大場紀章

大場紀章

カナダの北極圏に向けて走る列車。通称「オーロラ特急」。街中にシロクマが出るほど北に近い都市チャーチルと、南方の街を結んでいる。

(写真:佐藤秀明

脱ロシアで進む脱炭素。変わる世界のパワーバランス

前回、大場氏はロシアの侵攻により脱炭素はどのように変化していくのかを解説した。今回は、エネルギーの側面で脱ロシアをすると世界のパワーバランスがどう変化していくのかを紹介する。
(この記事は2022年3月29日に開催した公開インタビューの内容を編集している)

Updated by Noriaki Oba on June, 16, 2022, 9:00 am JST

エアコンの設定温度を1度下げることで、脱ロシアを目指すEU

ロシア産の化石燃料からの脱却を目指す「リパワーEU」のために、EUがどのようにエネルギーの消費量を抑えるかというと、基本路線は省エネのようだ。ドキュメントに詳細が書かれているわけではないが、「エアコンの室温設定を1度下げる」といったような努力がなされるようである。他にも、高速道路に速度制限をかけるという議論も出ている。政治的な目標を達成するためのコツコツとした努力だ。

このような形の政治的不買運動は人類の歴史上あるにはあったが、自分たちの生活必需品、それも社会の根底を支えているエネルギー供給を自ら「買いません」という宣言をするというのは、あまり例がない。自爆的な兵糧攻めともいえよう。持っている人に対して「私は買いません」ということを言って抵抗するわけだが、これは買わないほうにとって相当つらい。今回の事象を石油ショックになぞらえる人がいるが、実際に起きていることとして論理が逆である。石油ショックは供給側が「売らない」と言ったのに対し、今回は需要側が「買わない」と言っているのである。

こうなれば、普通は需要が減るので値段が下がるはずだが、エネルギーがどうしても不可欠である以上、他の国から買わざるを得ない。
つまり、「ロシアから買わない」と言っているだけで需要は消えない。そのため、ロシア以外の供給国に需要が殺到して、結果的に値段が上がるという予測がマーケットで行われて原油高が起きた。これは石油ショックとは真逆の不買運動である。自ら必要な物資を買いませんという宣言をしているという意味で、非常に特殊な制裁の形だ。

輸出量10倍のポテンシャルを秘めるベネズエラ

現在、多少石油を輸出する余力があるのはサウジアラビア、アラブ首長国連邦とイランあたりの国々だ。アメリカは今、石油輸入超過の状態で、輸出する余力はない。

実は、ベネズエラには10倍の生産ができるポテンシャルがある。ベネズエラは現在アメリカから経済制裁を受けており、それによって石油の生産量がかつての10分の1くらいまで落ち込んだ。だから増産できる可能性はあるのだが、かれこれ何年も設備を動かしていない状態なので、制裁を解除したところでインフラを再び機能させるのに数年はかかるだろう。さらにいえば、もう石油産業自体が崩壊しているため、従業員も不足している。それゆえ、設備を建て直すのは容易ではなさそうだ。

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ニューヨークにある競馬場の駐車場。所狭しと車が並ぶ。

一方で、イランは今か今かと輸出できる時を待っている。アメリカから経済制裁が解除され次第、もういつでも輸出できるようにタンクになみなみと溜めている。しかし、アメリカの事情を知っているイランが足元を見て要求を吊り上げすぎた結果、交渉は一旦決裂した。イランは単に価格を上げるだけでなく、アメリカがテロ組織に指定しているイランの革命防衛隊(国軍とは別)のテロ組織解除を求めたのだ。これは、アメリカとしては簡単には飲めない条件である。

お気づきの方も多いだろうが、これらの石油産出国は、ロシアへの非難決議を棄権するなど、EUやアメリカの制裁に対して、距離を置いている国々である。
さらにいえば、ロシア制裁に実働的に参加している国というのは実は限られていて、アメリカ、カナダ、EU、イギリスあたり、アジアでは日本、韓国、台湾あたりである。
戦争には反対だが、制裁には距離を置いている国は少なくなく、中国、インド、東南アジア、中東、アフリカと南米があるため、ロシアが“孤立”しているとは必ずしも言い難い。となると、ロシアは日本以外のアジアの国々に輸出できる可能性は十分ある。

