データサイエンティストと歩む

データサイエンティストと歩む

一橋大学にソーシャル・データサイエンス学部が生まれる。

(写真:渡部敏明

社会科学がわかるデータサイエンティストが巣立つ日

2023年4月、一橋大学に新学部が生まれる。データサイエンスと社会科学を融合させた教育研究を目指す「ソーシャル・データサイエンス学部」である。新学部を創設する狙いは? 教育や教員の特色は? そして育成したい人材像は?--。一橋大学 ソーシャル・データサイエンス学部長/研究科長(予定者)の渡部敏明教授に、新しい学術領域への挑戦の想いをたずねた。

Updated by With Datascientist on March, 10, 2023, 5:00 am JST

――ソーシャル・データサイエンス学部を創設する意義について教えてください。

渡部氏:一橋大学は、商経法社(商学部、経済学部、法学部、社会学部)の4学部からなる社会科学の総合大学です。一般に文系と思われているのですが、例えば経済学部では統計学や計量経済学でデータ分析についての教育を行ってきました。入試でも数学を課していて、数学のできる学生が多く入学してきます。そういった面で、データサイエンス系の土台はありました。

それならば経済学部でデータサイエンスを学べばいいではないかという考え方もありますが、データサイエンスには新しい手法が多く登場しています。既存の経済学部のデータ分析についての教育は伝統的な統計学に基づいていて、AI(人工知能)の活用や、機械学習、深層学習といった新しい手法までは教えていません。現在では様々なデータが利用可能で、例えば数字になっていない新聞記事やSNSなどの文字情報、衛星画像、音声などもデータとして使えるわけです。そうなると既存の統計学だけでは対応が難しくなりますので、新学部でAIや機械学習などの手法も含めて幅広くデータサイエンスを教育し、それを社会科学に応用してもらいたいという思いです。

「データサイエンス+社会科学」の必要性

――社会科学への応用の必要性はどのように感じていますか。

渡部氏:データサイエンスは、その手法だけを勉強するという考え方もありますが、幅広く課題に向き合うには応用する分野の知識が必要です。私がある国際学会に参加した際、そこではテキストマイニングと呼ばれる手法を応用し、新聞記事などの文字情報を用いた経済予測のセッションがありました。その場で分析結果に対し経済学的な観点からの質問が出たのですが、その報告者は「自分はデータサイエンティストであり、エコノミストではないから回答できない」と。これは良くないと思ったことが強く印象に残っています。我々は社会科学にデータサイエンスを応用するのだから、応用先である社会科学の知識も必要になります。データサイエンスについて学ぶだけではなく、社会科学についても体系的に勉強してもらうところが、他のデータサイエンス学部などとの違いだと思います。

渡部敏明
インタビューに応じた渡部敏明教授(画像提供:一橋大学)。

――学科やコースではなく、一橋大学が学部として開設する理由は。

渡部氏:日本に不足しているデータサイエンティストを集中して養成すること、研究者同士の交流を促進すること、という主に二つの理由があります。海外ではデータサイエンス学部や統計学部などが多くあり、そこでは体系的な教育を受けた学生がデータサイエンティストとして養成されるとともに、所属する研究者同士の交流も活発に行われています。日本では滋賀大学が初めてデータサイエンス学部を作りましたし、2023年4月には複数の大学で同様の学部・学科ができます。学科ではなく、学部として作ることで、学生に体系的なデータサイエンス教育を提供するとともに、研究者の交流が促進されることを期待しています。

――データサイエンスも社会科学も幅広く勉強できる環境を整えようということですね。

渡部氏:データサイエンスの手法にも色々あります。伝統的な統計学もありますし、ベイズ統計学もあります。AIや機械学習、深層学習など新しい手法もあり、それらを幅広く学んでもらいたいと思います。それにプラスして社会科学も体系的に勉強できるのがソーシャル・データサイエンス学部です。一橋大学から、社会科学がわかるデータサイエンティストが育って巣立っていくことは、社会的なインパクトにもなるでしょう。

企業や官公庁でデータを元に判断できる人材を育てる

――ソーシャル・データサイエンス学部が育てていく人材像をどのようにイメージしていますか。

渡部氏:現代では、データをどう利用するか、そこからどのように有用な情報を得ていくかがとても重要です。それが企業の成長や、官公庁におけるより効果のある政策の決定につながります。企業の判断や政府の政策を決めるときに、データをうまく扱えるかどうかが非常に重要になっていくと思います。それだけに、データサイエンスの手法を学んで社会科学にも精通した人材が世の中に出ていくことの意義は大きいと思います。

