小松由佳

小松由佳

山上の草原を行くヤギの群れ。空が広い。

(写真:小松由佳

ハサンケイフのヤギ飼いと太陽

日本人女性として初のK2登頂を成し遂げたほか、シリア内戦や難民の取材で山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞するなど、世界を舞台に活躍するフォトグラファー・小松由佳氏。ここでは、小松氏の作品群のなかからトルコの古代都市・ハサンケイフを訪れたときの記録を紹介してもらう。

ハサンケイフはメソポタミア文明最古の都市のひとつとされ、1万2000年の歴史を持つ街であった。

Updated by Yuka Komatsu on March, 3, 2022, 8:50 am JST
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ハサンケイフ郊外の丘より、チグリス川を眺める。川のほとりには茶店や食堂が並び、子どもたちが川遊びしていた。

2009年夏、バスの窓からこの土地をはじめて目にしたとき、その美しさに息を呑んだ。トルコ南東部、ティグリス川ほとりの街ハサンケイフ。約1万2000年の歴史があり、その上方の丘陵地には、古代の遺跡や墓が、柔らかな草原に埋もれていた。かすかな踏み跡をたどって山の上に登ると、犬がかけてきて激しく吠えたてた。牧羊犬らしい。たじろいでいると、犬を呼ぶ男性の声に、犬はくるりと引き返した。その先に、ヤギの群れを連れた男性の姿があった。ヤギの放牧をするチョバン(トルコ語で羊飼いの意)、ヤシャールとの出会いだった。

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山や谷を眺めるヤシャールの眼差しから、ハサンケイフへの愛情が感じ取れた。ヤシャールの父もその父も、この土地にチョバンとして生きてきた。

「アイへへへへへへ!」ヤシャールの声が、静寂の谷にこだまする。ヤギの群れに、進め、の合図だ。100頭近いヤギが、砂ぼこりをもうもうとあげて谷を下る。ヤシャールはクルド人。父親もその父親も、この谷のチョバンだった。年齢は本人もわからない。30歳ほどか。幼い頃から父に連れられ山を歩き、現在は兄と交代で放牧にでる。家族は年老いた母と二人の兄。兄たちは結婚して実家近くに所帯を持ち、母と二人で暮らしている。村と谷、山とを往復する毎日だ。

夜明け前。暗闇から朝焼けへと変わる谷の道を、ヤシャールと犬、100頭ほどのヤギが登ってゆく。朝日が差すと山は赤く燃え、世界が一変した。手足の寒さが和らいでゆき、今度は暑さに苦しんだ。わずかでも日差しを避けられるよう、私たちは木陰から木陰を歩く。その前方で、ヤギは喧嘩をしたり戯れながら自由に進む。ヤシャールは一頭一頭のヤギに名をつけ、その父親や母親、祖父母の名まで覚えていた。

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夕暮れとともにハサンケイフの街へ下る。長い一日が終わる。
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ヤギの群れの一頭。羊は一頭もおらず、全てヤギ。羊は岩場の道や高低差のある放牧の道に耐えられないからとのこと。しかしヤギは羊よりも安く、肉も硬い。

正午頃、木陰に座って休んだ。ヤシャールはポケットからラジオを取り出し、クルドの古い民謡を聞いた。野や山々など自然を彷彿とさせる音色。自らのルーツ、クルドの文化をヤシャールは愛していた。
流れるのをためらうかのように、雲がゆったりと流れる。ヤギの群れはいつの間にか視界から消え、犬が先に行ってヤギを見守っていた。犬はヤシャールの相棒で、犬もヤシャールの役に立つことが誇らしい様子だ。

そのうちヤギの群れが岩場にさしかかった。足場が限られた巨大な一枚岩を、ヤギたちが一列になって降りていく。群れは整然と進むのかと思いきや、順番待ちに耐えかねて前のヤギに頭突きするヤギ、後から来たヤギに踏まれ下敷きになるヤギ、突然交尾しようとする雄ヤギもいて、群れはてんやわんやだ。そんなヤギをヤシャールはほらほらと指差し、困ったという仕草で笑った。

ヤギたちが軽々と下っていった岩の斜面で私は立ち止まった。下は百メートル近く切れ落ちる急傾斜の断崖絶壁。足を踏み外せば真っ逆さまだ。次の足場まであと少しのところで、どうしても足が届かない。登山でも、安全のためロープをつけて登るような場所だった。ためらっているうち、ヤギの群れもヤシャールも先に行ってしまった。彼らにとっては何でもないところなのだ。

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太陽が輝く夕暮れの時間。

岩場を越えた先にはなだらかな草原があった。「シャララ、グッド、ビューティフル」ヤシャールが嬉しそうに指を差す。自慢の場所らしい。やがて水の音がし始め、岩陰に泉が現れた。その水は澄んでいて、谷へと続く水路へと流れていた。
クルドの言葉で〝シャララ〟は〝泉〟。この乾いた山々の一体どこから、これほど清らかな水が湧くのだろう。まさに自然の神秘だ。ヤシャールはこのシャララが、神からチョバンへの贈り物だと語った。

さらにシャララの上には楽園があった。たわわに実をつけたブドウの木。イチジク、リンゴにザクロ。私は目を疑った。一体誰が、この山に木々を植えたのか。雨の少ないこの土地で、木々はどうやって生きているのか。謎はすぐに解けた。ヤシャールは、ヤギが果実を食べないよう追い払いながら、シャララで汲んだ水を木々の根元にかけて回った。そして、これは父が植えた木、これは祖父が植えた木だと、木の物語を語った。どれも数十年を経た木々で、それはこの山に生きたチョバンの歴史でもあった。まさに秘密の楽園だ。その楽園もシャララの水も、この山のチョバンからチョバンへと受け継がれてきた。

「ハサンケイフの谷で、チョバンの仕事は幸せだ」そう語るヤシャールの緑色の目は、本当に幸せそうだった。彼は仕事に誇りを持ち、この土地に愛情を持っていた。チョバンは暑い夏も凍える冬も、雨や風の日も、ヤギを連れて山を歩かねばならない厳しい仕事だ。現金収入も少なく生活に余裕はない。だがチョバンとして生きることは、父親や祖父、そのまた父親たちと同じ土地に生き、彼らが残したものを受け継ぐことなのだ。彼の人生は、常に先人の人生や物語とともにあった。 

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“山上の楽園”で収穫したイチジクとブドウ。毎日少しずつ収穫して食べるのが放牧の楽しみだ。

夕暮れ。全てを愛おしむように、太陽の最後の光が大地をなでてゆく。草原は金色に波打った。太陽のめぐりに生きること。大地の厳しさも恵みも、神からの贈り物であること。ヤシャールは、彼が生きる山の世界を教えてくれた。そんな彼の背には、いつも満ち足りた幸福感があった。ハサンケイフのチョバンはヤシャールを含め数人しかいないという。いつかこの谷からチョバンが消えるとき、山の上の楽園も、そこに生きたチョバンたちの物語もまた消えるのだろうか。ヤシャールはヤギを追って谷の道を下りてゆく。その背が、山の下へと小さくなっていった。

時が流れた2020年9月、ハサンケイフはトルコ政府が推し進めたダム建設によって水没した。ヤシャールが羊を追って歩いたかつての谷や山は、もうそこにない。

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崩れた石積みの建築物が、かつての暮らしの痕跡を感じさせる。
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ヤギにとっては毎日登り降りする、勝手知ったる山の道。ヤギの踏み跡は、縦横無尽に山肌に刻まれている。
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ハサンケイフの街とチグリス川を眼下に眺める。