佐藤秀明

佐藤秀明

富士見町田端の鼎談桜と富士山。春の里山は雲海に浮かぶ富士と地続きだ。

(写真:佐藤秀明

桜に映るもの

写真家・佐藤秀明氏は実に60年以上にわたり、日本各地・世界各地の桜を撮影し続けている。津々浦々の桜の写真を見せてもらった。

Updated by Hideaki Sato on March, 22, 2022, 8:50 am JST
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ライトアップされた一本桜。夕暮れに浮かび上がる姿には幽玄さが満ちる。

「数十年前は桜の写真を撮る人なんてそれほど多くなかった。今はもうみんな手元にいいカメラがあるから、桜をよく撮るようになったね。やっぱり春が来た喜びを感じて、記録したいんだと思う」
佐藤氏は人々が桜を撮る理由についてそう語る。

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茨城県の古河公方公園。春には御所沼のまわりに花々が咲き誇る。
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樹の幹から顔を出す花が、我も我もと主張する。

「桜はその土地を代表する名所になっていることがあるね。山梨県韮崎市には『わに塚の桜』と呼ばれる見事なエドヒガンザクラがある。今はみんながこの桜を見るためにこの地に訪れるけれど、昔は見に来る人なんてほとんどいなくて、地面に寝っ転がって撮影することができた」

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山梨県のわに塚の桜。木の根元には小さな花々が寄り集まって、何やらささやき合っているようだ。

佐藤氏はとくに里山に咲く桜が好きだという。
「なかでも寺や墓地の近くには美しい桜が咲く。少し空がひらけているから花びらの色が映えるんだね。長野県の富士見町や東京のあきる野市では素晴らしい桜が見られるよ」

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東京都あきる野市にある乙津花の里にて。うららかな日差しの中、花々が楽しげに咲いている。
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長野県富士見町田端の鼎談桜。3本の桜が向かい合って鼎談(ていだん)するような様を富士山が見下ろしている。
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わに塚の桜。樹齢約330年のエドヒガンザクラは人々を惹きつけてやまない。
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長野県富士見町にある高森観音堂のしだれ桜。樹齢約250年の古木は、淡く穏やかに御堂を彩る。

桜の美しさの理由に「潔さ」を認める人は少なくない。ぱっと開いて、ぱっと散る。この往生際の良さに「日本の精神」を見る人もいる。

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山梨県の鳳凰山願成寺にて。武田氏初代当主・武田信義ゆかりの地である。
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桜の花吹雪。雪のような花びらが舞い踊る。
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雨に濡れる桜。うつむく花から雫が滴り落ちる。

しかしながら、このぱっと開いてぱっと散るというのは実は桜の特性というよりは、どうやら人々が市街地で最もよく目にする染井吉野の性質のようである。桜の他の品種の多くは、もっとゆっくり花を咲かせ、じっくりと散っていく。樹の成育自体も染井吉野に比べて他の多くの桜はもっとゆっくりだ。

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調布市の野川公園にて。雪の中にソメイヨシノがひっそりと佇んでいた。

染井吉野は現代日本において定番の桜であるが、その歴史はそれほど古くない。染井吉野は大島桜と江戸彼岸桜の自然交配種であり、江戸時代後期に江戸府豊島郡染井村で発見されたことからその名がついた。明治期に流行となったこの種は全国に広められ、激動の時代を生き抜いていく。そしてやがて、死と再生のイメージが強く結びつけられるようになっていった。

日本近代文学研究者・小川和佑は『桜と日本人』(新潮選書 1993年)のなかで桜が死のイメージを持つようになった背景を次のように著している。

「桜……それはすこやかに輝くいのちの花であった。そこに死の翳などの入り込む余地はなかった。
その花を、明治政府のかつての志士の幸運な生存者たちである薩長の軍事官僚たちが、勝手に武人の花、死の花に変えてしまった。
明治中期、九段坂上に戊辰・西南の内戦での戦死者たちを祀った招魂社(現・靖国神社)を建立した際、その社前に桜が植樹され、明治後期の二度の外征での若い死者たちもここに合祀されて、桜は「九段の花」として軍事国家時代の国民に深く印象付けられた。
しかし明治維新で旧都となった京都の桜は、東京のように軍事官僚たちの手が入らなかった。ここでは桜は王朝以来のままにひらすら美しく、いのちの輝きと泰平の豊饒を春ごとに告げていたのだった。」(「花を見に行く」)

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雪の上に咲いた桜。ゆっくりと春が芽生えつつある。新潟県十日町市にて。
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調布市の野川にて。川沿いの桜並木は花盛りで、人々が花見を楽しんでいた。
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青くそびえる甲斐駒ケ岳に、鼎談桜が華やかさと風格を添える。

なるほど、佐藤氏の作品で全国の桜を見てみても死のイメージを負うものはそれほど多くない。ただひたすらにその美しさが輝くばかりである。佐藤氏も桜の儚さには魅せられたそうだが、写っている桜には無理なイメージの投影はない。

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八重桜の向こうに青空と妙高山と黒姫山を望む。
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沖縄のリュウキュウカンヒザクラ(琉球寒緋桜)。紅色の花で春を呼び込む。
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奥多摩の早朝。朝霧の中に枝垂れ桜がぼんやりと浮かび上がり、幻想的なひととき。
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木陰のガーデンテーブルから見上げると、視界は一面の八重桜である。

儚い美しさに酔うのも悪いものではないが、桜の美しさは本来それだけで語るべきものではないのだろう。もののあわれは思い込みを外すことで一層複雑に感じることができるかもしれない。

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山形県飯豊の春。雪解けのそばで開花した桜が、冬の終わりを告げていた。
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野草の中に落ちた2輪の桜。
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長野県の小布施パーキングエリア近くの桜林。鞠のような桜の花房が風に揺れている。
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調布市の神代植物園。花の盛りには、行き交う人々が満開の桜にレンズを向けていた。

(文:大川祥子)