今井明子

今井明子

大矢康裕:気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属して山岳防災活動を実施している。

(写真:大矢康裕

過去の気象解析データで山岳事故をなくせ。雷の知識不足が犠牲者を生んだ「2002年8月2日塩見岳落雷事故」の気象データを読む

山岳防災気象予報士の大矢康裕氏が、JRA-55(気象庁55年長期再解析)※にある過去の気象データを使い、過去の山岳遭難事故の起こったときの気象条件や遭難の原因や将来の遭難リスクに迫る新連載。今回は2002年8月2日に起こった、南アルプスの塩見岳での落雷事故の真相について語ってもらった。聞き手は気象予報士の資格を持つサイエンスライターの今井明子氏だ。

※JRA-55には、過去の気象観測データを基にして現在のスーパーコンピュータを使って当時の気象状況を再現したデータが格納されている。過去の気象データは現在の気象データほど高精度ではないため、過去の観測データの他、デジタル化された紙で記録されたデータや、遅延入手したデータ、再処理されたより高品質な気象衛星データなどを加え、現在の気象解析データ並みに高精度なデータにしている。

Updated by Akiko Imai on August, 10, 2022, 5:00 am JST

今井明子(以下、今井):2002年8月2日に起こった、南アルプスの塩見岳での落雷事故は具体的にどういうものだったのでしょうか。何時にどういう事故が起こって犠牲者がどのくらい出たのか、などの概要を教えていただきたいです。

大矢康裕(以下、大矢):この事故は、とある大手旅行会社が主催するツアー内で起こりました。このツアーはツアーガイドが1名と添乗員が1名で、参加者15名という全体で17名のパーティーで実施されました。まず、鳥倉林道というところまで車で行き、そこから入山して、三伏峠にある山小屋に泊まります。そして2日目の4時半に山小屋を出発して塩見岳に行き、塩川という入山したところとは違う場所から下山する予定でした。

このツアーでは、2002年8月1日に予定通り三伏峠にまで登ってそこにある小屋に泊まり、翌日は4時半に山小屋を出発して10時半頃に無事に塩見岳に登ることができました。この日はよく晴れていて、まったく雷の気配はなかったのですが、下山中にだんだん雲が出てきます。そして13時40分あたりで雨が降り始めたので、このときツアーのパーティーはカッパの上だけを着ました。そして10分ほど歩くと、さらに雨がザーッと降ってきたため、カッパの下も着ることにしました。

しかし、その着替える場所がよりによって樹林帯の中の、広場のような場所だったんですね。そこで皆が意図せず集まってしまった。樹林帯の木の上に雷が落ち、50cmほど離れた場所にいた人が側撃雷と呼ばれる、木から飛んできた雷を受けて亡くなってしまったんです。ほかにも、その亡くなった方の近くにいた4名が火傷などの怪我を負ってしまいました。これが事故の概要です。

今井:なるほど…。これは、雨具を着るために広場に出たけれど、それが樹林帯だったことが、落雷事故を招いたわけですね。事故を避けるためには、早めに雨具を上下ともに着ておくべきでしたね。

大矢:そうですね。この日は雷注意報が出ていたのですが、ツアーガイドを含めて、雷に対する警戒がほとんどなかったようなのです。朝に晴れていたことが油断に繋がってしまったのではないかと思います。夏山というのは、晴れて気温が上がってくると、下からどんどん雲が湧いてきます。そのときに、「大気の状態が特に不安定」といわれる状況になると、積乱雲にまで発達して雷が落ちることもある。そういった知識を皆さんが持っていればいいのですが、ツアーガイドはそのような知識が不十分でした。また、ツアーメンバーもガイドに任せきりになっていました。

もし、ツアーメンバーの中で1人でも雷に対する知識があれば、周りの人にも言えたと思うんです。つまり、メンバーに雷の知識があるかどうかが被害を減らすことにつながったのではないかと思います。今回のツアーを実施したのは名前の通った旅行会社でした。そこでも、こういった夏山のリスクに対する知識を持ったスタッフがいなかったというのは、問題点のひとつとして挙げてもいいのではないでしょうか。

