大場紀章

大場紀章

アメリカの長距離バスで有名なグレイハウンド。お金がない人がよく使い、保安官がパスポートチェックに来ることもある。ロサンゼルスからニューヨークまでは4日かかる。気長な旅だ。

(写真:佐藤秀明

ロシアの侵攻で脱炭素は進む。欧州に働くもうひとつのロジック

Modern TimesはDXが社会をどのように変えていくかを論じている。そのなかで「脱炭素」をテーマにした連載を続けているのは、2022年時点で未来を考える上でのキーワードになっている「脱炭素」を絡めて考えることで、描ける未来像がよりクリアになることを予感しているからだ。
基本的に、ここでは「脱炭素」の是非、推進の方法については議論をしない。その前提となる「そもそも脱炭素とは何か」や、脱炭素を進める人や反対をする人の思惑について掘り下げている。そのためにここでは、俯瞰的な立場から脱炭素政策を見つめているポスト石油戦略研究所の大場紀章氏の言葉を紹介する。
(この記事は2022年3月29日に開催した公開インタビューの内容を編集している)

Updated by Noriaki Oba on June, 10, 2022, 9:00 am JST

なぜ「ポスト石油」を考えなければならないのか

過去3回の連載で、脱炭素の真の定義等について説明してきたが、実は私はエネルギーアナリストであり、脱炭素の専門家ではない。
どちらかというと、エネルギー供給(石油や天然ガス、石炭、原子力、再生可能エネルギーなど)の調査や、使う側(自動車や空調システム等)の研究を通して、エネルギーの循環を俯瞰して見てきた立場の人物である。
もともと大学院時代は物質科学に軸足を置いていたが、エネルギーの動き全体を見ていくと国際情勢、政治、ビジネスの面で見えてくることが数多あり、ここ十数年はエネルギー周りの情勢をとらえるという膨大な領域を相手にすることを続けている。

現在、私は「ポスト石油戦略研究所」という会社を設立し代表を務めているが、「ポスト石油」に対する明確な答えを持っているかというと、やや曖昧だ。
まずこの社名に対して「なぜ脱炭素研究所ではないのか」と疑問を持たれることがある。
その理由に、石油が抱える課題がより大きいということが挙げられる。現状、世界のエネルギー供給の約80%が化石燃料であり、そのうちの概ね3分の1ずつを石油、天然ガス、石炭が構成している。その三大化石燃料の中で、供給上、最も懸念が大きいのは石油である。だから脱炭素だけでなく、石油の次の時代を考えることが自動車産業が強い日本にとって特に重要だという思いを込めて、このような社名にした。石油をどのように利用していくかが、今後の日本にとって最重要課題になるだろうという問題意識を表している。

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ラスベガスからロサンゼルスに向かう貨物列車。通り過ぎるのに長い時間がかかる。

石油に対する懸念が最も大きい理由は、エネルギー量当たりの経済的な価値が一番大きいと考えられるのが石油だからである。エネルギーを扱う際には、専門的にはジュールなどの単位が用いられることが多いが、ここでは一般で通用しやすいカロリーを用いて説明する。
1カロリー当たりの経済価値が最も高い石油は、使い勝手がよく用途も非常に広い。ゆえに、他の2つの化石燃料に比べて石油は先に手に入れたいと願う組織が最も多い。そのため比較的優先的に採掘されてきたという経緯があり、一番最初になくなることが懸念されている。

ちなみに、排出されるCO2の量は、カロリーあたりでいうと石炭が一番多くて、次に石油、一番少ないのは天然ガスだ。だからこそ、脱炭素を進めるときは、石炭の使用量を最初に減らそうというロジックになり、そこが「ポスト石油」との違いになる。脱炭素を考えるときには、どんな化石資源を念頭に置くのかも頭の片隅にあるといいと思う。
一方で、供給面から考えると、年々生産が難しくなっている石油の使用量は減らした方がいい。むしろ石炭の方が供給的には余裕があるので、それを大事に使った方がエネルギーの枯渇は起きにくい。

石油はなくなるのか

「なくなる」と聞くと、資源が地球上から干上がる、枯渇する様子をイメージするかもしれないが、実はこれは安価で利用できる石油にアクセスできなくなるという意味である。

石油は生産効率のいいところから採掘されている。しかし、質がよくアクセス的にも都合のいいところにある石油は急速に減ってきている。このため、石油をめぐって国際的な争いに発展することが懸念される。この争いをどう防ぐか。エネルギー問題は人道的な課題に結びつく。前回までに、私は脱炭素の問題、すなわち気候問題は人権問題であるという話をしてきたが、石油燃料の供給もまたこの問題につながっているのである。