――起業家のような人材の輩出についても考えていますか。

渡部氏:企業や官公庁をドライブする人材だけでなく、新しいビジネスを生み出す起業家の育成にもつながると思います。それはこれまでの一橋大学が輩出する人材と変わらないでしょう。これまでも経済学部では統計学と計量経済学を教えているので、卒業生は伝統的な手法を用いたデータ分析はできます。ただAIや機械学習については教えていませんでした。新学部ではそうした新しい手法も含めて教えていくことで、幅広くデータサイエンスを活用できる人材を育てられると思っています。

――既存の学部にも波及効果はありますか。

渡部氏:一橋大学では他学部の講義も受講できます。ソーシャル・データサイエンス学部を作って新しい手法を教える講義を作ることで、既存の4学部の学生もAIや機械学習の扱い方を学べるようになります。逆に、ソーシャル・データサイエンス学部の学生も、他学部の講義を履修することで、社会科学についてより深く学ぶことができます。既存学部との相互作用には期待しています。

データサイエンスの基礎から応用までを多彩なスタッフが指導

――学生への教育はどのような方針で進めますか。

渡部氏:データサイエンスについては、基礎から応用までしっかり学ばないと社会で実践することができません。1、2年生のうちに数学やプログラミング、統計学、AIなどの基礎を学び、同時に社会科学の基礎も学びます。3年、4年では、データサイエンスと社会科学を融合させて、社会課題やビジネス課題を解決する手法を学びます。特に目玉と考えているのが、3年生が履修するプロジェクトベースドラーニング(PBL)演習です。ここで特徴的なのが、企業や官公庁と連携して実際のデータを提供していただき課題を共有して分析していくことです。生のデータから課題を見つけ出し、データサイエンスの手法で解決していく貴重な経験ができると考えています。課題を見つけるには社会科学の知識が必要ですから、総合的な勉強ができるでしょう。

――教員側のスタッフ体制はどのように整えていますか。

渡部氏:学内からソーシャル・データサイエンス学部に移ったのは私を含めて3人だけで、残りの15人はすべて外部から新規採用しました。ソーシャル・データサイエンス学部では、教員を3つに分類しています。「情報・AI」「統計」「社会科学」です。教員はこの3つのどれかに所属しているのですが、多くの方が複数の分野にまたがる研究を行っています。ご自身の社会科学の専門分野の課題をデータサイエンスの手法を応用して解いていくことのできる教員を揃えましたし、今後は教員間で連携の可能性もあると思います。

――教員が学生数に対して豊富だと感じます。

渡部氏:学部は1学年60人、大学院(修士課程)は21人という少ない定員に対して、教員は多いと思います。手厚い指導ができると思いますし、教員の専門もバラエティに富んでいるのでいろいろな勉強ができると思います。他大学のデータサイエンス学部は、理科系の教員が多いように思いますが、ソーシャル・データサイエンス学部では法学や政治学も含め幅広い分野の教員を揃えていますので、こうした点は強みになっていくと思います。

――理科系の優秀な人材を集めることにもつながりそうな印象です。

渡部氏:実際、(取材時点の出願予想情報などによると)後期日程でソーシャル・データサイエンス学部を志望する受験生のうち、東京大学の理科一類や理科二類を前期日程で志望する受験生が過半数に上ると聞いています。理系の人材が一橋大学に集まる可能性を感じます。一方で、大学院から入学する学生で出身が理科系の場合は、社会科学系の基礎知識が不足している可能性がありますし、文科系の場合はデータサイエンスの基礎知識が不足している可能性があります。そこで入学前にオンラインのブートキャンプを実施して、不足している部分を補うことを考えています。できるだけ個人の持ち味と学ぶ意欲を生かし、足りないところはブートキャンプで補っていきたいと思います。

――最後に、これからスタートするソーシャル・データサイエンス学部への期待を教えてください。

渡部氏:社会科学とデータサイエンスを高次元で融合させることによって、社会科学の理論なり、データサインスの手法なりが、変わってくる可能性があると考えています。そうした可能性がより良いものになることを期待して、融合した学問のあり方を追求していきたいですね。

文/岩元 直久