今回は、筆者が住んでいるバンガロールが「世界のテックハブ」として世界のIT市場を牽引している背景を紹介していきます。
「インドのIT事情」について、初めて知る人向けの、基本的な内容になります。
世界のテック企業はバンガロールに開発拠点を置いている
Google、Apple、Amazon、Microsoft、Macafee、Adobe……。
誰もが知っているGAFAMをはじめとした、以上のグローバル・テック企業は、インドのバンガロールに巨大な研究・開発拠点を持っています。世界中で使われているこれらの企業の製品や最新技術の多くは、インドで研究・開発が進められているのです。
また製造業(独メーカーBOSCH)や小売り(米の小売り大手TARGET、Walmart)、金融(Goldman Sachs)など、各業界のトップ企業も自社のシステム開発やアプリ開発の拠点をインドに置き、国際的なIT戦略の拠点としています。
バンガロールにはITエンジニアが約200万人いると言われており、これはバンガロールの総人口の約20%。バンガロールはインドで最も多くのITエンジニアが住む都市となっています。
バンガロールがIT開発拠点として発展するきっかけとなったのが「Y2K問題」です。西暦2000年1月1日に、コンピュータの動作に何らかの異常が発生する可能性があると指摘され、世界中でシステムの見直しや対策が行われました。その際にインドのソフトウェア企業がシステム開発の外注先として、多くの開発・保守プロジェクトを請け負ったのです。
その後2000年代 にかけて欧米企業の業務アウトソーシングやオフショア開発先として、バンガロールのIT産業は発展しました。その結果インドのIT産業の中心地となり、2010年代以降は多くのグローバル企業が、インドのバンガロールに研究・開発の拠点を置くようになったのです。
現在では、インド特にバンガロールは「ITシステムのオフショア先」という立ち位置ではなく、イノベーションの創造地として、最先端のテクノロジーの研究・開発の地となっています。世界のテクノロジーのトレンドは、バンガロールにあるのです。
日系企業も、欧米企業ほど多くはありませんが、楽天やソニー、ラクスル、メルカリなど、テック企業がバンガロールに開発拠点を設けています。PayPayも、インド北部の都市であるグルガオンに開発センターを設けました。
最近はバンガロールの他にも、ハイデラバード、プネ、チェンナイ、グルガオンなどの都市でIT産業が発展しており、世界のテック企業がインドの中に研究・開発拠点を置いています。
環境の良さに惹かれて、優秀なIT人材が集まってくる
それにしてもなぜバンガロールに企業の開発拠点が増え続けているのでしょうか。実はバンガロールには、優秀なIT人材が集まりやすい環境が揃っているのです。
第一にあげられるのは、気候の良さ、住みやすさです。
バンガロールは年間を通じて気候が良く、インドの中でも最も住みやすい気候です。標高900mにある高原都市であり、年間を通じて気温は20~30度ほど。筆者はバンガロールに在住中の過去3年間、自分の部屋のエアコンのスイッチをつけたことがありません。
第二に、バンガロール特有の「コスモポリタン」的な雰囲気です。
現在バンガロールの人口の多くは、インド各地からの移住者です。そのために様々な地域、国から来た人が生活する「コスモポリタン」的な雰囲気があり、誰でも都市に溶け込めるように感じられます。
インドでは、地域・州によって主要言語や文化が異なります。同じ国内でも、他の州に行くと言語や文化が全く異なり、「地域言語を知らないと生活できない」「土地に馴染めない」ということが多くあります。
一方でバンガロールは、州の標準語は「カンナダ語」でありつつも、他の地域からの移住者が多いために、住民は普段から英語で生活することに慣れています。
北インドのデリー、南インドのチェンナイ、バンガロール出身のITエンジニアたちは、英語でコミュニケーションを取るのが一般的です。また北インドから移住してきた人も多く、ヒンディー語を話す人も大勢います。
私のインド人の同僚や友人からは、「デリーやチェンナイ(南インドの都市)は、気候も厳しいし、地域言語がマストなので住むのは難しいが、バンガロールはとても居心地が良い」という話をよく聞きます。
バンガロール特有の「気候の良さ」や「コスモポリタン的な雰囲気」は、インド各地から優秀な人材を惹きつける魅力となっており、人材が集まるからこそ世界からも注目されているというわけです。
コロナ以降はリモートワークが浸透し、欧米のテック企業やスタートアップの社員、または欧米にクライアントを持ちながら、バンガロールでリモートワークをしているという人もいます。
人が集まり育つから、有望なスタートアップが次々生まれる
IT産業が盛んなバンガロールは「インドのシリコンバレー」と呼ばれており、毎年多くのスタートアップを輩出しています。
インドのスタートアップ約75,000社のうち、約13,000社がバンガロール発の企業です(※1)。2021年、ユニコーン企業となったインド発のスタートアップは44社にのぼりますが、なんとその4割以上がバンガロール発。スタートアップの資金調達額でみても、2022年のバンガロール発のスタートアップの資金調達額は約10億USDであり、ムンバイ(約4億USD)、グルガオン(約3億USD)を抜いて、インド国内で最も多くの資金調達をしています(※2)。
バンガロールには、優秀な工学系大学やビジネススクールが多数あるため(※3)、これらを卒業した人々やインド国内外の企業で経験を積んだ人々が続々と起業しているのです。
GAFAMなどのグローバル・テック企業や、急成長中のスタートアップなど、優秀なIT人材が活躍する就業先が多くあるため、優秀なテック人材が集まり、さらに多くのテック企業やスタートアップが生まれる、という好循環になっているのです。
「アジアで最も早く成長する都市」
英調査機関オックスフォード・エコノミクスのレポートによれば、バンガロールは「アジア太平洋地域で、東京や上海、香港を抜き、情報・通信セクターを中心に、最も早く発展する都市」であると言われています(同レポートでは、南インドの都市ハイデラバードもバンガロールと並び「最も早く成長する都市」と言われています(※4))。このような事情を踏まえれば、決して不思議ではないことがおわかりになることでしょう。
次回以降の記事では、筆者がIT都市バンガロールに生活する中で、日々利用しているデジタルサービスや、IT企業でインド人エンジニア達と働く中での発見などをシェアしていきます。
注釈:
※1 Why Bengaluru has been an early adopter of innovations from the internet economy(YourStory)
※2 With $10.8 billion, Bengaluru top city on startup funding in 2022(The Economic Times)
Startups in Bangalore(Tracxn)