だから、化石資源を温存するという文脈と、気候変動を防ぐという文脈では、化石燃料全体を減らそうというところでは一致するが、優先順位が微妙に変わってくる。

ロシアの侵攻により、脱炭素はさらに進む

2月半ば以降、ロシアによるウクライナへの侵攻により、脱炭素政策は忘れ去られてしまうのではないか、優先度が下がるのではないかという懸念の声をよく聞く。

例えば、先日私が登壇したあるイベントでは、ある代議士の方が「脱炭素は足踏みする」と言及していた。そのような思考が理解できないわけではないが、おそらく彼らの意見が示すのは、国際的な関心が脱炭素よりもウクライナへの支援や侵攻に端を発する経済的な問題に移り、解決すべき出来事の優先順位が変わるということなのだろう。
そのような考えは間違いではないが、ドイツはこの問題の最中に再生可能エネルギーを100%にするという目標を前倒しする発表をしている。似たように、イギリスも再エネ率の向上を前倒しすることを検討している。つまり、脱炭素を加速する方向へ舵を切っているのである。

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初秋のユーコン川のほとり。川下りの始まりの場所。ユーコン準州都のホワイトホースから近く、オーロラがよく見える土地でもある。

これがどのような考えに基づいているかというと、ロシアからガスや石油を大量に輸入していたヨーロッパ諸国は、これまではエネルギーをロシアに依存していたからこそ外交的に強気に出ることができないでいた。そしてこの考えが脱炭素につながっているのである。
つまること欧州では、今回の戦争があったことにより、脱炭素をこれまで以上のスピートで進めるべきだというロジックができあがってきている。
実際に今、EUでは「リパワーEU」という1年以内にロシアからの天然ガス輸入を3分の1まで減らそうという政策が打ち出されている。

リパワーEUは、ロシア以外からの輸入に切り替えるだけでなく、消費量を大幅に減らすこともプランに含まれている。つまり、それは脱炭素の加速である。

石油価格が乱高下する本当の理由

以上は、エネルギー消費側の脱炭素の話である。
脱炭素を語る際には、供給側からのロジックも考えなくてはならない。こちらにおいても、ロシアの問題で脱炭素が吹っ飛んでしまうと考えられることが少なくない。
ドイツが石炭を再び活用するという報道もあれば、石油価格が上がっているからOPECや産油国に対していろいろな国が増産を要請し、化石燃料の開発側に対してよりポジティブに「増やせ」というメッセージが出ているとも耳にする。これらを聞くと、どうしても脱炭素と逆行しているように感じる。

しかし脱炭素とは本来、供給側と消費側の双方で流通量・使用量を減らそうと考えるべきものである。
石油は、使うほうを規制して消費を減らせば、価格が下がって採算が合わなくなり、掘ることができなくなる。逆に掘るほうを規制すると供給量が少なくなって、市場の値段が上がり、使うほうが買わなくなって、全体として消費が減っていく。
現象としては消費量が減ることには代わりがないが、プロセスはまったく逆になる。そのアクセルとブレーキを同時に踏むことを、今は「脱炭素」と呼んでいる。

これは、バランス如何でどちらにも転ぶ状況だ。今は供給側を規制する方にウエイトが置かれているため、石油の価格が上がっている。さらに、ロシアからの輸入をやめようとしているため、他の供給サイドはある意味で脱炭素を緩めているわけだが、消費側が使用量を減らそうとするために脱炭素はより加速することになる。とにかく、ヨーロッパは消費量を減らさなければ脱ロシアができない。

つまり供給側と消費側、脱炭素問題の二側面のうち、一面は非常に強くなって、一面はロシア以外では緩和されているのである。もっとも、日本はほとんど資源を持っておらず(海外の一部に権益はあるが)生産側ではないので、日本は消費量を減らすほうにより強く脱炭素を加速するしかなくなる。
ただ、多くの人の意識の中で、脱炭素政策に関心を向ける時間よりもロシア問題に関心を持つ時間のほうが長くなるという意味で、ちょっと脱炭素が吹っ飛んだような気がするという、そういうことが起きているのだと思う。

ロシアへの経済制裁により、ロシア以外の化石燃料の供給国、あるいはそこに関わってくる企業が露骨に利益を得るような状況になっている。端的に言えば、まずはアメリカがヨーロッパ向けに輸出を拡大すると宣言しているので、そこに関わるアメリカの生産者、そしてヨーロッパ受け入れ基地を作る事業者には一種の特需が発生する。液化天然ガスを受けるときには、特殊な港が必要なのだ。
「脱ロシア」というスローガンによって、相当露骨な権力闘争が発生している。