村上貴弘

村上貴弘

アリは人間以上に高度な社会システムを築いている。

(写真:ZeeNaipinit / shutterstock

人間のシミュレーションなんてたかが知れている

「農業をするアリ」を研究し続けている村上貴弘氏に、DX社会のヒントを紹介してもらうシリーズ第2弾。今回はすでに社会に実装されているアリが生み出したアルゴリズムや、人間社会をより面白くするヒントになりそうな、アリの驚異の能力を紹介する。

Updated by Takahiro Murakami on October, 26, 2022, 5:00 am JST

スーパーコンピュータでも導き出せない計算も、アリのアルゴリズムなら答えに近づく

アリの社会を理解する上で重要な要素がある。それは、膨大な量のトライアンドエラーを繰り返すことにより到達した最適化された社会であるということである。 
応用数学や情報工学、そして近年の理論経済学でもよく取り上げられる問題に「巡回セールスマン問題」というのがある。簡単に解説すると、ランダムに置いた地点を辿る最短ルートを検索する時に、30地点を超える段階で現今の人間が開発しているコンピュータの計算能力では現実的な解が得られず、P≠NP予想(未解決問題)とも言われる大きな課題となっている。具体的に考えてみよう。

30地点を全部通る組み合わせは、30!/2*30で4.42 x 10の30乗となる。この膨大な桁数の組み合わせを全て比較し、最短のルートを導き出すには世界最速のスーパーコンピュータ「京」の計算能力を持ってしても250億年ほどもかかってしまい、現実的に正解にたどり着くことはできない。

そこで数学者たちは「近似アルゴリズム」という、正解ではないがそれに限りなく近い解を提供する数式を考えて、代用しようとしている。この近似アルゴリズムに応用されているのが、「アリ-コロニー最適化アルゴリズム (ant colony optimization)」である。

アリは食料や巣に適した場所を探索する際に、初めはランダムに動き、目標物に到達して巣に戻ってくるときは、道しるべフェロモンという化学物質を濃いめに分泌しながら戻ってくる。このフェロモンは揮発性で、時間の経過とともに薄くなる。アリはこのやり方により最短距離で目的地まで到達し、多くの働きアリを誘導し、効率よく食料を調達したり、見回りを完了したりする。

数学者たちはこの行動に着目し、アルゴリズムを構築した。その結果、非常に効率よくルートを導き出すことに成功した。このアルゴリズムは現在、物流のトラックによる搬送ルート検索システムや人工衛星のスイングバイの軌道計算など、幅広い分野で実装されている。

圧倒的な数のトライアンドエラーが可能

人間のDXに直接役に立っているアリの研究であるが、なぜアリたちはスーパーコンピュータでもなかなか正解にたどり着けないような問題に、近似ではあるが解答を導き出すことができたのだろうか?

パナマでみつけたアステカアリの巣
パナマでみつけたアステカアリの巣。(筆者提供)

その答えが、膨大な量のトライアンドエラーの繰り返しにある。通常、人間が何らかの数理モデルを解析するためにシミュレーションを回す際に、その試行回数は万単位であることがほとんどである。しかしアリたちが実際に食料を探しながら、ルート検索をして日々試行錯誤する回数は、地球上に出現してからたゆまなく続いていると考えられ、その試行回数は1億1千万年 x 365日 x 1個体の食料平均探査回数(1日10回程度) x 地球上に生息したアリの数(1京個体 x コロニー数(推定不能) x 5000万世代)という、まさに天文学的な数の上に成り立っているのだ。このようなとんでもない数のトライアンドエラーによって実装されている仕組みこそ、尊いと僕は思っている。

オス自身よりも長生きする精子、外部エネルギーを使わない完璧な空調…人間の浅知恵が行き着いていない高度な能力を持つアリたち

一方で、人間社会の現段階での到達点では、限られた知識で構築された数式を限られた回数しか試していないのに、あたかもそれが正しいかのように思い込むような方向に向かっていっているともいえる。こんな怖いことがあるだろうか?DXへの移行などにうつつを抜かすくらいなら、アリの生態や行動を研究した方がずっとマシだと僕は真剣に思っている。

例えば、アリのオスの精子はオスよりも長生きだ。
アリの女王アリは最長20年以上生きられるのだが、その間に交尾は一回しか行わない。オスアリは交尾に成功した場合、そのまま死んでしまう。平均で成虫になってから数ヶ月の寿命しかない。卵からカウントしても1年程度だ。

精子を受け取った女王アリはその後、精子をお腹の中で寿命が尽きるまで休眠させながら生きながらえさせられる。つまり、20年生きた女王アリはその間、常温でナマモノを腐らせずに保存できていることを意味する。
アリの精子は、オス本体よりも長く生き残ることができるのだ。

もしこのメカニズムが解明されたなら、現在不妊治療のために精子を凍結保存しているエネルギー(-196℃の液体窒素中で保存するためには非常に大きなエネルギーが必要)がいらなくなる。それだけではない。常温で新鮮な状態のまま休眠させられる技術があれば、冷蔵庫は不要になる。これだけで一大エネルギー革命が起こせるのだ。

しかしながら、残念なことに現代の最先端科学技術をもってしても、女王アリの持つ高度な精子貯蔵能力がどのような仕組みとなっているのか、全く未解明な状態である。大きなトランスフォーメーションのタネが、アリの巣の中に眠っているのだ。

