松浦晋也

松浦晋也

隅田川と高層マンション群。紺色の空にぽっかりと白い月が浮かぶ。

(写真:佐藤秀明

もはや国家権力と変わらない性能を有している民間の地球観測技術

2022年、衛星による地球観測の技術の発展を人々は思いがけない形で知ることになる。ロシアによるウクライナ侵攻である。高分解の観測技術はもはや一部の国家だけが独占するものではなく、民間の人々が手を伸ばせるところにある。地球観測技術の現在地を紹介する。

Updated by Shinya Matsuura on October, 13, 2022, 5:00 am JST

世界が目撃した虐殺の跡

いつでも地球観測衛星が地球全域を観測して、リアルタイムで地球に何が起きているかという情報を人々が共有する時代——我々はそんな時代の入り口に生きている。2022年3月、そのことを象徴する出来事があった。ロシアのウクライナ侵攻における、キーウ(キエフ)北方の街ブチャでのロシア軍による住民虐殺である。

2022年2月24日、ロシア軍はウクライナ東方のクリミアとドンバスに加え、北方国境からも侵攻を開始した。首都キーウを短時間に落とすためである。2月27日には、キーウ西北の衛星都市ブチャを制圧。3月30日に撤退するまで、同地はロシア軍の支配下にあった。31日、ロシア撤退後のブチャにウクライナ軍と各国のジャーナリストが入る。彼らが見たのは、路上に放置された多数の住民の遺体だった。

ロシア軍が撤退した。後に遺体が放置されていた。これだけで、なにが起きたかは明白だ。しかし、虐殺の報道に対して、ロシア政府は「遺体は、ロシア軍に罪を着せるためにウクライナ軍が住民を虐殺して路上に置いたのだ」と反論した。

このロシアの主張を明確に否定したのが、衛星画像だった。地球観測衛星を運用する米マクサー・テクノロジーズ社の衛星「ワールドビュー3」衛星が3月11日と19日にブチャを撮影した画像に、路上の遺体が写っていたのだ。ワールドビュー3は、1ピクセル30cmの分解能で地表を撮影することができる。身長1.8mの成人男子なら6ピクセルで写るわけで、遺体がどんな姿で路上に倒れているかを識別可能だ。ワールドビュー3の取得画像には、ロシア軍撤退直後にブチャに入った西側メディアの撮影した路上の遺体が、全く同じ格好で倒れているのが写っていた。つまり遺体は3月11日、あるいは19日以前に殺害され、そのまま路上に放置されていたのである。

軌道計算は嘘をつけない

これに対してロシアはさらに、「衛星の撮影した日付が偽造されている。実際にはもっと後、ロシア軍撤退後の撮影だ」と主張した。が、これは衛星の軌道から否定された。ワールドビュー3は、「回帰周期16日の太陽同期準回帰軌道」という軌道で運用されている。同衛星は、地球を南北方向に回っている。地球の自転と衛星の周回とで、地表の大部分を観測するわけだ。回帰周期16日というのは、同じ場所の直上に戻って来る周期が16日ということである。

チョモランマベースキャンプから見るヤクとチョモランマ
ベースキャンプから見るヤクとチョモランマ。

おなじ場所を16日間隔でしか撮影できないと不便なので、ワールドビュー3は、衛星を傾けて、斜め方向からも地表を撮影できるように作られている。つまりここでは、3月11日と19日に同衛星がブチャのほぼ真上を通過しているかどうかを調べ、さらにはロシアが主張するように、ウクライナ軍がブチャに入ってから遺体写真が公表されるまでの数日間に、同様の直上通過があったかどうかを調べれば良い。

ワールドビュー3の取得した遺体の写った画像は、ほぼ直上から撮影したものだった。そしてワールドビュー3が、いつどこの上空を通過しているかは、軌道計算で調べることができる。ワールドビュー3は、まさに3月11日と19日に、ブチャのほぼ直上を通過していた。

プーチン大統領が政権の座に就いて以降、ロシアは対外政策で自作自演や虚偽を交えたプロパガンダ戦略を展開してきたが、ブチャにおいては、それが衛星画像によってあっさりと覆されたわけである。

リサーチャー個人が民間地球観測衛星会社と契約する時代に

ロシア・ウクライナの戦争では、マクサーの衛星だけではなく、欧州宇宙機関(ESA)が運用する「センチネル」衛星コンステレーション、米ベンチャーのプラネット・ラボの「フロック/スカイサット」コンステレーションなどが、侵攻前からロシア軍の動向を捉えており、しかもそれらのデータを世界中のメディアや研究者が活用している。

