中村航

中村航

テニスのウィンブルドン選手権。雨の中、巨大スクリーンの前では多くの観客たちがコートを見つめていた。2011年撮影。

(写真:Paul Maguire / shutterstock

スポーツの魅力は曖昧さにある

DXはスポーツにより「公平」で「正確」なジャッジをもたらすだろう。しかしそれはスポーツの魅力を奪い去るものになるかもしれない。DXに関するニュースウォッチを続ける中村航氏が解説する。

Updated by Wataru Nakamura on May, 17, 2022, 9:00 am JST

誤審が問題になる時

プロ野球のストライク判定をめぐる投手と球審のトラブルが物議を醸している。4月24日のオリックス対ロッテ戦において、2回の裏にロッテの佐々木朗希投手が投じた球がボール判定された際、不服な表情を見せた佐々木投手に対して白井球審が詰め寄ったシーンがあったのだ。このシーンはすぐさまSNSなどで拡散され、投手や審判の態度、判定ミスなどをめぐる大きな論争が巻き起こった。プロスポーツの世界における「誤審」や「疑惑の判定」といった問題はいつの時代も議論の的となってきたが、ストリーミングの普及によって視聴者数が拡大し、SNSによって気軽に情報発信が可能になった現代においては、その注目度はかつてないほど高まっている。そして、このような騒動が起こるたびに浮上するのが、審判を補助するテクノロジーやロボット審判に関する議論だ。近年、野球からサッカー、テニスまで様々なプロスポーツで導入され、さらなる活用が検討されているこういった技術は、スポーツのあり方に大きな変化をもたらしつつある。

スポーツ中継を見ていると、時に明らかな誤審と思われるような場面に遭遇することがある。たとえば、前述のストライク判定については、中継画面に表示されているストライクゾーンを外れた球がストライクと判定されたり、逆にゾーン内に入っているのにボールと判定されるといった場面を見かけることはしばしばある。とはいえ、このような誤審が毎回大きな騒動に発展するわけではない。審判も人間なので時にミスをすることは仕方ないし、ちょっとした誤審のたびに騒いでいたら試合の円滑な運営に支障をきたすからだ。誤審が大きな問題となるのは、ワールドカップやオリンピックなど開催頻度が少なく、規模の大きな大会であり、特に勝敗や優勝などを左右する重要な局面でのことだ。スポーツが高度に商業化された現代においては、このような大舞台での誤審は選手のキャリアやチームの収益、関係者や審判自身の人生にさえ影響を与える可能性があるためだ。そして、こうした誤審を減らすため、各スポーツは多くの取り組みを行ってきた。

主要スポーツが審判補助システムを導入

主要スポーツでいち早く審判補助システムの活用に着手したのはテニスで、2006年に「ホークアイ」というライン判定補助システムを導入。複数のカメラの映像を解析してボールの軌道を瞬時に再現するこのシステムによって、選手は線審の判定に異議を唱える「チャレンジシステム」の利用が可能になった。その後、2017年からは一部の大会で「ホークアイ・ライブ」を導入。リアルタイムのラインジャッジからコールまでを行うこのシステムは線審を不要にし、2020年には4大大会の全米オープンでも導入された。

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東京オリンピックで試合を見つめる審判。

サッカーの審判補助システムとしては2012年、前述のホークアイ技術などを利用してボールがゴールラインを割ったかどうかを判断する「ゴールライン・テクノロジー(GLT)」の導入を国際サッカー評議会(IFAB)が決定。同技術は2013年からイングランドのプレミアリーグで初導入され、2014年にはW杯ブラジル大会でも活用された。また、2016年からは「ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)」制度が徐々に拡大。2018年のロシアW杯で本格的に導入されたこの仕組みは、レッドカードやPKなど試合結果を左右するような判定を映像で補助し、重大な誤審を防ぐことを可能にした。さらに、今年のクラブワールドカップでは、オフサイド判定を半自動化する技術を導入。同技術は今年のカタールW杯での採用も検討されている。

一方、野球では2014年、審判の判定に異議がある時にビデオ判定を要求できる「チャレンジ」制度をMLBが導入。2018年からは「リクエスト」の名称で日本でも導入された。また、MLBはストライク判定についても「Automated Ball-Strike system(ABS)」と呼ばれるレーダーを使用した技術の開発・試験を進めており、2019年には独立リーグのアトランティック・リーグや傘下のアリゾナ秋季リーグでテスト。その後、2021年からは同技術をフロリダのローAサウスイーストリーグで試験的に導入している。

「世紀の誤審」はドラマになる

このような判定技術のメリットはその正確性と一貫性だ。たとえば、ホークアイの精度は99.9%だといい、その誤差は最大3.6mmほどだという。また、試験中のABSについても変化球の判定などに改善の余地はあるものの、誤差は2.5mmほどだという。これまで野球のストライクゾーンについては、審判によって異なるなどその範囲は曖昧なものであったが、ABSの場合は予め計測された各選手の身長に合わせて設定され、ゾーンの上部が身長の56%、下部が28%の高さと決まっている。正確で一貫性のある判定ができるとなれば、選手や監督の抗議も減り、試合運営はよりスムーズになるはずだ。また、リプレイ検証の導入はフェアプレーの促進にもつながる。実際、サッカーではVARの導入でファウルを受けたふりをする「シミュレーション」行為が大幅に減少したという。

一方、判定から曖昧さが排除されることで、スポーツの醍醐味の一部が失われるという見方もある。たとえば、野球ではゾーンギリギリの際どいボールをストライク判定してもらうための「フレーミング」と呼ばれる捕手技術があるが、ストライク判定が電子化されればこのような技術は無用のものとなる。また、オフサイドやゴールラインのような白黒つけやすい判定はともかく、サッカーやバスケットの一部の接触プレーなど、リプレイ検証を見ても判定が分かれるような場面については、まだまだ審判の判断に委ねる他なさそうだ。

とはいえ、避けられない変化

ディエゴ・マラドーナの「神の手ゴール」からシドニー五輪の柔道男子決勝や第1回WBC日米戦での「世紀の誤審」まで、誤審はスポーツの歴史の一部となってきた。しかし、スポーツの効率化やデジタル化、商業化が加速する中で、誤審に対する世間の目はますます厳しくなりつつある。また、オンラインのスポーツベッティングが一般的になってきた結果、1つのプレーや1試合の結果で大金を得たり失ったりする人も増えており、あらゆる方面から正確なジャッジへの要求は高まっている。デジタル技術によって曖昧さや不確実性を排除していくことで、スポーツがより魅力的に変化するかはまだわからない。ただ、この方向に進んでいくことは避けられないだろう。

参照
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