今井:いやあ…大手旅行会社の主催するツアーでも、知識が足りなくて事故になってしまうというのはショックですね。

大矢:そうですね。社員教育で気象のリテラシーは高めてもらいたいところです。そして、ツアーガイドもお客さんを連れて行く以上、山のリスクを知っておくべきです。インターネットで調べればいろいろ出てきますし、ガイドなら自分の経験もあると思いますから。そういったことをしっかりと念頭に置いて、お客さんには山から下りて家に帰ってもらうところまでが旅行会社の仕事だということを意識してもらいたいですよね。

今井:ツアーを企画する人の知識が足りないという経験は私にもあります。子どもが参加するプール遠足があったんですけど、当日の予報は雨のち晴れでした。主催者は「雨は降っているけれど、現地でやむまで待って、晴れたらプールに入る」ということで実施を決めて、最寄駅から電車に乗って現地に向かったんですよ。それで1時間ほど電車に乗って現地に着くと、雷注意報が出ていたのでプールが閉鎖されていたんです。それで、仕方がないからそのままとんぼ返りで戻ってきた。子どもにしてみれば、雨の中電車に乗っていって、そのままプールに入らずに引き返したのでくたびれ損です。まあ、プールが閉まっていたおかげで事故が起こらなかったので、それはよかったんですけどね。

主催者の言い分としては、朝5時半の時点で天気予報では今後雨が止むと出ていたので実施することに決めたようなのですが、私はそのとき気象庁ホームページの「今後の雨」というレーダー画像をもとにした予報を見て、現地では赤いエコーの表示が出ていたことを確認していました。しかもそのエコーは、皆がプールについてからしばらくは現地に留まりそうだと予測されていたんですね。赤いエコーは1時間に50ミリ以上の非常に激しい雨が降っている場所を示していますし、そんな雨を降らせる雨雲は積乱雲なので、当然雷が発生する可能性があるんです。こういう場合は、行く前にレーダー画像をちゃんと見て判断してやめてほしかったですよね。

大矢:雷というのは雷注意報が発表された地域の全域で起きるわけじゃなくて、ピンポイントで落雷するじゃないですか。自分がいるところでたまたま落ちないと、「なんだ雷は落ちなかったじゃないか」となるわけです。でも、いくらかの確率で当たる人もいます。だから、自分が居るところで雷注意報が出ていたら、自分も雷に遭うリスクはあったと思うようにしてほしいですよね。

今井:本当にそう思います。雷注意報という言葉って、「注意報」なのでちょっと軽く考えられがちなのかもしれないですね。

大矢:これについては、先日私がNHKの「山カフェ」というラジオ番組に出演したときにも、「雷注意報は、山では警報だと思ってください」とコメントしました。雷に警報がなく、注意報どまりなのは、雷は大雨警報のように狭いエリアを対象にして警報を出せないからなんです。

今井:なるほど、なるほど。確かに言われてみれば、雷は狭い範囲でしか発生しませんよね。さて、この塩見岳の落雷事故ですが、事故が起こった日時のデータを詳しく解析すると何が起こっていたのでしょうか。

大矢:はい、まずは当日の気象庁の天気図をお見せします。

出典:気象庁HP
出典:気象庁HP

この天気図では、太平洋高気圧が本州の南にあります。で、等圧線を見ていくと、九州や沖縄あたりに尻尾みたいな形に飛び出しています。これが「鯨の尾型」と呼ばれる天気図です。そして、北の方を見ると、千島付近に低気圧があって、そこから日本列島に向かって寒冷前線が伸びています。「鯨の尾型」という天気図では、鯨の尾の部分では雲が少なく晴れるのですが、くびれているところは気圧の谷になり、高気圧の勢力が弱くて、午前中までは晴れていても昼からよく大気の状態が不安定になって雷が発生しやすいという特徴があります。だからこの天気図を見ただけでも、本州付近には気圧の谷があって雲が発生しやすくなるというのがわかるのではないかと思います。

さらに、JRA-55にあるデータを使って、もっと詳しい天気図を再現してみました。先ほどの気象庁の天気図は等圧線の幅が4hPaごとでしたが、今度は1hPaごとにしてもう少し詳しく見てみます。