むしろ、中立的な立場を表明する国は漁夫の利を得るのではないか。日本、韓国、台湾といった国や地域は、アジアの中ではちょっと特殊なポジションになる。

脱ロシアで中東の情勢がさらに不安定になる理由

実は、日本、韓国、台湾は、世界の中で中東からしか石油を買っていない特殊な地域だ。主要な輸入国のなかで、この3つは突出して中東比率が高い。ゆえに、ロシア産の石油やガスは、中東依存率を下げるための非常に重要なオプションだった。そのため、日本も1970年代のソ連時代からロシアでの石油開発に手をつけていたのである。実際に開発が始まったのはソ連崩壊後になったが、2000年代にようやく生産開始して、中東比率をどんどん下げていったという背景がある。しかし、2014年にクリミア侵攻があり、経済制裁に参加をして、輸入量をやや縮小した。そして縮小していった結果、2015年以降はまたどんどん中東比率が上がっていって、2020年には戦後最高の92%まで上がっている。
今、ロシアからの輸入分は大体4%くらいなので、もしも脱ロシアをして中東以外に生産量を増やせる地域が見つからなければ、日本は石油の中東依存率が96%になってしまうだろう。

頼みの綱の1本はイランだが、これはこれで悩ましい問題がある。イランからの供給が増えるということは、アメリカが経済制裁を緩和するということだ。すると、イランが支援しているとされるイエメンのフーシ派に武器や資金が流れることになる。それは現在、戦争中のサウジアラビアには到底受け入れられない。また、イスラエルにとっても許せる事態ではない。

アメリカが主導的に制裁解除を行えば、周辺国からのアメリカに対する信頼感は大きく毀損されることになるだろう。
それでも背に腹は代えられないとイランからの供給が増えるとすると、中東地域におけるアラブ諸国とイランとのパワーバランスが崩れて、それを調停していたアメリカも撤退し、もっとおそろしい展開が起きることもありうる。そして、天然ガスの埋蔵がロシアの次に多い国はイランなのである。
イランは経済制裁を受けてきたため、長年にわたりイラン産の天然ガスを買う国は周辺のごく一部だけで、ほとんど輸出されていなかった。しかし、これからはロシア産よりイラン産の天然ガスを買う方がマシだと西側諸国が考えた場合、イランがガスの輸出大国になる可能性がある。

ペルシャ湾を挟んでイランの反対側にあるカタールは今、トップクラスの液化天然ガスの供給国であるわけだが、実はイランとカタールのガス田はつながっている。というよりもほとんど一体のガス田なので、カタールだけが生産していることはイランにとっては非常に気に食わないはずだ。だから、これもいつか利用したいと考えているはずである。

もし、イランが天然ガスにおいても輸出大国となれば、中東のパワーバランスはますますイラン寄りになっていく。そうなると今の情勢が大きく書き換わり、中東の不安定化が懸念される。そんな時代に突入するかもしれないというのに、日本は石油の96%を依存していていいのか。ということで、日本にとってロシアは重要なオプションだったのだ。

よく聞かれることだが、日本、韓国、台湾ばかりが中東依存が異常に高い理由については私もよくわからない。ただミクロ的な背景でいえば、中東の生産力が潤沢にあったときに投資して中東産の原油に合わせた製油所をつくったために、他の選択肢をとるという経営判断が事業者になかったということは言える。

冷戦時代には、アメリカが中東からアジアまでのシーレーンの防備をしてエネルギー供給を保障し、冷戦時代の西側陣営のフロントラインとして軍事設備を置いた。「エネルギーの供給は保障するから軍隊を置かせろ」という前提があったのだと考えられる。
冷戦後はその必然性は失われたわけだが、当時のレガシーが現代にも引き継がれているのかもしれない。

「石油の呪い」とは何か

石油供給国のラインナップを考えると、あまり民主的ではない国家が多いように思われる。実際に、一般的にモノカルチャー経済は独裁国家になりやすいと言われることがあり、「石油の呪い」という言葉も生まれている。油田があったがゆえに独裁国家になり、産業が育たずに一部の人に権益が集中するといった現象が認められるのだ。

ただ一方で、世界一の石油生産国はアメリカである。さらに、アメリカ、イギリス、ノルウェー、オランダ、デンマーク(デンマークはほとんど出なくなったが)等々、産油国でありながら民主国家という国はたくさんある。そのため必ずしも石油がある国が独裁化するわけではないが、産油国に独裁国が少なくないことは事実だ。

ウクライナの起こしていた「未払い問題」

ロシアでは西から東まで幅広い地域で石油が採掘できるが、とくに重要視されてきたのが、西のウラル地方の油田である。この油田は、ヨーロッパに輸出することを目的として開発されている。ソ連時代にはアゼルバイジャンでの生産で始まった石油産業が、もう少し北の方へ上がっていった形だ。

