村山哲也

村山哲也

2017年にパリのエア・ショーで披露されたワークホース社の「SureFly」。

(写真:VanderWolf Images / shutterstock

空飛ぶクルマはまず飛ぶことから始めよう

eVTOL(空飛ぶクルマ)の生産が2025年から始まろうとしている。しかし、運用面を考えると課題は山積みだ。元航空管制官の視点から、eVTOL(空飛ぶクルマ)の問題を整理してみた。

Updated by Tetsuya Murayama on February, 15, 2023, 5:00 am JST

経産省は空飛ぶクルマに夢を見すぎているのでは

空飛ぶクルマに定義はないが、国土交通省は電動、垂直離着陸、自動操縦がキーワードになると説明しており、英語ではeVTOL(電動垂直離着陸機)と表現される。短時間の飛行に限られるが、電動で垂直離着陸できる機体の開発は進んでいる。しかし、電動、垂直離着陸を達成したところで自動操縦が確立できなければ、eVTOLは形を変えた電動ヘリコプターに過ぎない。安全が担保された自動操縦の実現こそがeVTOLの最大の障壁といえる。

航空機はすでにオートパイロットで飛んでいるのだから、機体と離着陸場さえ揃えば技術的には難しくないと世間では受け取られているようにみえる。経産省「空の移動革命に向けた官民協議会」によれば、2025年大阪万博で箔をつけて地方、都市部に展開し、2020年代後半には多数のeVTOLが頻繁に行き交う交通流の管理まで実装するという。丸紅、三菱地所など、大手を含む民間企業が描く将来絵姿はSF映画さながらで、前のめりし過ぎているように見える。まず安全に飛ばすことに立ち返ってみたい。

飛行機型の操縦も、ヘリコプター型の操縦もeVTOLのコンセプトとは大きく異なる

eVTOLのコンセプトであるパーソナルモビリティに類似するヘリコプターや遊覧飛行の小型機は、どのように運航されているのか。まず、旅客機、貨物機などの大型機については、出発から到着まで航空管制の仕組みに組み込まれ、レーダー、人工衛生、地上の無線施設、航空管制官との常時交信によるナビゲーションを前提に安全が確保されている。これらの防護柵が突破され航空機が異常接近したとしても、TCAS(空中衝突防止装置)が対象機の双方に回避策を提示し衝突は避けられる。視界ゼロでも、コックピットの計器だけで完結する。

竹富島
竹富島の空と海。それぞれ異なる青が広がる。

一方で、ヘリコプターや遊覧飛行の小型機はパイロットの目視による回避判断が基本となる。そのため、水平方向(5,000mまたは8,000m先が見通せる)、垂直方向(150mまたは300mに雲がない)が視界不良となる悪天下では飛行そのものが許可されない。航空管制官はパイロットから要求されれば交通情報、気象情報、大まかな方面の指示などはアドバイスするが、ぶつかっても自分の責任ではないというのがスタンスだ。飛行の安全に対する責任は全てパイロットが負う。

大型旅客機、小型自家用機のいずれも、eVTOLのコンセプトにある自動操縦と現在の航空交通管理の実態は程遠い。航空機は原則として水平で数キロ、垂直で数百メートルの間隔を離す基準があり、その上で乱気流、横風、その他の状況に応じた追加基準が設けられている。その基準を満たすための上昇、降下、針路変更のタイミングは人間の判断によるものである。飛行計画に沿っていれば手放しでも定時運航が確立されればよいが、パイロット、航空管制官ともに長年の訓練と経験により身につけた技術で双方に支え合い、安全と効率を確保できている。

まずはヘリコプターや小型固定翼機なみの性能を

令和4年12月26日に国土交通省は空飛ぶクルマの「試験飛行ガイドライン」を公表した。空飛ぶクルマの機体開発を後押しする名目で制定されたものではあるが、航空機の特性、航空法規、気象、運航を熟知する技能証明を有する機長が飛行の責任を有することが望ましいと記載されている。無人飛行においても航空機の飛行中は外部を見張り、他機との衝突回避が義務付けられる。

経産省の積極的な推進に、国土交通省は現実解を突きつけた。交通流の調和を考えると速度や上昇・降下率に性能差は少ないほうがよい。既存の航空交通との共存を考えると、まずは飛行性能を高めてヘリコプター、小型固定翼機と同等以上のパフォーマンスを得ることが第一歩といえる。