2002年8月2日15時の詳細な地上天気図
2002年8月2日15時の詳細な地上天気図(JRA-55データを使って筆者解析)

気象庁の天気図では東北の沿岸部で寒冷前線が止まっていましたが、この天気図では気圧の谷が東北の日本海側まで伸びています。そして、もうひとつ注目しないといけないのは、関東甲信のところに気圧の谷があるということです。いや、気圧の谷というよりは、風が渦を巻いているので、ここに低気圧があると見たほうがいいですね。この天気図は8月2日の15時のものですが、昼からはこういう山の高い場所などで熱的低気圧というものが発生しやすいです。

今井:すみません、ちょっと不勉強でお恥ずかしいのですが、熱的低気圧というのは結局地面が太陽によって加熱されることで、気圧が下がってできる低気圧ということですか?

大矢:はい。そうです。山は表面が太陽の強烈な日差しで温められるので、地面のすぐ上の空気も温められます。そして空気は温められると膨張します。膨張すると、密度が小さくなります。これに対し、海は逆に熱しにくく冷めにくいので、昼間は温まりにくい。相対的に海の上の気温が低いから、密度は高くなります。だから、山間部は相対的に気圧が低くなります。これが熱的低気圧のできるしくみです。

今井:なるほど。これは海風と陸風が吹く原理と同じですね。

大矢:はい。熱的低気圧のでき方は、海風と陸風のもう少し大きなスケールのものだと思ってください。この熱的低気圧は中部山岳でよく発生します。関東地方の山沿いで午後から雷が起きやすいのも、熱的低気圧のしわざです。

で、話は戻りますが、このような熱的低気圧は、気象庁の4hPaごとに等圧線が引かれた天気図では出てこないんですよ。仮に出てきたとしても、あえて表示させません。なぜかというと、気象庁の天気図は、大きなスケールの天気を表現しているので、こういった局地的な現象の低気圧は書かないというルールがあるんです。なので、熱的低気圧は1hPa単位の細かい解析をして初めて登場します。
それで、塩見岳に最も近い気象庁の観測地点は甲府地方気象台です。そこの気温と気圧のデータを見てみると、昼にかけて気温が35.9℃まで上がっています。かなり暑いですね。それに伴って、気圧が約975hPaから約970hPaまで下がってるんですよ。ということはやはり、このあたり一帯が低気圧になっているというのが、甲府の観測データからも裏付けられるということになります。

おそらくこのあたり一帯が低気圧になっていて、気圧が低くなるということは、周りから空気が集まって上昇気流が起きやすいということなので、雲が発生しやすい状況になっているといえます。地面が太陽によって温められて、その地面に接した空気も温められます。暖かい空気は軽いので、上昇していくんですね。そこで上空に寒気が入り、上の方が冷えていれば、さらに上昇するんです。そうなると、雷を発生させる積乱雲が空高くまで発達しやすくなります。では、上空はどうなっているでしょうか。JRA-55で上空の、500hPaの天気図を解析したので見てみましょう。

今井:補足しますと、500hPa天気図とは、だいたい地上から5,000m付近の様子を示した天気図です。地表の天気図は海抜0mの気圧を等圧線で示しますが、上空の天気図は、500hPaを示す地点の高度を「等高度線」で示します。高度が低いほど、気圧が低いことを示します。

2002年8月2日15時の500hPaの気温・高度・風
2002年8月2日15時の500hPaの気温・高度・風(JRA-55データを使って筆者解析)

大矢:この500hPa天気図で気温を見ると、塩見岳のあたりは気温が約-5.5℃でした。通常では、夏の時期の強い寒気というのは-6℃だといわれていますので、それに比べれば若干弱い寒気だといえるのですが、麓の甲府市の気温が35.9℃と非常に高いので、上空と地表近くの気温差が大きくなり、積乱雲を発達させる条件がそろっているといえます。

そしてこの500hPa天気図でもうひとつわかるのは、気圧の谷です。ちょうど気圧の谷が15時ぐらいに塩見岳付近を通過したことがわかります。気圧の谷の周辺というのは、上昇気流が起きやすいです。つまり、さらに積乱雲が発達しやすい状況だったということになります。実際にどのぐらいの上昇気流が大きかったのかというのを、同じくJRA-55で700hPaの上空天気図を解析しました。こちらは標高3,000m付近の天気図で、ちょうど塩見岳の標高に相当します。

