Kaede

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(写真:Gorodenkoff / shutterstock

インドで活躍する女性エンジニア

意外に思われるかもしれないが、インドのテック企業で活躍しているのは男性ばかりではない。非常に多くの女性エンジニアが高いキャリアを築いているのである。

Updated by Kaede on December, 4, 2023, 5:00 am JST

筆者は、新卒でインド系IT企業に就職してから約8年間、インド人のエンジニアたちと共に働いてきた。働き始めた当初は日本支社に勤務し、日系企業のクライアント向けに働いていたため、日本の職場や企業文化も体験している。インド・バンガロールに拠点を移して3年経つが、日本とインドの企業文化、特に女性にとっての働きやすさについて日本とインドの違いを感じる機会を非常に多く得てきた。そこで今回の記事ではインドのテック企業で働く筆者の実体験や考察を交えながら、インドのテック企業における「女性の働きやすさ」について伝えたいと思う。

理工系科目の学位保持者は約40%が女性

インドに拠点を構えるテック企業では、非常に多くの女性エンジニア、女性リーダーが活躍している。

インドにおける、理工系科目(STEM; Science, Technology, Engineering and Mathmatics)の学位保持者の約40%が女性である。世界全体では約20%であるため、インドの女性エンジニアは世界全体と比べて、かなり高いと言える。(※1)

ちなみに、経済協力開発機構(OECD)の統計によれば、2021年時点で日本は加盟国平均を下回り、「自然科学・数学・統計学」の分野で27%、「工学・製造・建築」で16%であり、いずれも加盟38カ国の最下位である。(経済協力開発機構(OECD)の調査による)(※2)

インドのIT企業では、約200万人の女性エンジニアが活躍しており、インドのIT企業に直接雇用されているITエンジニア(約530万人)の約36%を占めている。(※3)

では、なぜこれほど女性エンジニアが多いのか。それは、インド政府が女性の理工系教育に力を入れている影響が大きい。

インド政府による女性の理工系教育へのサポート

近年、インドでは女性への高等教育の機会が拡大している。インド国内では工学系の大学が増えており、準じて女性が理工系科目を学べる環境も拡張してきた。

インド政府は女性に対する理工系教育をサポートする様々な取組みを行ってきた。奨学金、メンターシッププログラム、無料のオンライン学習コンテンツの提供などを通して、女性の理工系教育、および理工系分野でのキャリア構築を支援してきた。

(写真:CRS PHOTO / shutterstock

例えば、インド政府によるスキル開発、高等教育支援プログラム「Saksham Yuva」では、累計約40万人の学生が、奨学金やメンターシップなどの支援を受けている。

女子学生向けの高等教育支援プログラム「Vigyan Jyoti」では、2020年から現在までに3万人の女子学生が奨学金を受給したりメンターシッププログラムに参加したりしている。インド政府はさらなるプログラムの強化、受益者の増加を図っている。

Vigyan Jyoti プログラム 紹介ウェブサイトより筆者抜粋

女性にとっても有望なキャリアとして、エンジニアを職業として選択する人が多い。

フレキシブルな就業環境

インドは女性エンジニアを多く輩出しているだけでない。実際にインドのテック企業で働いていると、女性にとって働きやすい環境が揃っていることを感じる。

第一の要因は「フレキシブルな就業環境」の普及である。インドの各業界の中でも、特にテック企業では、かなりフレキシブルな環境を提供していると思う。コロナ禍を経て、日本でもリモートワークへ移行した企業は少なくないが、インドではスタートアップを中心にテック企業の多くが完全リモートワークに移行し「スキルがあって、成果を出してくれるなら、どこで働いても構わない」というスタンスである。

大手企業のなかにはオフィス出社を推奨している企業も少なくないが「家族を何よりも大事にする」という価値観が全体で共有されているため、家庭の事情により在宅勤務を行う、休暇を取ることは日常茶飯事である。

例えば、筆者の職場では「体調が良くない家族(子どもや親)のケアを見る」「子どもの学期試験が近く、勉強のサポートをする」といった理由で、在宅勤務を行うことは一般的であり、周りの理解も深い。

上記のような事情で有給を取る、在宅勤務をする人は、女性に限らず、男性社員もかなり多い。筆者の職場でも、夫婦ともに在宅勤務OKで、パートナーと交代で在宅勤務をして、夫婦のどちらかは在宅で、子どもや家族のサポートをしている、という家庭が多い印象を受ける。女性も男性もフレキシブルな就業スタイルを取り入れているため、女性だけが時短勤務や在宅勤務をしなければならない、という事は少ないと感じている。

