今井明子

今井明子

ケーブルカーから立山黒部アルペンルートの紅葉を望む。

(写真:CHEN MIN CHUN / shutterstock

過去の気象解析データで山岳事故をなくせ。紅葉狩りのつもりが冬山登山に「立山中高年大量遭難事故」が教えてくれること

山岳防災気象予報士の大矢康裕氏が、JRA-55(気象庁55年長期再解析)にある過去の気象データを使い、過去の山岳遭難事故の起こったときの気象条件や遭難の原因や将来の遭難リスクに迫る連載。今回は1989年10月8日に起こった立山中高年大量遭難事故について語ってもらった。聞き手は気象予報士の資格を持つサイエンスライターの今井明子氏だ。

Updated by Akiko Imai on October, 24, 2022, 5:00 am JST

今井明子(以下、今井):今は紅葉を目当てに登山する人が多い季節だと思います。今回取り上げる立山中高年大量遭難事故はどのようなものだったのかを教えていただけますか。

大矢康裕(以下、大矢):この事故は1989年の10月8日に起こりました。北アルプスの立山付近は9月の中旬から10月の中旬頃までが紅葉の見ごろで、紅葉目当てで登山する人がたくさんいます。この時期に、京都や滋賀の税理士を中心とした10人のパーティーが標高約2450mの立山の室堂という場所からスタートし、立山から剱岳にまで行くという計画で登山をしました。

今井:室堂といえば、立山黒部アルペンルートと呼ばれる山岳観光ルートの中にあって、バスやケーブルカーなどの公共交通機関で行ける場所ですよね。私も春の名物である「雪の大谷」を見るために室堂まで行ったことがありますよ。20m近い雪の壁が圧巻でした。

大矢:そうですね。実は「立山」という山はなく、雄山・大汝山・富士の折立という3つの山を合わせた名称です。今回の登山ルートは、室堂から入山して一ノ越という峠を越え、雄山を通過し、北の真砂岳を通過し、別山乗越という峠から剣岳を往復し、室堂に戻るという計画でした。

この登山では、入山したときは晴天だったのですが、徐々に天気が下り坂となり、一ノ越に着いたときには吹雪になっていました。その先の雄山に着いた時点で標準コースタイムの2倍程度の時間がかかっていたんです。ここで引き返せばよかったのですが、そのまま登山を続行してしまいました。真砂岳の手前には大走り分岐と呼ばれる場所があり、そこから室堂への下山ルートに入ることができるのですが、この分岐のところに来た時点で、歩けなくなる人が出ました。おそらく低体温症の症状が出たのでしょう。この時点で救助要請をしたのですが、結局低体温症は悪化し、10名中8人の方が亡くなってしまったんです。

今井:痛ましい事故ですね…。室堂のように交通の便がよく、ホテルまで建っているような場所から出発して、さほど奥山に分け入って登るような感じでもないのに、そんなに亡くなってしまうとは。

大矢:そうなんですよ。天気がよければ、雄山は2時間半ほどで登れて、1時間半程度で降りられるはずの場所なんです。

今井:この日の過去の気象データを読み解くと、どのような気象状況だったのでしょうか。

大矢:はい、まずは地上天気図を見てみましょう。

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1989年10月8日9時の地上天気図(JRA-55データを使って大矢氏が作成)

大矢:この事故が起こった日は、中心気圧960hPaの台風が日本の東に存在し、日本列島には等圧線が縦じま模様をなしていました。この縦じま模様は冷たい北西の季節風が吹いてくることを示しており、縦縞の間隔が狭いほど強い風が吹きます。今回の事故が起こった日の地上天気図では、本州にある等圧線の間隔は少し狭めではあるものの、そこまで荒れる天気には見えません。比較のために、2006年に発生した、同じく低体温症で犠牲者が出た白馬岳の遭難事故のときの地上天気図もお見せします。

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白馬岳遭難事故時の2006年10月7日15時の地上天気図(出典:気象庁HP)

大矢:これを見ると、低気圧の中心気圧は同じような968hPaだったものの、等圧線の間隔が非常に狭くて、本州には6本もあります。つまり、季節風が強かったことがうかがえます。これと比べると、1989年の天気図は本州の等圧線の間隔が広いですよね。しかも台風が遠ざかろうとしていたときだったので、このあとに等圧線が狭くなるような感じでもありませんでした。それなのになぜ、こんな遭難事故が起こったのでしょうか。もう少し調べるために、立山の標高の3000m付近に相当する700hPaの上空の天気図をJRA-55で再現してみました。

