佐伯 真二郎

佐伯 真二郎

池のなかで涼んでいるラオスの水牛(著者提供)

「水牛がおぼれて死んだので、今日は欠席します」。ラオスで学んだ、他者の合理性を透かして見る方法

他者の言動が理解できないとき、私たちはその背景を見落としている。ラオスの食糧事情向上を目指し、昆虫養殖技術開発事業に取り組んだ食用昆虫科学研究会理事長が、当時の経験から伝える。

Updated by Shinjiro Saeki on February, 2, 2024, 5:00 am JST

ラオスでは通じない、日本の常識

ある朝、こんな連絡が届いた。「水牛がおぼれて死んだので欠席します」。まったく頭に入ってこない。どうやらペットロスで悲しい、といったニュアンスではなさそうだ。

ラオスで始まった私たちJICA草の根技術協力事業「ラオス農村部住民の食糧事情向上を目指した昆虫養殖技術開発事業」のプロジェクトは3年目を迎えており、連絡のあった夫妻は今日の午前中、食用ゾウムシ養殖農家のメンバーとして、技術トレーニングを受ける約束だった。しかしどちらも来られないとのこと。

まず何が起こったのか、イメージができない。ウシっぽいけど牛じゃない、よく泥浴びをしている家畜が、溺れて死ぬ?そんなことがあるのか。そして溺れて死んだとして、それが彼らの欠席の理由になることも、ピンとこない。ふわっと頭に浮かぶフレーズ。「サボりではないか?」

たしかにラオスにはよくあることだ。期待通りに動いてくれないラオス人にはよく会う。
雇った運転手がいつのまにか酒を飲んでいる。昼寝をしている。大型トラクターをチャーターした日に、なぜかはるか遠くの村にいる。予約した材木を他の人に売ってしまう。仕事の約束だけど友人との飲み会が始まっちゃったからドタキャンする……などなど。

日本で常識とされている「勤勉」や「仕事の責任」の価値観とはずいぶん違うし、イライラすることもあるが、この話の中心はそこではない。この日、あの水牛に何が起こったのか。そしてそれは、この夫妻にとってどんな意味を持つのか。

手持ちの情報だけで結論を出そうとするな

謎解きミステリっぽい雰囲気になってしまった。IQの高い、血筋のいい天才少年が、田舎の村の因習に縛られた悪意を華麗に暴く、というような、スカッとしたストーリーも期待しないでおこう。私は探偵ではないのだから。ここではまったく逆の態度が必要だった。

それは「だれかの悪意や怠惰を見出したくなる誘惑をはねのけ、手持ちの情報だけで結論を出そうとしないこと」だ。
それでは日本の読者向けに、この「水牛溺死欠席事件」の解説をやってみよう。

1. 水牛とは彼らにとって、どんな家畜か。
かつて水牛は、ラオスの水田に欠かせない労役家畜だった。大きく広がった足先は、雨季のぬかるみをなんなく踏破する。つま先が尖ったウシではこうはいかない。農耕から移動、サトウキビを絞る動力としても利用された。水牛の家畜化はタイ・ラオスのあるインドシナ半島とバングラデシュでそれぞれ起こり、いまも野生種と交雑しながら、ゆるやかに在来家畜として維持されている。

「在来家畜」は重要なキーワードなのでここで解説しておこう。先進国に住む私たちがスーパーで買うような肉を生産している家畜は近代品種と呼ばれ、個体や系統を管理し、高度な育種を経た上で、コストパフォーマンスを最大化するよう、家畜そのものだけでなく設備や管理まで、最適化が行われている。
一方で在来家畜は、放し飼いや野生系統との交雑をそれほど管理しておらず、人々の営みの中で徐々に意図的・非意図的に選抜された家畜だ。数千年の家畜の歴史の大部分はこの在来家畜で、その中から産業としての期待に応えた、限られたエリートと言える近代品種たちが、私たちの口に入っている。

話を水牛に戻そう。水牛は典型的な在来家畜で、ラオスでは農耕用として利用され、戦力外になったら、食べられていた。ラオス政府は小型トラクターの普及を推進し、トラクターを担保に購入資金を借りられる政策を行ったことで、動力としての水牛はトラクターに役目を奪われた。トラクターのローン返済には現金が必要になる。すると水牛のほとんどが、肉用として出荷されるようになった。つまりごく最近、肉専用の家畜となったのだ。肉は赤身でやわらかく、骨はスープに、内臓や真皮まで、あますことなく食べられる。