様々な解析技術も進歩しており、森林火災を検出するスクリプトを使って市街地の衛星画像を処理し、火災が発生している地域を特定して、戦闘の起きている戦線を検出。その移動で戦況を推定するということも行われている。

テレビ解説などで、ロシアの安全保障を専門とする小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター専任講師は、自らのTwitterアカウントで、プラネット・ラボだけではなくマクサーとも衛星画像利用の契約を個人で結んだと明らかにした。これまで、いくら専門家であっても、民間地球観測衛星会社と個人で契約する例はめったになかった。それだけ、衛星情報の有用性が増していると考えるべきだろう。

トランプのツイートで偵察衛星で分解能が世界にバレる

ランドサットの分解能30mでは、路上の遺体の姿勢を検出することはできない。しかしワールドビュー3の分解能0.3mなら可能だ——自然環境や土地利用などの変化だけではなく、戦争も含む人間社会の変化を地球観測衛星で捉えようとすると、キーワードになるのは高分解能だ。
現在、米商務省は民間が使える地球観測衛星画像の分解能を25cmに制限している。これが世界的な標準となって、世界の地球観測データ市場で流通しているデータも、25cmが最高の分解能となっている。

その一方で、アメリカの国家偵察局(NRO)が安全保障用途で運用している偵察衛星は、最高で10cmほどの分解能があることが分かっている。ちなみに、これが分かったのは——まったく呆れた話なのだが——2019年8月に、イラン北部のイマーム・ホメイニ国立宇宙センターで同国の「サフィル」ロケットが打ち上げ準備中に爆発事故を起こした際に、当時のトランプ米大統領が事故現場の偵察衛星画像を、事もあろうに自分のTwitterアカウントに投稿したからである。大統領自ら国家機密である偵察衛星画像をSNSに投稿したのだから、一気に画像の分析が進んで、画像は「USA-224」偵察衛星の撮影したもので、分解能は10cmということが公知の事実となってしまった。

実のところ、民間市場での有用性という面では、分解能30cmと10cmでは得られる情報に大きな違いはない。10cmになると、写る車両の車種や装備、あるいは身長や体格などで、個人がある程度識別できるようになる。これは従来のヒューミント(人間が行う情報収集・スパイ行為)を衛星画像が代替できる可能性を意味するので、安全保障面では意味がある。が、民間企業がビジネスで利用するデータは「個々人がなにをしているか」よりも「そこで人間がどのような物理的・経済的活動をしているか」を知るのに使われる。だから分解能が偵察衛星並みに上がっても、それほど有用性を増すというものではない。

民間企業が国家と変わらない性能の観測衛星を保持するように

一方で、米商務省の解像度制限には抜け道があり、現在マクサーと欧州エアバス・ディフェンス・アンド・スペースは、分解能15cmの衛星画像データを販売している。これは、30〜25cmで撮影したデータに、AI(人工知能)を使ったデジタルの高精細化処理を施したものだ。画像に含まれる差し渡し25cm以下の事象については真正性を保障しないので、米商務省規制の対象外である。

ただし、これも今後の技術の発展によっては、ある程度使えるものになるかも知れない。デジタル画像の高精細化は、「人間の眼からは一見高精細に見えるように、画像のなめらかさを保管する」という方式がこれまで一般的だった。この場合は、ヒトの視覚認知にとっての見た目の美しさが優先なので、画像に含まれる情報は増えない。

ホワイトアイランドの活火山
噴煙を上げるホワイトアイランドの活火山。

しかし、大量の地球観測画像で学習したAIは「実際に写っているものであろうもの」を推定、再現して高精細画像を生成する。AIの訓練次第では、ある程度信頼に足る、差し渡し25cm以下の事象のデータが得られる可能性があるのだ。

そうなると、国家が安全保障のために運用する偵察衛星と、今や民間が主導して運用する様になりつつある地球観測衛星の差は一体どこにあるのか、という話になる。偵察衛星も地球観測衛星も使っている技術は同じで、観測の目的が違うだけだ。かつては分解能に大きな差があったが、デジタル情報技術の急速な進歩により、その差は「25cmか、それとも10cmか」というところまで縮まっている。ウクライナ情勢の分析で、地球観測衛星の取得画像が有効に使われている事実は、いわば民間が地球観測衛星を偵察衛星代わりに使用し、その結果が国際社会の動向を左右するまでになった、ということを意味する。

