村上貴弘

村上貴弘

太陽を背に枝をゆくアリ。

(写真:Ysign / shutterstock

社会に寄生するフリーライダー。アリたちはどのように対処してきたのか

社会を論じるときに常につきまとうのがフリーライダー問題だ。真社会性昆虫であり、人間よりも遥か昔から社会を築いてきたアリたちは、この問題にどのように対処してきたのか。アリの研究者・村上貴弘氏が解説する。

Updated by Takahiro Murakami on November, 17, 2022, 5:00 am JST

「社会寄生」を戦略化したヤドリウメマツアリ

デジタルトランスフォーメーションを目指す現代社会において、「なりすまし」や「暗号解読」、そして「フリーライダー」の問題は深刻である。
実はアリの社会においても、この問題は重大な課題であり、そこに社会進化の興味深い現象も多々ある。

その中で、僕が最も驚き、巧妙な進化を遂げていると考えているのが、日本に生息するヤドリウメマツアリというアリだ。このアリはかなりレア度が高く、アリ研究者の中でも生きた個体や巣の中での行動をきちんと観察できている人はごくごく少数である(恐らく数人のみだ)。

ヤドリウメマツアリのどこが凄いのか。それは、働きアリを生むことを止めてしまったことだ。アリといえば働きアリであろう。働きアリの存在しない真社会性昆虫など定義上あり得ないと思われるかもしれないが、紛れもない事実なのである。ヤドリウメマツアリは寄生する先(宿主(しゅくしゅ))であるウメマツアリの巣に巧妙に入り込み、仲間になりすます。しかもこのアリは、女王アリとオスアリがペアで宿主の巣に侵入する。巣の中では、全く労働はせず、ウメマツアリの働きアリから食料を提供され、のんびりと過ごし、時期が来たら女王アリは卵を産む。そのまま越冬し、春がきたら夫婦そろって宿主の巣を飛び出し、また別の寄生先を探す。

つまり、ヤドリウメマツアリの女王アリとオスアリは翅をずっと持ち、寄生先を移動しながら卵を托卵し続けるというとんでもない戦略を進化させているのだ。
托卵された卵からは女王アリとオスアリしか生まれない。アリの常識を完全に覆すヤドリウメマツアリの戦略は「社会寄生」と表現され、アリの社会進化研究では大きなトピックとなっている。ただしこのアリはレア度が高いため、まだあまり研究が進んでおらず、どのような手段で宿主を騙しているのか、まだ詳細は解明されていない。

プロパガンダ物質で巣を乗っ取るサムライアリ

また、日本にはサムライアリという武士道精神を体現しているかのような名前のアリがいる。日本全国に分布し、春から秋にかけて活動が活発になるので、もしかしたら目にしている読者もいるかもしれない。

正面からみたサムライアリ(著者提供)

サムライアリも社会寄生種だ。サムライアリの女王アリは交尾に成功したならば、直ちに寄生するアリを探し始める。結婚飛行を成功させて交尾をするだけでもかなりのリスクがあるが、その後に潜入先を探し出さなければならないサムライアリの女王は、なかなかの「侍」なのかもしれない。しかしながら、実態を知るとそうもいえなくなる。

首尾よく侵入先を見つけたとしよう。国内ではクロヤマアリなどの最頻種が狙われる。こっそりと巣穴から巣に潜り込む女王アリ。働きアリに見つかると、本来であれば全くの別種であるため、体表の炭化水素(匂い物質)比が異なり、仲間とは認識されず、攻撃を受けるはずだ。しかしながら、サムライアリはプロパガンダ物質という撹乱成分の化学物質を煙幕のように撒き散らしながら、働きアリたちの正常な判断能力を奪っていく。さらに巧妙なのは、撹乱され混乱した働きアリにベタベタと体を擦りつけて、匂い物質を体表にまとわりつかせていく。巣の奥深くに行けば行くほど、サムライアリの女王は宿主のアリたちに近い匂いを擬態させていくことができる。

最深部には宿主の女王が鎮座している。
そこでさらにプロパガンダ物質を分泌すると、あろうことか働きアリたちは実の母である女王アリを攻撃し始め、侵入したてのサムライアリの女王を受け入れていってしまう。哀れな母女王アリは、実の子どもたちから情け容赦ない攻撃を受け、恐らくは青天の霹靂という風情で自分が作り上げた王国を追われる。
これでは侍ではなく忍者ではないか!

サムライたちの奴隷狩り

巧妙な手段で女王アリの地位を奪首したサムライアリの女王は、そこから盛んに卵を産み始める。どんどんと誕生するサムライアリの働きアリたち。しかしながら、彼女らは巣の中で働くことは全くない。働かないのに働きアリとは?

サムライアリの働きアリが唯一行う労働は、周辺を偵察することである。巣の中で、働き者のクロヤマアリの働きアリが寿命で死んでいくと、ならず者だらけの巣の中は大変なことになる。巣が崩壊する前に、周辺に侵入しやすいアリの巣を確保しておき、頃合いを見計らって、サムライアリたちは大挙して襲いかかる。ここでもプロパガンダ物質を撒き散らしながら巣の中に入り込むため、襲われたアリたちは何が何だか分からない状況に陥り、右往左往するばかりだ。その隙に、サムライアリは幼虫や蛹を大量に奪い去り、全速力で巣に持ち帰る。

こうなってくるとどこが侍なのか、と呆れるばかりの所業である。ただの盗人ではないか!英語ではslave-making ant「奴隷狩りをするアリ」という名で呼ばれており、その方がよほど実態に即した名前だ。日本古来の侍は武士道精神に富み、ズルいことや道を外れたことは行わず、主君に忠実なのではないのか?