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1989年10月8日15時の700hPaの気温と風(JRA-55データを使って大矢氏が作成)

大矢:これを見ると、真砂岳のあたりはおおむね-6℃くらいであることがわかります。風は西北西の風15m/sなので、体感温度が風速1mあたり1℃下がることを考えると、このときの体感温度は-6℃から風速の15℃分を引いて-21℃となり、冬山並みの気温となります。報道記事を読むと、このとき助かった2人は防寒の備えが十分だったようなので、おそらく着込んで寒さをしのぐことができたのでしょう。つまり、防寒への備えが生死を分けることになったのだと思われます。次に、時間の経過を見てみましょう。

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真砂岳付近の900hPa(1,000m)、800hPa(2,000m)、700hPa(3,000m)の気温の推移(JRA-55データを使って大矢氏が作成)

大矢:真砂岳周辺は標高3,000m程度なので700hPaのグラフを見てみてください。すると、8日の午前3時ぐらいから8日の15時にかけて、気温が約8℃ほど、急激に下がっていることもわかります。

今井:本当に急ですね。

大矢:他の標高と比べてもこの700hPaの下がり方は急ですよね。これもこのときの遭難事故の原因のひとつではないかと思われます。ちなみに麓ではこんなに厳しい寒さではなく、同じく8日の15時、富山県の地方気象台の観測データでは気温は13.2度、南の風1.9m/sです。山の上は、麓からは考えられないような厳しい条件になっていたんですね。

しかし、なぜこんなに山の上では気温が下がったのでしょうか。JRA-55で500hPaの天気図も解析してみました。この天気図は、地上から約5,500m付近の上空の天気図となります。また、表示範囲は少し広いです。

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1989年10月8日15時の500hPaの投稿度線・気温・風(JRA-55データを使って大矢氏が作成)

大矢:これを見ると、台風25号が日本の東に存在することで、太平洋高気圧の張り出しを北の方向に押し上げたことがわかります。ここで、北極のほうには冷たい空気があります。その冷たい空気の塊の一部を北に押してやると、その隣は南のほうに押されて下がるんです。気象キャスターの森田正光さんは、この状態を「オストアンデル」と表現しました。まんじゅうを強く押すと、横から押されたあんこが飛び出すというたとえです。状況を的確に表したうまいたとえですよね。とにかく、そういうしくみで日本列島付近に寒気が下がってきたと思われます。

今井:それにしても、麓と山の上ではここまで気温が違うとはびっくりです。

大矢:この時期は、山の上と麓の天候の差が激しい場合が多いんです。春や秋は麓ではたいしたことないのに、上空のほうが寒気と暖気のぶつかり合いが激しいんですね。

今井:紅葉を見に行こうと思ったのに、山の上は冬の北海道のような気温になっているというのは想像がつきませんよね。

大矢:山は麓よりも紅葉が早いんですね。山の上では9月の中旬ぐらいから始まって、上から下へと降りてきます。ちょうど10月の中旬から下旬あたりでは山の上は雪になって、真ん中が紅葉で、麓は緑色という景色が見えます。

今井:一番きれいなときですね。だからつい行きたくなるけれど、油断できない。麓の感覚で登ってしまうと非常にまずいんですね。

大矢:実は、昨年に私自身もこの時期の立山はどのような感じなのかを検証しに登ってみたことがありました。登る前の日の10月19日に、富山県警察山岳警備隊によるTwitter投稿を見て、雪が全くないことを確認した上で、翌日の10月20日に立山に入りました。しかし、20日の1日でものすごく雪が降ってしまい、21日には40cmの積雪になってしまったんです。そのときの写真がこちらです。

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2021年10月21日 室堂から一ノ越への登り。中央の山が雄山。(撮影:大矢氏)

大矢:この写真では、ポツポツと点のように見えるものがあります。これはロープが張ってある杭で、高さが約40cmなんですね。この杭が頭だけ見えていたり、中には埋まっているものもあったりするのがおわかりでしょうか。雄山の方向を示す標識も埋まりかけています。

で、この写真を見るとわかりますが、皆が通って踏み固まっている道もありますが、たまに膝ぐらいまでズボッとハマるところもあります。積雪40cmというのはあくまで平均ですから、風のない吹き溜まりと呼ばれるところではもっと積もっていました。登山で必要なピッケルと呼ばれる雪山登山用の道具を刺したら手首まで埋まるところもあったので、多いところでは80cmくらいは積もっていたと思われます。しかも積もりたてですからふかふかなんです。雪山を昇るときは、靴の裏側にアイゼンと呼ばれる刺状のものを装着してすべらないようにするんですが、こういうふかふかの雪の斜面というのはアイゼンが効かないんですね。

