村上貴弘

村上貴弘

切り取った葉を運ぶハキリアリ。

(写真:Kevin Wells Photography / shutterstock

人が社会的な生き物だなんておこがましい。アリが生きる世界はより高度に社会的である

デジタルにより社会の構造に変革を起こす時、意外な生物が私たちを手助けしてくれるかもしれない。その生物とは、アリである。アリは人類よりもはるか昔から社会を築き、繁栄してきた。しかもその社会は「真社会性」と呼ばれ、人間よりもはるかに高度な社会性を持つ。私たちはアリからオルタナティブな社会のあり方を学べるに違いない。アリのなかでもユニークな「農業をするアリ」を研究し続けている、九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授・村上貴弘氏に、DX社会のヒントを紹介してもらう。

Updated by Takahiro Murakami on September, 30, 2022, 5:00 am JST

すでにブロックチェーン型社会を生きているアリ

アリの社会には人間社会の未来を考えるためのヒントがたくさん詰まっている。

まずは基本的なアリの社会をみてみよう。アリの社会のベースはメスによって構築されている。産卵に特化した女王アリは、長いものでは20年も生き、基本的には巣の中の構成員全てを生み出す。一方で働きアリは労働を司り、女王アリが産んだ卵をとりあげ、幼虫になったら食事や体の掃除、寝かしつけ(のように見える行動)、育ってきたら適宜部屋を移動させるなど、ありとあらゆる子育てを担当する。また、巣の中の掃除、増改築、防衛、食料調達、などなど日常生活に必要な労働の全てを担当する。まさに働くアリだ。この働きアリも、実はすべてメスである。オスは何をしているのか?これはいずれ紹介する。

皆さんの中には、アリの社会が女王アリによって完全にコントロールされたトップダウン型組織の究極型と考える方もいるかもしれない。しかしながら、それは間違っている。アリの社会における意思決定のほとんどは働きアリが行う。最大数百万個体が個別に自由に情報を取り入れながらそれに反応し、その反応が蓄積することで最適化が起こる。まさにブロックチェーン型社会の究極型といえる。女王アリはその中で単に産卵に特化した個体に過ぎないのだ。

人間よりもはるかに「多様性」のあるアリ社会

例えば、卵の運命を左右するのも働きアリで、女王アリではない。女王アリが産んだ卵は、その時点で女王アリになるのか、兵隊アリになるのか、普通の働きアリになるのか、その運命は決まっていない。幼虫の段階で、お姉さんである働きアリから配分される食料の量によって決まる。つまり、働きアリが多めに食料を与えれば女王アリになり、それよりちょっと少なめに与えれば兵隊アリに、そしてあまり与えなければ働きアリになる。平均的に、女王アリと普通の働きアリのサイズは重量比で約0.1%-70%となり、働きアリはそれだけ軽い負担で増殖できるが、女王アリや兵隊アリにするにはそれなりの投資をしないといけない。

0.1%のサイズ比は、流石におかしくないか?と思われた読者もいることだろう。写真1をご覧いただきたい。僕が研究しているハキリアリの女王アリと一番小さな働きアリを写している。女王アリの体重は約450mgなのに対し、小さな働きアリの体重はなんと0.45mg!約1000倍もの違いがあるのだ。ここはぜひ驚いてほしい。お母さんと子どもの体重差が1000倍ですよ!人間社会では考えられない。

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ハキリアリのサイズ比較。女王アリと最小の働きアリの重量差は1000倍

実をいうと、「多様性」というのはこういう状態も指すのだ。どうしても人間の想像力には限界があり、「多様性」という単語の持つ意味をせいぜい肌の色や考え方、ハンディキャップ、ジェンダーの違いくらいにしか認識していないのだが、本質的にはありとあらゆる環境の変動に対応できるような特徴をきちんと残していることを「多様性」として尊重しよう、それこそが我々が取りうる最善の手段ではないのか、ということである。

あまりに深い関係を築くと、お互いに離れられなくなる

先ほど少し説明に出てきた「ハキリアリ」というアリとはどういったアリなのだろうか?このアリは中南米にだけ生息するアリで、森から植物を集めて巣の中に運び、それを素材にしてキノコを栽培する「農業をする」アリだ。人間以外が農業をするのか!と驚かれる方もいるだろうが、実はハキリアリの方が農業の歴史で見ても断然先輩である。人間の農業がせいぜい1万年程度の歴史しかないが、ハキリアリの農業は実に5000万年前まで遡れる。5000倍の長く深い歴史があるということだ。

育てているキノコは、地球上でハキリアリの巣の中からしか見つかっていない。つまり、5000万年の歴史の中で深い関係性を築くうちに、お互いに離れられない状態になってしまったのだ。アリが絶滅すれば、このキノコも絶滅する。逆もまた真なり。農業を深く進化させると、こういう状況まで到達してしまう。人間の農業や畜産もかなり発展してきているが、まだまだそこまでの関係性にまでは達していない(人間の世話から解放されれば、野生種に近い状態に戻る。唯一の例外はカイコだ)。

この共生している菌類は、キノコと呼べるかどうか微妙だ。繁殖を全てアリに委ねた結果、胞子を作る子実体を退化させてしまったのだ。子実体とはいわゆるキノコのカサの部分で、我々はこのカサの形状からキノコの種類を分類することが多い。したがって、長い間ハキリアリと共生している菌類がキノコなのかどうかも判然としなかったくらいである。5000万年の間、クローン繁殖を繰り返し、アリとくっついて分散していった結果、キノコのキノコたらしめる特徴さえ消え、菌糸だけの状態になっている。進化というのは非常に興味深い。

