暮沢剛巳

暮沢剛巳

ドームの屋根の内側を利用したプロジェクションマッピング。(著者提供)

パンデミックの最中でも成功したドバイ万博に学ぶ、大阪万博をコケさせないための視点

2021年に開催された東京オリンピックは失敗に終わったといっていい。その最大の要因は予期せぬパンデミックによるものであると考えられているが、同じような条件で開催されたドバイ万博は盛況に終わっている。この差は何だったのか。また、今ひとつ国民のコンセンサスが得られていないなかで進められている大阪万博は、今後どのような準備をすれば成功するのか。1年後のドバイ万博跡地を見ながら考える。

Updated by Takemi Kuresawa on April, 27, 2023, 5:00 am JST

モビリティ館とサステナビリティ館が再開。中東の気配とテクノロジー

閉幕から5カ月後の2022年9月1日、同年3月末に閉幕したドバイ万博のパビリオンが一部展示を再開した。展示を再開したのはモビリティ館とサステナビリティ館、サブテーマにちなんだ3つのパビリオンのうちの2つである。今回展示を見ることができたのはこの2つだけだったので、やはり触れておかねばなるまい。チケットがすべて電子化されていたのも特徴の1つで、この再公開でも本番同様に紙のチケットは販売されていなかったため、私は事前に電子チケットを購入してエントランスに赴いた。

モビリティ館外観
モビリティ館外観。(著者提供)

モビリティ館はアメリカの設計事務所フォスター&パートナーズが設計を担当したパビリオンである。植木鉢を連ねたような独自の形状は遮光性の高いステンレス製で、サステナビリティへの配慮からLEEDゴールド仕様で設計されている。地下や屋外にまたがるトラックの長さは330mに達し、館内には、原始時代から現代にいたるまでの様々な交通手段がレリーフ状の展示で紹介されていたほか、イスラム圏の移動の歴史で重要な役割を果たしたイブン・バトゥータらの姿が立体映像で映し出されていた。

モビリティ館館内の立体映像。モビリティに貢献したアラブ圏の偉人が投影されている
モビリティ館館内の立体映像。モビリティに貢献したアラブ圏の偉人が投影されている。(筆者提供)

会期中には、最先端のモビリティが実際に動いている様子や、発展途上国の人びとの生活の質を大幅に向上させうる大量生産技術(アフリカのソーラーパネル付き三輪車など)を見ることができたという。終盤では宇宙開発について詳しく取り上げられ、今後のモビリティについて考える機会が提供されていた。

サステナビリティ館を取り巻く「人工の樹」
サステナビリティ館を取り巻く「人工の樹」。(著者提供)

一方のサステナビリティ館はイギリスの建築家グリムショウ・アーキテクツが設計したパビリオンであり、「テラ(terra)」の別名を有する。パビリオンの周囲を取り巻く「人工の樹」はソーラーパネルの葉を大きく広げており、太陽光発電によってパビリオンへの電力を供給している。その独特の形状は、隣国イエメンのソコトラ島特産のベニイロリュウケツジュを彷彿とさせる。

「問い」を投げかけるタイムトラベル

「テラ」の展示はタイムトラベル形式で展開されていた。最初に生命における変化は自然なものであるという考え方を紹介し、「旅」の終わりに向けて、人類が本来持続可能であったはずの環境を大きく変えてしまったことを説明する。ドームの中に入ると、上部は何枚ものソーラーパネルによって覆われており、フロアには巨大なピンボールマシンやハンマーゴングなどが置かれている。そのあと誘導された地下空間では、人工的な植物園が広がっているかと思えば、毒々しいネオンサインに彩られた地下都市が待ち構えていたりして(ネオンサインの文字は「消費の間」というものだった)、持続可能性を実現することの難しさが実感される。

モビリティ館の地下展示。「消費の間」のネオンサインが見える
サステナビリティ館の地下展示。「消費の間」のネオンサインが見える。(著者提供)