この日は、登山前に富山県警の山岳警備隊の人に、「登ることはできるけれど下るのが危ないから気をつけなさいよ」と言われました。確かに一ノ越から雄山の方に100mほど登って「これは登れるけれど降りられないな」と思って引き返しました。

今井:山岳警備隊ってそんなアドバイスもしてくれるんですか。親切ですね。でもまあそうか。無駄に遭難者を増やしたら仕事が増えてしまいますもんね…。

大矢:そうですね。そういう事故を防止するために、室堂でバスを降りたところで警備隊が待ち構えているんですよ。山登りしようとしている人は格好でわかるから、一人ひとり声をかけて、軽装の人には「登らないほうがいい」と注意していますし、ピッケルを持っていた私には「降りるときが怖いよ」とアドバイスをしてくれました。人を見て的確なアドバイスをしてくれるんですよね。

今井:全然知りませんでした。でも、前日の写真では全く雪が積もっていないのに、1日であれだけたっぷりと降ってしまうなんて。1日前の天気予報で判断して大丈夫そうだと思って決行しても、とんでもない目に遭うんですね。

大矢:ただまあ、この場合はある程度降るだろうと予想はしていたんです。前日と当日の地上天気図は下記の通りですが、低気圧が通過した後、高気圧が張り出して一旦晴れたものの、青森県あたりに小さい低気圧がありますよね。これが曲者なんですよ。

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10月19日9時の気圧配置(図上)と10月20日9時の気圧配置(図下)。(出典:気象庁HP)

大矢:この小さな低気圧のせいで、等圧線が縦じまになる冬型の気圧配置になったんです。本州の等圧線の間隔も狭いですよね。実際にこの日は大雪でバスが止まってしまたので、急遽立山室堂のみくりが池温泉の予約をキャンセルして、途中のケーブルカーの立山駅周辺で一泊して、大雪が収まってから20日に室堂に入ったんです。この天気図は予想できていたので、天気が崩れるというのもわかってはいました。ただ、私の読みとしては積雪は15cm程度だと予想していたのに、それより遥かに多かったんですよね。

今井:この天気図を一般の人が見ても、危なそうだとは思わないですよね。低気圧が小さくて前線がなく、高気圧のほうが存在感があるので、「天気が回復するのかな」と勘違いしてしまいそうです。

大矢:そうですね。冬山の天気図を見慣れていれば、これを見て危ないと思うんですが、知識があまりないと危ないとは思わないでしょうね。まあとにかく、春や秋は麓の山の上の差が大きいので、天気図は見てほしいと思います。ただ、天気図というのは見るのにある程度の知識が必要なので、一般の人はものすごく抵抗感があると思うんですね。そこでおすすめなのが、WindyというWEBサイトです。これは今後の高度ごとの風向・風速の予想がわかりますし、気温もわかるんです。体感温度は気温-風速で出すことができますし、晴れるかどうかは雲の量を見ればわかります。これだとも気象の知識があまりなくても現地の天気をイメージしやすいので便利です。しかも無料なんですよ。

今井:知りませんでした。このサイトは結構使えそうですね! では、次の質問をします。この立山中高年大量遭難事故を教訓に、この時期山に入る人は、何に気を付けるべきなのでしょうか。

大矢:何度も申し上げている通り、春と秋は天気や風が麓と全く違うことを肝に銘じてほしいです。麓ではせいぜい曇って小雨が降る程度だったのが、山では吹雪になることがよくあります。想像力だけでは補いきれないので、Windyなどでまず風の強さを見ていただきたいです。そして、雨が降るのか、山の上では雪になるのかを見て、雪になりそうなら防寒対策をしっかりするということが大切です。

今井:ちなみに、雪になりそうかどうかの判断基準は何ですか?