またインドの都市部では核家族化が進んでいるが、現在もなお、2世代、3世代で一緒の家に住むことが多い。自分が職場に行く間、子どもの世話や家事を、自分の親や義理の両親に任せることができる。地域や会社の託児所に子どもを預ける人も多い。さらには中所得層の家庭でも、メイド(家事手伝い)やナニー(子どもの世話をする人)を雇うのは一般的であり、家事や子育てを第三者に任せる、ということも気軽にできる。

役員の17%が女性

インドのテック企業では、管理職や役員として、多くの女性が活躍している。

2022年に発表されたデロイトのレポートによれば、インドの企業の役員の約17%が女性で、2014年に比べて約9%上昇したという。世界的には役員の19%が女性なので、世界全体平均にかなり近い数字だという。

ちなみに、日本の上場企業の役員に占める女性の割合は、9.1%(2022年7月末時点)である。(内閣府レポートによる)

インドでは、上場企業の役員のうち、最低1人は女性の役員を選出するよう法律で定められている(Companies Act, 2013)。日本では、政府によって今年(2023年)に「2025年をめどに女性役員を少なくとも1人登用するよう促す目標設定を行った状況である。

こうした政府によるイニシアチブも然りだが、インドのテック企業では、キャリアアップの機会が、男女に関わらず公正であるように思う。そうした中で、女性のリーダーも自然と能力を伸ばしている。女性にとってキャリアアップしやすいことには、筆者は主に3つの背景があるように思う。

1つ目は、多くのテック企業が「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」を、重要視していることだ。インドのIT都市に拠点を構えるグローバルテック企業では、特に多様なバックグラウンド、考え方、特性を持つ社員を持つことを、組織の強みとして認識・推進している。男性主体の組織ではなく、女性も活躍できる環境を作ろうという概念が推進され、女性向けのリーダーシップ・プログラムが社内・社外で開発され、女性をサポートしている取り組みが多くある。

2つ目は、実績ベースの評価・昇進制度、そしてマインドセットである。評価や昇進は、実績・成果ベースで評価され、昇進していく。長時間勤務、勤続年数が長くなくとも、実績を作り、リーダーとしての素養があれば、高く評価され、昇格する。上記で述べたように「家族を最優先する」価値観なので、「就業時間外での」飲み会なども、日本よりは圧倒的に少ない。実際には、飲み会も会食も時々あるが、日本のような「社内外の人との関係構築」にはあまり影響せず、「オフの時間を楽しく過ごす」という目的であることがほとんどだ。

活躍する「女性」をあえてハイライトするようなマインドセットも、日本と比べて薄いように見える。インドのテック企業で社内外の人々と会話したり、メディアなどを見てたりしても、「女性社長」「女性エンジニア」といった言い回しは、めったにされないように思う。そのくらい、女性が活躍することをめずらしいと思っていない、逆に言えば「女性だからといって極めて秀逸でなくても、実力や実績があれば誰でもリーダー」になれる、というマインドセットを皆が持っているように思う。

3つ目は、上に挙げた「フレキシブルな就業環境」である。「家族を最優先にする」「柔軟な就業環境を作る」という価値観を、女性も男性も大切にしている(筆者は、これが最も大きく影響していると思う)。家族のサポートのために「短時間勤務」「在宅勤務」をしても、チームや同僚の理解があり、あくまで本人の仕事の実績・成果ベースで評価される。

ハラスメントに対する厳しい姿勢

筆者の主観もあるが、日本の企業環境と比べて、ハラスメントに対する姿勢もかなり厳しいように思う。セクシャル・ハラスメント、パワーハラスメントの発生防止に徹底的に取り組み、もし発生してしまった場合は、匿名で相談できるチャネルを作っている。また、性別による差別に対しても厳しい姿勢を持っており、女性も男性も「心理的安全を持って仕事ができる環境づくり」を行っている。

インドのテック企業で感じる「女性の働きやすさ」

以上の背景から、インドに拠点を構えるテック企業には、女性が活躍できる、女性が働きやすい環境が整っており、多くの女性エンジニアたちがキャリアを構築している。日本のIT企業、また今後女性や外国人を含めた社員の多様性(ダイバーシティ&インクルージョン)を推進する企業にとって、参考になれば幸いである。

参考文献
※1 Progress for Gender Equality in the Tech Industry? The Percentage of Female Software Engineers in 2023
※2 理系女性の割合、日本が最下位 – 日本経済新聞
※3 The Times Of Indiaの記事による
Women in IT more than double to 20 lakh in a decade, make up 36% of workforce now