2002年8月2日15時の700hPaの上昇気流(赤)と下降気流(青)
2002年8月2日15時の700hPaの上昇気流(赤)と下降気流(青)(JRA-55データを使って筆者解析)

この図では、赤で表示されたほうが上昇気流、青で表示されたところは下降気流が起こっていることを示します。これを見ると、東北のところに強い上昇気流がありますね。これは、気象庁の天気図にも描かれていた寒冷前線に対応します。そして、もうひとつ、関東甲信のところにかなり強い上昇気流があります。これがちょうど、先ほどの1hPaごとの等圧線が引かれた天気図で出てきた熱的低気圧に対応するんですね。これに上空の寒気と、上空の気圧の谷が一致します。だから、これを見ればやはりここでは強い上昇気流が起きており、かなり積乱雲が発達しやすい状況だったということがわかります。

さらには大気の安定度の指標であるSSIを見てみましょう。SSIとは「ショワルターの安定指数」と呼ばれている、大気の安定度を評価するために用いられる指数でして、この数字がマイナスになると大気の状態が不安定ということになり、下から持ち上げた空気がどんどんどんどん上に上がって積乱雲が発達します。このSSIを見ると、塩見岳では-2℃程度となっており、やはりかなり大気の状態が不安定だったということがうかがえます。以上が私の行った解析です。

2002年8月2日15時の大気の安定度
2002年8月2日15時の大気の安定度(JRA-55データを使って筆者解析)

今井:ありがとうございます。こういった気象条件があったときに犠牲者を出さないためにも、主催者は一体どういうことをすべきだったのでしょうね。

大矢:この塩見岳落雷事故については、羽根田治さんが、『ドキュメント 気象遭難』(山と溪谷社 2005年)という著書で詳しく書かれています。それによると、旅行社はツアー参加する人に対して説明会は一応していたようなのですが、夏山特有の気象遭難リスクに対する説明はあまりなされてなかったようです。一般の登山団体だと定期的にそのような勉強会があるのですが、それと同じようなことをツアー会社でもやるべきだったと思いますね。
そして、塩見岳は三伏峠から登頂して戻るまで、健康な大人の足では全部で9時間かかるんです。つまり、単純計算で12時に下山するためには、朝の3時に出発して休憩なしで歩く必要があります。そう考えると、熟練度がバラバラな人を集めた一般向けのツアーとしては雷のリスクが少ない12時までに戻るのは無理だったと思います。

ではどうしたら良かったのでしょうか。このツアーでは4時半に出発しました。昼になるまでに下山するため、それより早く出発するのは現実的とは言い難いので、出発時間は仕方がなかったと考えたとしても、当日に山でガスがだんだん出てきて遠くで雷が鳴ったのであれば、この時点で雷に対する警戒をしないといけません。
そのときに、木の近くにいるというのは、側撃雷の危険があるので、木から離れるのが原則ですし、どうしても樹林帯を通らざるを得ないときは素早く通り過ぎる必要があることをツアーガイドが伝える必要があります。知識があればそう言えるのでしょうが、多分そこまで知らなかったんだろうなと思います。

実は、同様の事故はたくさん起きているんですね。2012年には、大阪の長居公園でも落雷事故が起きました。長居公園では避難しようとしてたまたま落雷のあった木のそばを2人の女性が通って、そこで側撃雷を受けて亡くなってしまいました。
同じ日に、槍ヶ岳でも落雷事故が起きて1名が亡くなりました。槍ヶ岳の頂上のすぐ横に山小屋があるのですが、そこの人が槍ヶ岳の頂上に向かって登っていく人に「雷が落ちるから登るのをやめてください」と叫んだのにも関わらず、その人は登ってしまって落雷で命を落としてしまったんですね。槍ヶ岳は頂上が尖っています。雷は尖っているところに落ちやすいので、雷が発生しているときは登ってはいけないんです。

