松浦晋也

松浦晋也

H3ロケット試験機1号機/先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3) 打上げの様子。

(写真:JAXAデジタルアーカイブス / JAXA

打ち上げ失敗で失われただいち3号。空白化する観測記録は穴埋めできるか

新型ロケットH3の打ち上げ失敗により、搭載していた観測衛星・だいち3号が失われた。実はだいち3号は、発生が予測されている南海トラフ地震を念頭においた観測衛星だった。最新衛星による観測ができなくなった今、大規模災害に備えてできることはあるのか。科学ジャーナリスト・松浦普也氏が綴る。

Updated by Shinya Matsuura on April, 10, 2023, 5:00 am JST

失われただいち3号は、大規模災害時に観測データを提供することを期待されていた

続くALOS-3ことだいち3号の開発は2015年度から始まり、当初の打ち上げ予定は2020年度だった。

同衛星は「大規模災害発生時に役に立つ高分解能地球観測衛星」という要求に対する、技術側からの回答となる衛星だった。初代だいちの70kmという観測幅を維持しつつ、最大分解能を80cmまで向上し、かつ衛星の姿勢制御能力を強化して、様々な観測モードを持たせた。前述した1回の上空通過で日本列島の太平洋岸を一気に観測する機能はそのひとつである。観測データの大容量化に対応して、搭載するデータレコーダーも大容量化。その膨大なデータを地上に迅速に送信するため、周波数の高いKaバンドの通信機を備え、加えて光データ中継衛星経由でデータを送信するレーザー光を使う光通信機能も持たせた。

無事に打ち上げられていれば、だいち3号は、2011年4月の初代だいち機能停止以来空白となっていた、日本の衛星による高分解能光学センサーを使った地球観測を再開していたはずだった。同時に、いつ起きるか分からない大規模自然災害に対して、どのようにして地球観測衛星を利用し、得られたデータを利用していくかについて、実践を通じて知見を積み上げていくことができたはずだった。

だが、だいち3号の打ち上げは、まずH3ロケットの開発遅延で2年遅れた。地球観測の空白はロケットの事情で2年延びた。そして3月7日、だいち3号はH3ロケット初号機と共に失われた。

だいち3号喪失によるダメージを穴埋めする方法がある

後悔は、後からするから後悔という。打ち上げ失敗後、新型ロケットの初号機に、これだけ重要な衛星を載せて良かったのか、という議論が巻き起こった。確かに日本の過去の新ロケット初号機はロケットの打ち上げ能力を計測するテストペイロードを積んで打ち上げており、その意味ではロケット技術を過信したという面は否めない。

今後、宇宙政策委員会では、だいち3号喪失で、さらに延びることになる高分解能地球観測の空白を、どのようにして埋めていくかが議論されることになろう。一部ではすでに、だいち3号を企画した時点よりもさらに進歩したエレクトロニクスの技術を利用して、後継衛星は小型衛星多数のコンステレーションにするべきというような議論が出ている。

と、ここまでだいち3号喪失によって日本の宇宙開発が追った大きなダメージを欠いてきたが、実はだいち3号の空白の穴を埋めるよい案がある。機密の壁の向こう側に蓄積され続けている情報収集衛星の観測データを一般に公開するのだ。

情報収集衛星の仕様は公開されていないが、光学衛星が搭載する光学センサーは、だいち3号よりも分解能が高く、他方で視野が狭いことは間違いない。簡単な例えでいえば「望遠レンズ付き」である。だから、一気に大規模災害現場の状況を観測するのには向いていない。ただし衛星単機ならば。

そのかわり、情報収集衛星は数が多い。現状でレーダー衛星6機、光学衛星3機が稼働しており、しかも今後「時間軸多様化衛星」という名称の小型衛星で、さらに観測頻度を上げることになっている。センサーの視野が狭くても観測頻度が高ければ、大規模災害発生時の救難・救命の情報を迅速に得る事が可能だ。

前回書いた通り、東日本大震災の時には、情報収集衛星のデータを公表できないかという動きがあった。その根拠となった1998年12月22日の小渕政権の閣議決定には「外交・防衛等の安全保障及び大規模災害等への対応等の危機管理のために必要な情報の収集を主な目的として、情報収集衛星を導入する」と明記されている。情報収集衛星は、積極的に防災目的に使うべきなのである。

だから、情報収集衛星の観測データを防災目的で公開することは決してできないことではない。それは政治決断の問題だ。政治が本気で地球観測という科学技術に向き合って、政策として決断すべきことなのだ。

参照リンク
H3ロケット試験機1号機の打上げ失敗に関する対応状況について(JAXA):
https://www.jaxa.jp/hq-disclosure/h3-tf1/index_j.html
だいち3号(ALOS-3):
https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/project/alos-3/
初代だいち(ALOS):
https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/project/alos/
陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2)とは: 
https://www.jaxa.jp/projects/sat/alos2/index_j.html
だいちと東日本大震災(JAXA):https://www.eorc.jaxa.jp/ALOS/conf/workshop/alos3_ws3/ALOS3_1_Takiguchi_Futoshi.pdf