このタイムトラベルは、全体的に「問い」を投げかける構成になっている。8か所に設置された『質問コーナー』では、「地球を守るか、火星に行くならどちらを選ぶ?」「無人島に1つだけ持って行くとしたら、何を選ぶ?」などの問いに対して、回答の選択を促される。もちろんどう答えるかは各人の自由だが、他人の回答はやはり気になるものだし、他の回答はデータ化されて表示されているので、それを見ながら回答することも可能だ。もちろんこの種の問いに唯一の正解など存在しないが、最も多くの支持を集めた回答が最適解とみなされるのかもしれない。

万博終了後にサイエンス館へと転用される予定だけあって、サステナビリティ館の科学展示は総じて高水準であったが、このパビリオンに限らず、ドバイ万博では、サステナビリティを念頭に置いた様々な取り組みが為されていた。気が付いた点をいくつか挙げておく。

会場内に停車していた業務車
会場内に停車していた業務車。(著者提供)

まず会場内では、タクシーや業務用の車両など多くの自働車が走行していたが、これらは全てEV車であった。恐らくガソリン車は会場への乗り入れを禁止されていたのだろう。車体にメーカーのロゴは見つけられなかったが、大半は中国製だと聞いた。CO2を排出しないことは、サステナビリティを強調する上で最優先すべき事項の1つだろう。他方、だだっ広い会場の約半分は駐車場であったが、会期中ここに停車していた自動車のうちEVの比率はどの程度だったのだろうか。EV車の普及率を高めることも万博開催の目的の1つだったのかもしれないが、私がドバイの市街地で見かけた自動車はまだ大半がガソリン車であった。

ホテルに停車していたバス
ホテルに停車していたバス。会場周辺の自働車は全てEV車だった。(著者提供)

万博を機にゴミの分別を定着させる。国民の教育の機会に

3種類に色分けされたゴミ箱
Mixed Recyclables(混合リサイクル)、Landfill(埋め立て)、Organic waste(有機廃棄物)の3種類に色分けされたゴミ箱。(筆者提供)

次に、会場で発生する全廃棄物の85%以上を再利用することを目標に定め、①Mixed Recyclables(混合リサイクル)、②Landfill(埋め立て)、③Organic waste(有機廃棄物)という3種類の色分けしたゴミ箱を設け、分別回収に努めていた。この分別方針は日本ではごく当たり前のことだが、現在UAEでは家庭ごみはすべて同じごみ箱に捨てられており、分別収集は定着していないとのことで、何をどこに捨てるべきなのか、イラスト表示によって理解を促す工夫がなされていた。この万博を機に、ごみの分別収集を定着させることも目標の1つなのだろう。

ドバイの気候は年間を通じて乾燥しており、特に夏季は摂氏40度近く達することもあるという。それだけに水の確保は切実だが、会場各所には給水所が設けられ、会期終了から1年経った現在も無料で冷たい水を飲み、ペットボトルに詰めることができるほか、ミネラルウォーターや清涼飲料水も安価で販売されていた。会場内を歩いていると時折ビールが飲みたくなるのだが、当然アルコール類は販売されていなかった。他にも、会場各所に礼拝のための空間が設けられるなど、外国人向けに規制が緩められているとはいえ、この場所がまぎれもなくイスラム圏であることを実感させられる瞬間があった。

会場各所に設けられている礼拝室
会場各所に設けられている礼拝室。(著者提供)

原油確認埋蔵量は世界5位の約980億バレル、天然ガスの確認埋蔵量は6兆600億m3で、世界の3.5%を占めるなど資源の豊富なUAEだが、そのエネルギー資源の大半は首都機能のあるアブダビ周辺に集中しており、同じ連邦国家内とはいえ、ドバイ周辺ではほとんど石油やガスが採れないという。そのためドバイでは、規制緩和によって外国企業や外国人労働者を積極的に誘致し、貿易や工業を振興することで経済発展を実現してきた。現時点で世界一の高さを誇る高層ビル「ブルジュ・ハリファ」や世界最大級の「ドバイ・モール」はその象徴である。この万博でサステナビリティ重視の姿勢を打ち出したのも、SDGsが喧伝される昨今の風潮はもちろん、この特異な地域性とも無縁ではないだろう。