そういうことを、私たちは何度も何度も伝える必要があると思っています。雷のよけ方やどこが安全か、そして木の下は危ないという知識は本当に知られていません。皆、聞いたそのときは覚えていて気をつけるんですが、もう1週間もすると忘れてしまうので、何度も言っていかないといけませんね。

今井:それはわかりますね。私はもう何度も何度も防災講座で話すからもう覚えてしまいますけど、普通は1回聞いてしばらくしたら、きっと忘れてしまいますよね。

大矢:だから、私はTwitterで雷の危険性があるときは、何度も何度も「稜線からすぐ降りて。雷の音が聞こえたら、稜線から降りて、木から4m以上離れましょう」と投稿しています。そんな形で繰り返し呼びかけることが大切だと思っています。

今井:今回この事故が起きた場所特有の事情というのは、何があるでしょうか。

大矢:場所特有といえば、北アルプスと南アルプスは海が近いということですね。特に塩見岳というのは、南アルプスのなかでも南の方にあるので、南の方から湿った空気が入りやすいという要素があると思います。特に、上空の気圧の谷が通過する直前は、南風が入りやすかったのではないでしょうか。それと、海からの風は低いところを通ってくるので、大井川沿いの谷から湿った空気が入ってきやすかったでしょうね。

今井:日本アルプスというと、日本列島の真ん中にあるというイメージが強いんですが、言われてみれば、塩見岳は確かに海に近いほうですよね。

大矢:八ヶ岳や中央アルプスの木曽駒ケ岳などは、海から遠いので塩見岳ほどは雷が起きにくいのではないかと思っています。そして北アルプスでは、今度は日本海から海風が入ってきますので、白馬岳などは午後から海風が入って雲が発生しやすくなると思います。意外なようですが、山の天気を見るのに海というのは無視できないんですよ。湿った空気は海から来るので、地形だけではなくて、海からどれだけ離れているかを見る必要があるんですね。ですから、山の天気の予想するときは常に地図を見ます。

今井:天気図だけじゃなく、地図も見るということですね。

大矢:もうひとつ伝えたいことがあります。今回の落雷事故のポイントは、カッパを着ようとしたときに人が密集してしまったということです。それで木からの側撃を受けた人のすぐ隣の人も、雷が隣から飛んできて負傷したんです。ですから、こういうときは人と人の間隔もできれば4m以上開けたいですね。

1967年に起こった松本深志高校の集団登山での落雷事故も、密集していたせいで被害が大きくなった事例だといえます。このときは西穂高岳に登って降りてくる途中で、落雷事故が発生し、11名の高校生が亡くなってしまいました。学校の集団登山なので、狭い間隔で1列に並んでしまったため、犠牲者の数が多くなってしまったのです。
そういった事例を見ていると、やはり雷のときは人が密集すると駄目だということがわかります。離れることによって、被害を少しでも減らせるのだということも知っておかないといけません。怖いと、どうしても密集してしまいますから。

今井: 集まると何となく安心感がありますもんね。4mというのは結構な距離だから、意識しないとそこまで離れられませんよね。

大矢:そういう人間の本能に打ち勝たないと、事故は防げないということです。だから本当に知識の力が必要で、「怖いから集まりたいけれど危ないから離れる」という強い意志がないといけないんですね。危ないときだけそういう行動をとって、雷が去ったらまた集まればいいんです。

今井:ちなみに、基本的なことかもしれませんが、雷の危険が去っていったことはどうやってわかるんですか。

大矢:やっぱり音ですね。雷は積乱雲の横から飛んでくることがあるんです。なので、雷が鳴っている間は晴れていても、まだ雷が飛んでくる可能性が十分あると考えてください。雲が遠ざかって雷が聞こえなくなったら安心してもいいでしょう。

今井:なるほど。では、今回の塩見岳落雷事故を防止するにはどうすればよいかをまとめます。この登山で気をつけるべきだったのは、雷が起こる前提で行動しなければいけなかったということでした。ガスが出てきて、雷鳴が聞こえていたというサインが出ていた時点で、カッパを上下とも着るとか、樹林帯から早く離れる必要があったということです。そして雷が鳴っているときは密集を避けなければいけなかった。いやぁ、とても勉強になりました。どうもありがとうございました。

大矢康裕

大矢康弘氏

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属して山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社 2021年)
 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室