実をいうと、サムライアリという名前がついたのは明治時代の中期だと考えられる。近代化を目指していた日本社会では、江戸時代の古い体制の象徴であった侍という存在を、もしかするとズルくて卑怯な存在として扱っていたのかもしれない。

フリーライダーを受け入れているアリたち

このような略奪行為は、1シーズンで数回行われる。サムライアリも鬼ではないので、宿主の子どもたちを全て略奪することはなく、襲われてもしばらく経てば、個体数は回復する。同じ巣が襲われることも確率的には少ないため、効果的な防御を確立するコストを払うよりは、ある程度受け入れることを選択しているように見える。

「なりすまし」や「フリーライダー」は、何もアリ同士の間でだけ起こっているわけではない。いわゆる好蟻性昆虫と呼ばれる昆虫たちは、安定した社会を築くアリを標的にあの手この手で入り込み、利益を得ている。

僕が研究しているハキリアリの巣の中は、好蟻性昆虫の宝庫だ。これまでに数十種類が発見されている。テキサス州オースティンでハキリアリの巣を掘り起こしたときは、アリヅカコオロギや甲虫、ゴキブリなどなど多数のフリーライダーたちが菌園からぴょんぴょんと飛び出してきて大興奮であった。

ハキリアリは一つの巣の中に働きアリが数百万個体存在し、遺伝的な多様性も高く、様々な体サイズの働きアリが存在する。巣の仲間を識別する能力はもちろん持っているが、集団があまりに大きくなりすぎると、やはりチェックが甘くなる。また、ハキリアリの巣は最長20年も安定して存在し、その環境は27℃、湿度90%で常に保たれている。こんな好条件の物件はなかなかない。すると、コストを払ってでも暗号を解読し、ハキリアリになりすまして利益を掠め取るものたちが大量に出てきてしまうのだ。

パナマでハキリアリの調査を行なったときは、なんとネコメヘビというヘビの卵が4個、ハキリアリの菌園の中に埋め込まれているのを発見した。昆虫だけではなく、爬虫類からも托卵されるハキリアリの社会に心底驚かされたものだ。

ハキリアリの巣で発見したネコメヘビの卵(著者提供)
ハキリアリの巣で発見したネコメヘビの卵。(著者提供)

フリーライダーたちは、どのような手段で宿主の識別能力を欺き、なりすますのか?
手段は様々である。有名なところではシジミチョウの幼虫がいる。この幼虫は、シワクシケアリなどの宿主の巣の中に入り込む。どこからどう見てもチョウの幼虫なのだが、体表の匂いをシワクシケアリの匂いに擬態しているため、アリたちはどうしても見抜くことができない。

さらに2009年、Scienceに掲載された論文で明らかになったのだが、シジミチョウの幼虫は匂いだけではなく、音もシワクシケアリの女王アリが発する音に似せることができる。この音を聞くと働きアリたちはますます騙され、自分の体の何倍も大きな幼虫をかいがいしく世話し、育ててしまうのだ。

集団が大きくなり安定化すれば、社会寄生が生じるのは必然

アリの社会におけるフリーライダーやなりすまし問題から、人間の社会における類似した問題に対するアドバイスを考えてみよう。

これらの社会寄生が生じる大きな要因は、安定して大きな集団である点にある。小さくて不安定な集団には寄生するメリットがないため、社会寄生は進化しにくい。人間社会も、当初は数十人の小さな血縁集団で狩猟採集生活を送っていたと考えられる。このような社会形態では、なりすましやフリーライダーという問題は生じ得ない。

約1万年前に農業が進化し、集団が大きくなり、富を蓄積できるようになった段階で、フリーライダーが出現したのだろう。さらに現代社会では、大規模な情報ネットワークが構築されている。デジタル情報には見た目も匂いも音もないため、なりすますには最適の状態だ。実際に、相当のコストを払わないと、安全なデジタル情報のやり取りは成立しない。次世代のネットワーク技術として「量子暗号」や「量子コンピュータ」によるネットワーク構築などが考案されているが、まだ実用化には遠いだろう。

アリの社会から考えると、集団を大きくし安定化させてしまえば、社会寄生が生じるのは必然である。それを排除しようと大きなコストを払っても、おそらくはフリーライダーを根絶することは不可能であり、コストに見合うだけのメリットがなかったのだろう。もしも、そこに防衛するだけの余地が残っていれば、長い時間の中でそういったものがアリの社会の中に進化してきているはずだ。

フリーライダーは主流派にはならない

導かれるアドバイスとしては2点。一つは、集団サイズをできるだけ小さくし、お互いの存在をきちんと識別できるようにするか、もう一つは、諦めてフリーライダーと共存するかである。フリーライダーは宿主が弱体化すると自分も生きていけなくなるため、集団内で主流派になることはない。そういう存在もいるのだと、諦めた方が得策なのかもしれない。

最後に少し話が変わるが、以前、某テレビ番組にてお笑い芸人で芥川賞作家の又吉直樹さんとアリの社会寄生に関して議論していた時、「いや、人間は見た目という視覚情報に頼っているだけで、そこを擬態されたら気づかれないのではないですか?」と指摘された。星新一的世界観ではあるが、あながち完全に否定できるものでもないかもしれない。多様な価値観を持つ人と議論するときの醍醐味を感じた瞬間である。

あなたの隣にいる人は、本当に人間なのか、どうやって証明しますか?なりすましの問題はDXだけに留まらない、かなり深い問題かもしれない。