この共生菌の種類が判明したのは1994年だ。テキサス大学のUlrich G. Mueller博士の研究グループが共生菌のDNAを抽出し、特定の塩基配列を比較したところ、完全に独立した種であることが判明した。あえてどのキノコに近いのかと問われれば、カラカサタケ属のキノコに多少近縁だが、その類縁関係はかなり離れている。研究者として、このキノコを食したことがあるのかと問われれば、答えはイエスだ。味はただただカビ臭く、全く美味しくなかった。残念である。

キノコを育てるためには、衛生管理を徹底させなければいけない。ただでさえ、集団生活をするアリの衛生概念は人間よりも高いレベルにあるが、ハキリアリに関しては、さらに数段レベルアップしている。例えば、除菌行動だが、新型コロナウイルス感染拡大に怯える人間がようやく帰宅時やお店に入るときに手洗い、エタノール消毒を熱心にするようになったが、ハキリアリたちは外から巣の中に入ってくるときは100%グルーミング(体表を舐めて菌やウイルスを除去する行動)をする。これまでに500時間以上ハキリアリの仲間を観察してきたが、この行動に一切の例外はない。みなさん、胸に手を当てて考えてください。この2年間に限っても、100%家に帰ってきて手洗い、うがい、服の着替えをしてますか?人間社会の衛生管理などは、アリの社会から見るとまだまだ低次元なのだ。

同じ作戦をとっていては、軍拡競争は激しくなるばかり

しかし、敵もさる者。これだけの微生物社会であれば、侵入に成功すれば安泰である。そうなると、ありとあらゆる手段で侵入を試みるものが出現する。寄生菌Escovopsisは代表例だ。この菌類はハキリアリの共生菌に取り付き、状態が悪くなると急激に繁殖してキノコ畑をダメにしてしまう。この寄生菌ですら、地球上でハキリアリの巣の中からだけ発見されている。普段はじっとキノコ畑の片隅でおとなしくして、共生菌の状態が悪くなったなというタイミングで増殖する。アリたちにとっても共生菌にとっても迷惑この上ない菌なのだが、完全に排除することはできていない。僕の研究で菌を排除する特殊な行動の頻度を比較したことがあるのだが、社会進化段階※が上がれば上がるほど菌を排除する行動の頻度と効率は向上するのだが、それを上回る寄生能力をEscovopsisは獲得していることが判明した。まさに「軍拡競争 (arms race)」である。これもまた進化の興味深い現象だろう。

※社会には、比較的単純なものから高度に複雑化したものまで段階がある。

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ハチもまた社会的な昆虫である(写真:weter78 / shutterstock)

このようなライバルが存在すると、さらなる進化を引き起こすことになる。ハキリアリたちは、この寄生菌対策として様々な手段を講じている。まずは抗生物質だ。ハキリアリの体を注意深く観察していると、ある部分が白い膜のようなものに覆われていることに気がつく。もちろん僕も気がついていた。文献を紐解くと、これは「ワックス」の1種で、体を保護する役目があるのだろうと記されていた。しかしながら、これが実は寄生菌の繁殖を抑制する抗生物質を分泌するバクテリアだったことが1998年に判明し、大きな反響を呼んだ。なんとアリは、自分の体表に抗生物質を出すバクテリアを飼っていたのだ!さらに研究が進むと、このバクテリアも地球上でハキリアリの体表面にしか存在しないことがわかった。どれだけオリジナルの共生社会を形成すれば気がすむのか!

しかもこの抗生物質には寄生菌を抑え込む機能だけではなく、アリ自体の免疫機能も向上させることが明らかになった。なんという巧妙な戦略であることか。

さらに2021年3月に衝撃的な研究が発表された。ハキリアリの1種であるAcromyrmex属のアリが、なんとマグネシウムという鉱物を自ら分泌して免疫機能を補完していることが明らかになった。生物がマグネシウムを分泌して鉱物の鎧を自ら作りだすとは、にわかには信じられない発見だが、これもリアルな話なのである。

「おしゃべり」な種ほど、社会が大きく複雑になっている

ハキリアリの仲間には17属約250種あまりが知られており、全てがキノコを育てる「農業をする」アリたちだ。実は、僕はこのハキリアリの仲間を研究する日本で唯一の研究者である。日本に生息しないアリを研究題材に選ぶなんて、かなりクレイジーで苦労ばかりであるが、得られる成果は興味深いものばかりだ。なにせ、このアリたちは、1つのコロニーが50個体くらいしかいない「シンプル」な社会を持ったものから、10以上のサブカースト(体の形の異なる働きアリタイプ)を持つ数百万の大集団を作る種まで社会進化段階の揃った稀有な生物なので、進化研究にはうってつけの題材なのだ。

現在、僕はこのハキリアリの音声コミュニケーション、つまりアリのおしゃべりの研究をしている。研究成果の中でも非常に興味深い発見は、「おしゃべり」な種ほど、社会が大きく複雑になっているというものだ。もっとも大きく複雑な社会を作るハキリアリでは、15分間の録音で7,700回ものおしゃべりが記録され、その膨大なデータに気がふれ、夜中にアリ語で寝言を言ってしまったほどだ。

ただし、ここで知ってもらいたいことは、静かで小さな社会もきちんとこの地球上に残っているし、うるさくて巨大で複雑な社会もまた同じように残ることができたという点だ。「進化」というと一つのゴールに向かって「選択と集中」が起こっているように勘違いされている方がたくさんいるが、実態としては「多様性」が保持され、様々な環境に応答しながら、適応していきつつ、地道に長くこの生態系の中で生き続けるのが「進化」なのだ。

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