午後0時の真昼の上を飛ぶ軌道に投入された。さらには、レーダーによる観測幅を拡げて、一度の上空通過でより広い地域の観測を可能にした。