村上貴弘

村上貴弘

(写真:DWI YULIANTO / shutterstock

SDGsはアリから学べる。衣料品の製造や生殖医療の常識を変える、アリが起こすイノベーション

虫たちには独自の生存戦略があり、その情報や特性、働きを活用すれば人の社会はまだまだよくなるかもしれない。アリの行動から、SDGs実現へのヒントを得ることも可能だ。アリの研究を進める村上貴弘氏が紹介する。

Updated by Takahiro Murakami on April, 14, 2023, 5:00 am JST

排泄物は本当に不衛生なだけのもの?

今回は、真のSDGsを理解するためにアリの社会にダイブしてみよう。

まずはSDGsの6番目の目標「安全な水とトイレを世界中に」に関連する内容をみてみよう。
あまり知られていないことだが、アリは固形の糞はしない。多くの昆虫は固形の糞をするが、アリは液状の糞(つまりオシッコのようなもの)をするだけで、固形の物質を排出することはない。
そうなってくると、気になるのがアリのトイレ事情だ。これまでほとんどの研究者が注意を払っていなかったテーマに取り組んだのがドイツのCzaczkesらの研究グループだ。彼らはトビイロケアリというアリを食紅で色付けした食料で飼育した。3週間後、石膏でできた人工の巣を観察したところ、巣の片隅に色のついた部分ができあがっていた。アリのトイレの発見だ。
これは2015年にPLOS ONEに発表されたもので、読んだ当時かなり驚いた記憶がある。

驚いた点は次の二点。
(1)巣の外にはトイレがなかったこと。もしかするとアリたちは巣の外で液状糞をするのではないかと考えていたが、外にはトイレがないことに驚いた。
(2)ゴミ捨て場とトイレの場所が異なっていたこと。アリにとって糞は不衛生なものという認識はないかもしれないということに驚いた。

この論文では、巣の中にゴミとは別にトイレがあることの意味に関しては不明だ、とされているが、実はある程度のヒントを僕は掴んでいる。それは菌を育てるアリたちにある。彼女らは菌を育てる時に頻繁に液状の糞を菌園に施肥している。菌食アリの社会には決まったトイレはなく、排泄物も完全に循環するようになっているのだ。見事というしかない。

排泄物も資源になる(著者提供)

身体に「浄化装置」があれば持続可能な社会は実現しやすくなる

人間社会でも、僕が子どもの頃までは「肥溜め」がいくつかあって、人々はそこから畑に施肥していたものだが(まだ45年くらいしか経っていないが、現代からは想像もつかない世界になってしまった。若い読者は肥溜めをおそらくは知らないだろう)、当時の農家の方々の記録などを読むと、それが嫌で嫌で仕方なかったという記述が多い。そういうものは長続きしない。衛生上の問題もあり、現代社会では肥溜めを見ることは全くなくなり、人糞を施肥するなど、とんでもないことと認識されているだろう。人間の排泄物は単なる厄介者に成り下がってしまっているのだ。持続可能な社会というのは人間にとっては達成がなかなか難しいものだ。

ではなぜアリの液状糞は衛生的で栄養にも富んでいるのだろうか?同じような液状糞のみを出すアブラムシなどは、そもそも貧栄養の植物の樹液のみを食料源としており、それを共生バクテリアが分解することで栄養分として利用し、残りも「甘露」としてアリに分け与えている。これなら直感的にも理解しやすい。つまり、もともと衛生的な樹液だからこそ、糞も衛生的である。しかしながら、アリの食料源は多様で、種によっては腐肉などを主な食料にする種もいる。その糞が衛生的なのだから、アリの体内にはより効果的な浄化装置が備わっているのだろう。

まだ明確な研究はないが、これまでの知見からアリの口器には特殊なポケットがあり、そこには抗生物質を分泌するバクテリアが共生していることが分かっている。入口からすでに浄化装置があるのだ。体内にも共生バクテリアは存在していることから、そのような微生物の分解能によってアリは衛生的な糞を排泄することができているのだろう。
なかなか人間には真似できないことである。