例えば、ハキリアリの巣は空調完備となっている。
僕が研究をしているハキリアリというアリは農業をすることで知られているアリだが、その巣の構造も飛び抜けて面白い。ブラジルの平原に生息するハキリアリは特に巨大な巣を作ることで有名で、とある研究ではブルドーザーを入れて大工事を行い、巣の構造を解析している。そのサイズは直径20メートルあまり、深さが8メートルという要塞のような巣であった。僕自身は日本人の中で最もハキリアリの巣を掘り返したことがある人間だと思うが、テキサス州オースティンで掘り起こしたハキリアリの巣は直径が6メートル、深さが2m以上あるものであった。この時は手掘りで、3日間かけて延べ20人がかりで作業を行なった。その際に、巣の構造を詳細に記録したのだが、非常に緻密にデザインされているとしか思えないものであった。

巨大な母巣は深さ2メートルの所に鎮座しており、直径は1メートルに迫る巨大さであった。ここで大きなキノコ畑を作っており、この発酵熱が巣の中を満遍なく循環できるよう、網の目のようにトンネルと小さなキノコ畑の部屋が配置されている。しかし、それだけだと、巣内の温度が上がりすぎる場合もあるだろう。掘り進めていくと、巣の最外部に直径数十センチ、深さは1メートル以上の謎の空洞が開いていた。この空洞は、2メートル掘っても底が見えず、地下から冷たい空気が湧き上がっていた。恐らくはゴミ捨て場のような機能があると推定できるが、空調の冷却空気を循環させる役割も果たしているのだろう。

このような理にかなった構造をしている巣の中は、外気温や湿度がどのような環境になろうとも、キノコの生育やアリの生活に最適な27℃、湿度70-80%を維持できるのだ。この空調システムに外部エネルギーは全く使われておらず、高度なサステナビリティが実現されている。人間の浅知恵では到底実装不可能なシステムといえる。

時速640キロメートル以上で高速移動、30億個体以上の超巨大血縁集団の構築…アリの世界は桁違い

他にもアリの世界には、地球上で一番の機能を持ったものが少なくない。亜熱帯から熱帯にかけてアギトアリというアリがいるが、このアギトアリの巨大な大顎は、地球上に存在する動物の中で最も速い筋収縮速度を持つといわれていた。その筋収縮速度は、最速と思われているハエの羽ばたき時の筋収縮速度(4ms(ミリセカンド))を大きく上回る0.5ms(強引に換算すると時速230キロメートル)という驚きの数値である。実はアギトアリを上回る筋収縮速度を持つ生物もアリなので、地球上最速の筋収縮速度はアリということで間違いないのである。

また、サハラギンアリという金属光沢を持つアリは、日中の砂漠を時速640キロメートル以上で高速移動することができる。この速度は、アメリカ合衆国に生息するダニやオーストラリアのハンミョウには負けてしまうが、それでもその速度は注目に値する。このような高速で移動でき、かつこれらの行動は社会的にも制御されながら行われていることを考えると、アリの持つ高度な運動能力がどのように進化したのか、今後も大きな研究テーマとなるだろう。

パナマをフィールドワーク
パナマをフィールドワーク中の筆者。(筆者提供)

集団のサイズでもアリは群を抜いている。我が恩師、北海道大学名誉教授の東正剛博士が北海道石狩の浜で発見したエゾアカヤマアリの巨大スーパーコロニーは10キロ四方に緻密に広がった巣のネットワークを形成し、3億600万個体の働きアリと108万個体の女王アリを要する超巨大血縁集団を作り上げていたのだ。この血縁集団サイズは、1990年代当初まで、地球上で最も大きな集団であると認定されていたほどだ。

しかし、この日本が誇る巨大スーパーコロニーの記録も2003年に破られてしまった。侵略的外来生物の代表格でもあるアルゼンチンアリは、南米からヨーロッパ南部に定着後、スペインからイタリアまでなんと6,000kmもの海岸線を占拠し、その個体数はエゾアカヤマアリの数十倍とも推定される巨大な融合コロニーを作り出してしまっている。残念ながら、現在のところ、地球上で最大の生物集団はアルゼンチンアリに軍配が上がっている。さらには、北海道の石狩浜はその後開発が進み、今ではエゾアカヤマアリを見つけることすら少し時間が必要なほどのアリになってしまっている。

古代から、人はアリに学んできた?

このように、人間社会が到達している地点から遥か彼方まで到達しているアリの社会ではあるが、人間は様々な研究を繰り返し、アリから勉強している。そのこともぜひ知ってもらいたい。

約5000年前の南米、アステカ文明の栄えたメキシコ。第五の太陽神は、農業の神ケツァルコアトルを呼び出し、「地上の人間たちはいつも飢饉に苦しんでいる。下界へと降り、人間を飢餓から救うように」と命じた。ケツァルコアトルは下界へと降り、様々な調査・研究を行なった。その時、とある赤いアリが見慣れぬ穀物を運んでいることに気がついた。ケツァルコアトルはアリに話しかける。「その種子はどこから運んできたのか?」と。アリたちは答えない。そこで黒いアリに変身して、アリたちをつけていくと、ついに「生命の山」に到達し、見事種子を人間社会へともたらすことに成功した。この時に発見した種子こそ、中南米の主要穀物であり、世界中でも重要なエネルギー源となっているトウモロコシの原種だったのだ!

この神話は、トウモロコシ発見の時期ともピッタリ符合している。
5000年も前の人間たちは、アリの行動を詳細に観察し、謙虚に教えを乞い、自然の持つ秘密を分け与えてもらっていた。我々現代人もそのような姿勢は重要だと確信している。

ほらほら、パソコンやスマホの電源を今すぐ切って、足元のアリをきちんと観察してみてくださいな!