次に重要なのが、サハリンなど極東部での生産である。これが日本、韓国、中国などへ輸出される。それから、バイカル湖周辺のイルクーツクと呼ばれる地域。最近ではこのあたりでも生産が活発である。
石油自体はあちこちで出てくるものの、それを運び出して売ることを考えると、他国へのアクセスがいい場所から優先的に掘られることになる。結果的に、内陸部の開発は後回しになりがちだ。

今回のウクライナへの侵攻がエネルギー問題に絡むかという質問をよくされるので、それにも答えておきたい。
まずひとつは、ウクライナに眠る地下資源などを目的とした侵攻であるという方がごく一部いるが、これは少し考えにくい。現在、ウクライナは天然ガスの経由地として使われており、生産場所としての機能はそれほど大きくない。

ただし、この「供給」をエネルギー問題として考えるのであれば、それなりに問題が絡んでくる。
ウクライナというのは、ロシアからヨーロッパに向けた天然ガスの供給ルートになっている。2010年くらいまでは、ロシア産の天然ガスの90%くらいはウクライナを経由して輸出されていた。しかし、90年代からウクライナがロシアに対して何度もガス代の未払いを起こしており、ロシアもそれに対する応酬として供給を止めるという事態が起きていた。

ロシアは、ウクライナに対しては他国よりも圧倒的に安い値段でガスを売っていた。さらには、他国に売るための通行料を払っており、これがウクライナが支払うべきガス代を上回るため、ウクライナはロシアにガス代を払えないはずはないのである。
未払いと供給停止の応酬は90年代だけで4回起きており、さらにオレンジ革命で民主政権(のようなもの)が打ちたてられた後の2006年にも起きている。
それまでどんなにウクライナ国内が混沌としていても何一つサポートをしなかったアメリカだが、親米政権ができたとき、アメリカは「エネルギーを政治に使うな」とロシア批判をした。

ドイツは1兆円かけて建設したパイプラインを使用せず

未払いと供給停止の応酬は、2009年にも起きた。こうなるといよいよヨーロッパ諸国もエネルギー供給に不確実性が出てくるために、ウクライナを経由しないエネルギー供給の方法を考えはじめた。
ウクライナを迂回するパイプラインルートは複数提案され、中でも特に注目を集めたのは、「ノルドストリーム」と呼ばれるバルト海を通じてドイツに供給される海底のガスパイプラインである。

注目を集めた理由は、ドイツの政治的論争になる火種をいくつも含んでいるからだ。ノルドストリームは2005年にシュレーダー元首相によって建設に合意がなされた。シュレーダーは後にノルドストリームの運営会社の社長になり、さらにはロシアの石油会社の会長に就任している。非常にズブズブの関係なわけだ。
一方で、シュレーダーは脱原発の政策も発表しており、ドイツにとってはロシアのガスを使うことと脱原発はセットで判断されたものだったと言える。

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ドイツ・ハンブルグのとある日常風景。日光と食事を楽しむ人々。

そしてメルケル政権は結果的にその路線を継承。さらには、日本の原発事故に影響されて脱原発の時期を早めることとなった。ノルドストリームは2011年に1本目が稼働。さらには、2本目を2018年から建設することになった。2本目のノルドストリームは1兆円かけて2021年に完成。これでドイツは、ウクライナを経由していた量とほぼ同量をロシアから直接供給することが可能になった。

しかし、である。2021年にメルケル政権が終焉し、新しいショルツ政権が誕生したことで事態は複雑になった。ショルツはSPDというシュレーダーと同じ政党で、ノルドストリームと脱原発を推進するはずであるが、この政権は緑の党との連立であり、緑の党はノルドストリームやロシアとの付き合いに懐疑的な党だっためにストップがかかったのだ。そこにきて、この戦争である。
結局、ノルドストリーム2は完成しつつも使われないという判断がされた。

もちろん、大事な通行収入を失ってしまうウクライナは、はなからノルドストリームの建設には反対していた。
ドイツが方々を丸く納めるには、再エネ推進などの未来を見せつつ、ロシアへのガス依存度を徐々に引き下げていくしか方法がないようである。

世界で最も脱炭素に貢献することになったロシア

今回のロシアの侵略がもたらしたエネルギー問題をまとめると、日本の中東依存度が再び高まること、中東の不安定化が懸念されること、ロシアをエネルギー供給のオプションにする戦略を持っていた国の考えが覆されることである。「脱ロシア」という要素が組み合わさったことにより、脱炭素は別の意味でもより進めなければならない項目となったというわけだ。

他方、ロシアは今最も脱炭素に協力している国の一つになりつつある。不買運動によって、省エネが進み消費量が減るからだ。全く皮肉でしかない。もちろん、正式なカウントは「消費量」でしか測らないため輸出量は国際的な指標においては無関係ではあるのだが、そのような見方をすることも可能である。