考えてみれば、軍隊の配置も軍事作戦行動も、人が営む社会的な事業の1カテゴリーであって、その意味では、建築、物流などと同等の経済行為のひとつとして考えることができる。分解能が上がった結果、人間の経済活動を観測することが可能になった地球観測衛星が、軍事作戦行動を観測できるのは当たり前のことだ。
民間地球観測衛星が、事実上偵察衛星の代替となり、民間によるOSINT(オシント:Open Source Intelligence、公開情報に基づく状況分析)に使われる——この流れが今後一層加速していくことは間違いない。

衛星を増やせば時間の分解能を上げることもできる

ここで、「もうひとつの高分解能化」という課題が浮上する。言い方を変えると、「観測の高頻度化」だ。これを地球観測関係者は、「時間分解能を上げる」というように形容する。

ランドサット衛星は、回帰周期16日の太陽同期準回帰軌道を使用している。これは、同一地点の直上に、16日毎に戻って来る軌道だ。つまり、おなじ場所を真上から16日ごとに観測することになる。土地利用や植生、地形などの観測には十分な周期だ。しかし、これでは「そこをどれぐらいの数の車両が走っているか」というような人間の経済活動を観測するには間隔が空きすぎる。

一番簡単な解決法は、衛星の数を増やすことだ。回帰周期16日の太陽同期準回帰軌道に同じ設計の衛星を2機打ち上げれば、観測周期は8日になる。衛星4機なら、観測周期は4日だ。衛星の数を増やすほど、観測周期を短くすることができる。

多数の衛星を打ち上げる衛星コンステレーションは、この効果を狙っている。200機あまりの衛星で世界中のどこでも毎日最低1回、という撮像頻度を可能にしている、米プラネット・ラボ社の衛星コンステレーションは、その典型例だ。現在展開しつつある民間の地球観測衛星コンステレーションは、みなこの効果を狙っている。

衛星の姿勢制御機能を向上させて、真下だけではなく、斜め方向からも観測を可能にすれば、観測頻度はさらに上がり、短い間隔で観測を行えるようになる。それだけではなく、「どこそこを観測したい」という観測要求が顧客から届いてから、実際に観測を実施するまでのタイムラグを短くすることも可能になる。民間ベンチャーが構築しつつある地球観測衛星コンステレーションは、どれも様々な工夫を重ねて「時間分解能の向上」と「要求があったらすぐに観測」を実現しようとしている。

最短10分で観測したい場所の様子を捕らえることが可能に

例えば、日本のQPS研究所(iQPS)が構築しようとしている小型レーダー衛星のコンステレーションは、36機の衛星で構成される。それだけでなく、地球を南北に回る太陽同期軌道ではなく、軌道が赤道に対して45°傾いている軌道を使う。太陽同期軌道だと、南極から北極までの地球の全領域を観測することができる。対して、軌道傾斜角が45°だと、赤道を挟んで南緯北緯45°の領域しか観測できない。その代わりに、その範囲内はより一層高頻度の観測が可能になる。

南緯北緯45°の間は人口稠密地帯であり、世界の大都市の大部分はこの範囲内に収まる。つまりiQPSは、人間が活発に経済活動を行っている領域のみに限定して高頻度観測を行おうとしているわけだ。このような軌道の工夫で、同社は観測リクエストから最短10分で、実際の観測を実施できるようにすると表明している。

1970年代、地球観測衛星は、ランドサットの分解能数十m、16日に1回の観測で始まった。それから半世紀を経て、分解能は数十cmで最高は25cm、高解像度処理を施した場合は15cm、観測頻度は世界中のどこでも1日1回以上、近い将来には、観測リクエストから10分で観測可能になるところまできた。

もちろんこれらはチャンピオンデータだ。今現在「分解能25cmでの任意地点の観測が、観測リクエストから10分でできる」という意味ではない。が、今世紀半ばには、この程度の観測が実際に可能になると考えるのは、必ずしも荒唐無稽とは言えなくなってきている。
では、そのような観測システムが稼働した暁には、社会の情報環境はどのように変化しているのだろうか。あるいは、先取りして事前に準備しておくべきなのか。
そろそろ本気で、考えておかないとまずい時期に来ているように思われる。

参照リンク
【検証】 ウクライナ・ブチャの住民虐殺 衛星画像がロシアの主張を否定(BBC NEWS JAPAN)
トランプ大統領がツイートした画像から偵察衛星の能力がダダ漏れ(Newsweek) 
Introducing 15 cm HD: The Highest Clarity From Commercial Satellite Imagery(MAXAR)
Pléiades Neo HD15 Product ResolutionSpot the details from 30cm to 15cm(Airbus Defence and Space)
ワールドビュー3:https://www.restec.or.jp/satellite/worldview-3.html
iQPS SAR:https://i-qps.net/feature/