真皮の塩漬けは、どこの商店にもある、愛されるおつまみだ。毛のついたままコゲコゲになるまで炭火で焼く。表面をむいて熱でスポンジ状に発泡したしょっぱいコラーゲンをかじる。つまり現代のラオスの水牛は、市場に持っていけばいつでも確実に現金に換金できる資産なのだ。

2.資産としての水牛の価値とリスク
しかし水牛はハイリスクハイリターンの資産、ということも押さえておこう。当時はヤギ一頭でテレビ一台、7000円ほどが相場で、水牛は破格の3万円。これはラオスの平均月収を超えている。田舎の現金収入は都市よりずっと少ないため、田舎では年収並と言っていいかもしれない。

妊娠した水牛のメスを買い、出産まで300日、子牛が性成熟まで2年、2頭とも合計3年育てれば、投資が倍に回収できるのだ。もちろん途中で死んでしまえば、親戚近所からの借金だけが残る。トラクター以外の用途で銀行から借入れできる世帯は、公務員など一部の村人に限られている。

つまりこの日、この夫妻に起こったアクシデントとは、「月収以上の資産がいきなり溺死した」のである。紙幣や口座残高と違い、この「月収」は放っておくと腐る。冷蔵庫もまだ普及していない村から、さらに2kmほど離れた農地での事件。つまり今日の最重要のミッションは、いきなり農地で溺死した「月収」を、村からさらに数キロ離れた大きい市場に持っていき、換金することに順位が入れ替わったのだ。これは一大事だ。NGOの活動に参加している時間などない。

3.もう一つの謎、そんなに水牛が急に溺死するか?
水牛がぬかるみに適応した、ラオス在来の生き物であるのであれば、そんな簡単に溺死するだろうか?「実家のおばあちゃんが」と同じくらい、欠席連絡に使うには、むしろウソくさいのではないか?とも思えた。これにもワケがあった。

先にラオスの水の利用について説明しておこう。熱帯冬季少雨気候のラオスでは、乾季(10月から翌年5月頃)にはめったに雨がふらない。逆に雨季はものすごく雨がふるので、氾濫した川の水が集落を水浸しにする。そこで天水稲作をすれば、水路や灌漑いらずで米が収穫できるのだ。天水稲作は先進国の灌漑稲作にくらべるとずいぶんと効率的だ。

乾季の水は井戸頼みで、ある村で測定したところ、雨季と乾季では地下水位が4メートルもの差が生じていた。地下水位が高めのところには自然と集落ができ、その中でも特に立地が良いと、手で掘った浅井戸でも十分に水を確保できる。一方地下水位の低い集落から遠い農地では、ショベルカーで掘った「ため池」が使われていた。

このときは5月。乾季の最後の「暑気」で一年で最も暑く、深く掘ったため池の底にぬかるみが残る程度まで水位は低下していた。その急斜面とぬかるみに、水牛がハマってしまったのだ。もともとぬかるみにめっぽう強い水牛が溺死するほどの、急峻なため池が溺死を招いたのだろう。ではなぜ、水牛が死んだら大騒動になるほどの低所得の世帯が、ショベルカーという高価な重機をつかった、深いため池を手にできたのか。

実は「堀り賃は無料」という土の経済が回っていたのである。ショベルカーのオペレーターはトラックのドライバーと提携しており、トラックのドライバーは「盛り土」の売り先を探して値段を決め、掘って運ぶ。農地をもつ住民は、ため池を作りたい土地に彼らを呼び、その堀り賃としての土を支払うことで、無料の用水池を手に入れられるのだ。

ラオス中部のこの地域は雨季になるとほとんどの地面が水没するため、住民は木造の高床式住居に住んでいる。その中でもお金持ちになると「盛り土」を購入し、その上にレンガとコンクリートで家を作るのがステータスだ。

それから3年後、2021年にちょうど通りかかったので、そのとき水牛が溺死したという「ため池」を見せてもらった。

水牛が溺れた「ため池」(著者提供)