大矢:気温が氷点下なら確実に雪になりますが、3度以下でも雪の可能性が高いです。最悪なのは、最初は雨が降っていて段々雪に変わっていくというパターンですね。雨のときに下着を濡らしてしまい、その後気温がドーンと下がってしまうと、体温が奪われて低体温症になって亡くなることが多いんです。冬だったら最初から雪なので、下着が濡れてしまうということはありませんが、春や秋は低気圧が通過するときにまず暖かい空気が南から入るので、雨が降るんです。その後に冬型気圧配置になって寒気が入り、吹雪になったり気温が冷え込んだりして、雪が降るというパターンになります。こうなると、かえって冬よりも低体温症の遭難事故が多いんですよ。2009年7月のトムラウシ遭難事故のように雨で下着が濡れたときに、脱いで着替えたかどうかが生死を分けたという事例もあります。

今井:今回遭難事故が起きた場所の特有の地形や気象条件などで、何か特に注意すべきだったことはありますか?

大矢:立山は春先に20m近くの雪の壁ができるほど雪が多いのですが、それにはちゃんとした理由があります。冬に、シベリア高気圧からの季節風が入ってくるのは、北や北西からです。大陸と北アルプスの間には日本海があり、この日本海を通った季節風がまともにぶつかったところにはたくさん雪が降ります。ですので、海の近くにあって季節風がまともにぶつかる立山や白馬岳は雪が多いんです。逆に富山の平野部では、小さな山が連なる能登半島でいったん季節風が遮られてしまうので、意外と雪は降りません。そして、富山湾は冬でも結構温かいので、能登半島を超えた季節風は富山湾からたくさんの水蒸気が供給されて湿ります。ですから、富山湾を通った風がぶつかる立山や白馬岳では、たくさんの雪が降るんですね。

今井:富山湾は確か一番深いところで水深約1,200mととても深いですし、浅い場所も暖流の対馬海流が流れ込んできますもんね。秋から冬の初め頃なら、まだ暖かそうですよね。なるほど…。では最後の質問です。この立山中高年大量遭難事故と同じような事故を起こさないためにも、どういうところに気をつけておくべきだったのかというのをまとめていただきたいと思います。

大矢:やはりこの事故では、事前の気象情報の確認が足りなかったのではないかと思います。気温や風をしっかりと把握しておき、あとは現地の状況を見れば、撤退の判断を下せたのではないでしょうか。また、雄山に到達するまでに2倍の時間がかかっているにもかかわらず、そのまま行ってしまったのが一番まずかったと思います。もし雄山で引き返していれば、この遭難事故は間違いなく起きなかったことでしょう。雄山に着いた時点では低体温症の症状がある人はいなかったので、余裕があるうちに判断して、余裕をもって撤退しないといけません。余裕がないときに撤退しようとしても、すでに体力が低下していますので、危険にさらされるんです。一歩も二歩も安全サイドで判断してほしいですね。

あともうひとつは装備ですね。この時期は天候がこれほど悪化しなくても麓よりは冷えますので、1~2枚余分に防寒具を持ってかないといけません。この時期は本当に冬山だと考えなければいけないんです。

今井:紅葉という秋っぽいビジュアルに騙されてはいけないぞ、ということですよね。

大矢:そうです。今回のように3,000m級の標高ではなくても、たとえば近所の500m、1,000mぐらいの山であっても、この時期は日が短く、下山するまでに日が暮れてしまうことがあり得るので、道に迷ってしまうことを考えて、必ず懐中電灯、それも手で持つタイプではなく、ヘッドランプを持っていって欲しいんですよ。ヘッドランプがあれば無事に降りられることも十分ありえますので、遭難騒ぎにならずに済みます。この時期は低山に本当に軽装備で登って、油断して迷って低体温症で亡くなってしまったというニュースをたまに聞きます。

今井:ああ、私も紅葉がきれいだからと近場の高尾山(599m)に登りましたが、ヘッドランプまでは持っていきませんでしたね。いや~、夕方までに当然帰れるだろうと思っていたし、実際に夕方までに帰れたので特に怖い思いをしたことはなかったのですが、実はよくなかったんですね。反省しました。

大矢:本当に、ヘッドランプなんて軽いものですし、「必ず持って行ってください」と声を大にして主張したいです。あと、食べるものも少し余分に持っていった方がいいですね。日帰りといえども、少し時間がかかって下山が夜になってしまったときに、ちょっと食べられるものがあるのと無いのではまったくちがいます。日が暮れて寒くなってしまったときにエネルギーを補給しないと、体が熱を作れなくなって、低体温症になりやすいですからね。そういうことも気をつけていただきたいと思います。

今井:この時期の紅葉狩り目的の登山に注意を喚起するようなお話を伺えてよかったと思います。まだまだ紅葉シーズンは続きますので、皆さんもぜひ注意して楽しんできてください。どうもありがとうございました。

大矢康裕

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気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属して山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社 2021年)
 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

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