たしかに急峻で深い。掘り立ての3年前、乾季の5月であればもっと急峻で水位は低かったはずだ。水が飲める水源は限られ、転落しかねない深い用水池に、首を伸ばしてしまったのだろう。市場につながる大きな道路(といっても未舗装)から2kmほど奥まったこの現場で水牛が溺死したら、それはもう、一日がかりの解体作業となったはずだ。

ようやく「不可解な欠席連絡」を読み解くピースが揃った。ここまでの、ラオスの常識と私の日本の常識とのギャップがようやく埋まった。
背景を知ると、彼らのこの日の連絡が、合理的で、欠席連絡をすることが当たり前の一大事が起こった、とわかるだろう。

うまくいかないときは、いったん日本の常識を保留にして考える

まとめてみよう。
 1. ラオスでの水牛は、農耕目的ではなく現金収入の手段であり、資産。
 2. 一頭の水牛の死は、月収が死ぬほどの重大事故。
 3. ショベルカーで掘った、無料の用水池は急峻で深く、ラオスのぬかるみに適応した水牛ですら溺れてしまう。
これら3つの「ラオスの常識」を知らなかった当時の私は、彼らを「サボり」とジャッジしそうになってしまった。これはとても危うい。

部外者である日本人が、プロジェクトの開始とともに、これから信頼関係を作ろうとしている彼らに向かって、こいつらはサボるやつだ、という先入観の目を向けてきたらどうだろうか。もしここで早々に、彼らとの信頼関係を壊していたら。

このあたりから、わたしのラオスでの思考法は、「うまくいかないときは、いったん日本の常識を保留にして考える」ことにした。なかなか難しかったが、この6年のラオスでの日々で、良い訓練になった。「謎解きをしようとしない」ことがまず大事だ。繰り返すが私は探偵ではない。

他者には他者の合理性がある

もう1件、ちょっとした「事件」を紹介しておこう。
2018年のある日、昆虫のエサとなるキャッサバを栽培する農地を開墾しようと情報収集を進めていた。
「ここに耕作放棄地はないか?」
これまで田畑であったところならば、また使いはじめることも容易だろうし家や道路からのアクセスもいいだろうと考え、住民に尋ねてもらうよう、通訳のラオス人スタッフに促すが、困った表情をしている。私の英語が拙いせいもあるだろう、と表現を変え「いちど農地にしたが、しばらく手を入れていない元農地はないか」など、試行錯誤していると「そんなものはない。ラオスには田畑か、藪しかない」との返答。

つまり「耕作放棄地」という現象は日本を含むやや寒い地域で見られただけであって、ラオスでは、常に耕作をし、森林や藪を伐採しつづけない限りあっというまに耕作地は周囲から藪に戻っていってしまうのだ。一度、バンブーとトゲトゲしたツタがからみつく藪に無理に分け入ろうとして、肌と服が完全にひっかかり、動けなくなったことがある。それほどラオスの自然はあっという間に、人間の領域を奪っていく。

書籍『人と生態系のダイナミクス 2 森林の歴史と未来』によると、ラオスで持続可能な焼畑農業の周期はわずか6年とのことだ。そこまで背景を理解すると「目先の利益にとらわれ森林を焼いてしまう愚かな住民」ではなく、移動民であれば、かなり省エネでコストパフォーマンスの高い農業として焼き畑を営むことができる。「発展の遅れた国の追い詰められた可哀想な人達による焼畑」という固定観念を手放すことで、彼らの合理性が見えてくる。

「ラオスでは昆虫をよく食べる。ならば昆虫で栄養改善ができるのではないか?」という素朴な発想からスタートした私達のプロジェクトは、あまりに前例がなく、初めての挑戦だらけだった。紆余曲折を経て2023年の終了時には63世帯のゾウムシ養殖農家を育成し、プロジェクトとして成功に終わった。ふりかえってみると、いったん日本の常識を手放して考える「探偵をやめる態度」が、彼らの合理性にたどり着き、いくつものハードルをラオス人と一緒に乗り越えた鍵だったように思う。

「食の選択肢は多いほうが、きっとおいしさが広がる」
これが私がラオスの文化を信用し、昆虫食の可能性を開拓する素朴な信念である。

参考文献等
人と生態系のダイナミクス 2 森林の歴史と未来』鈴木牧・齋藤暖生・西廣淳・宮下直(朝倉書店 2019年)
アジアの在来家畜 家畜の起源と系統史』在来家畜研究会 編(名古屋大学出版会 2009年)