薄井研二

薄井研二

(写真:Arsenii Palivoda / shutterstock

BIツールを導入しただけでは、データの民主化は進まない

データ駆動型の経営をするために、データ分析ツールの導入を検討している企業は多いことでしょう。しかし、ツールを入れただけではデータを活用するようにはならないのです。最大のポイントは組織のトップの決断です。

Updated by Kenji Usui on July, 21, 2023, 5:00 am JST

ツールだけが揃っても、データは分析できない

データの民主化を成し遂げるためのアクションとして、BIツールの導入やSQLの教育といったアイディアは非常に頻繁に提案されています。つまり、多くのメンバーがデータを扱えるような設備や教育を整えようということです。多くのメンバーがデータを活用するためにはデータにアクセスする手段が必要であり、BIツールやSQLはその手段として汎用的です。しかし、実際のところBIツールを導入しただけではデータの民主化を達成することはできません。BIツールのようなデータを扱うツールというものはデータの民主化に対してほんの一部の要素でしかないからです。

なぜデータを分析する手段ばかりが話題に上がりやすいのでしょうか?これは分析をしたことのないほとんどの人が、データをいじることさえできれば分析が可能なのだと勘違いをしているからです。しかし、分析者はそれが間違っていることを知っています。調理方法を知っていても、材料がなければ料理は作れないのです。

ロジスティクスとガバナンスはデータの民主化において重要な要素の1つです。データを活用するためには分析するデータを準備し、使いやすく整備する必要があります。これは意外と軽視されがちですが、必要不可欠な論点です。

「売上」の意味さえ、チームによって異なる

なぜBIツールのようなデータを分析する手段だけではデータの民主化を達成できないのでしょうか?データを分析するツールを導入したら多くの人がデータを扱うことができるようになるので、データを活用できそうなものです。それらが不必要なわけではありませんが、しかし、ほとんどの企業において分析できる手段だけ用意しても、データを十分に活用することは難しいでしょう。

データを分析するツールを運用するためには、まず分析できるデータを用意するシステムと分析するインフラが必要になります。社内のルールの策定もしなければなりません。個人情報保護や規約違反を犯さないかリーガルチェックをする必要もあるでしょう。これらのようなロジスティクスやガバナンスの問題は、ツールの導入では解決することができません。これがデータ分析ツールだけではデータの民主化ができない大きな要因です。ロジスティクスやガバナンスが整ったうえで分析ツールを導入することで、初めて多くの人が正しく効率よく分析ができるようになります。

さらに、社内の多くの人がデータの利用をはじめると、細かい運用の面でも課題がでてきます。たとえば、同じ名前の指標でも定義や処理の仕方が異なるという問題はよくあります。売上という言葉1つとっても、チームによって計算の仕方やセグメントが異なるということが実際に起きているのです。複数の人が似たような計算をするからこそ、正しく効率よく計算できるように必要なデータや処理の方法を共有することが重要です。

データにアクセスする人が増えれば、セキュリティ上のリスクも当然高まります。分析ツールやデータへのアクセスについて利用者ごとに適切な権限を付与したり管理したりすることが必要になるでしょう。リテラシーの教育も急務です。ここで挙げたものはデータの民主化について頻出する課題の一例であって、他にもさまざまな障害があるでしょう。

このような問題に大してBIツールのようなデータを分析する技術や設備を導入するだけのアプローチでは、ほとんど解決には至りません。これらの問題は裏側にあるデータのロジスティクスやガバナンスの問題だからです。

民主化のためには、トップダウン形式で力強い改革を

では、このような問題はどのように解決していけばよいのでしょうか?すべての問題を一息に解決してくれる、いわゆる銀の弾丸は存在しません。1つずつ問題を解決していく必要があります。そして、そのソリューションと優先度は組織の構造やデータの民主化の進め方によるため一概に決めることが困難です。課題と向き合い、地道に取り組むことが必要です。

課題とその解決方法については、例えば以下のようなものがあげられます。

・データを安定して分析できるシステムが必要→開発や保守運用を担うデータ分析基盤チームを作る

・指標の定義や処理の仕方に差異が発生している→データカタログやデータマートを構築することで共有化する。それらを活用するためにデータスチュアートのようなロールを用意する

・セキュリティリスクへの対策→権限の管理を行うにはルールの策定とそれを運用する組織を作る

・データの内容・集め方が規約や法律に反していないかを調べる→専門家と議論する枠組みを用意する

これらの問題の解決の障害となるのは組織の壁です。近年ではデータ活用に関する問題に対して解決のプラクティスが共有されつつあり、以前に比べれば効率よく解決へ進むことができています。しかし、チーム単独で進めるにはあまりにも影響範囲の広い課題です。特に権限の管理や法律や規制への対応は、チームを超え全社を巻き込んで解決していく必要があります。このような問題をボトムアップに解決することは困難です。必ずトップダウンに強制力をもって進めなければいけないシーンがでてきます。現場の意思決定の速度を早めながらガバナンスやロジスティクスの改善をトップダウンに進めるという両輪を回して全体を最適化することがデータの民主化に必要なのです。

チームを横断した取り組みのために、強制力をもった執行が必要

現代の企業においてデータの民主化は重要な論点です。メンバーが幅広くデータを活用することは企業の成長に大きく貢献するでしょう。しかし、そこに至るためのアプローチがBIツールの導入などデータを分析する手段に偏っており、解決すべき問題をカバーできていません。なにかツールを導入すれば済むといったようなお手軽な手法で解決できるほど単純ではないのです。

データの民主化を進めるためには、ロジスティクスやガバナンスの問題を解決していく必要があるのです。分析するためのデータを用意したり、分析するインフラを作るだけでなく多くの人が効率よく安全にデータ分析できるような運用をしたり、リーガルの問題へ取り組んでいかなければいけません。このような問題は分析ツールだけでは解決できないのです。解決に向けて様々な手段で地道に取り組んでいかなければなりません。

なにより、これらの問題は現場だけで解決することが難しく、トップダウンに推し進める必要があるということです。ロジスティクスやガバナンスを改善するためには、チームを横断した全社的な取り組みが求められます。そのためにはチーム間の問題を調整するために強制力をもって執行する必要もあるでしょう。バランスを取りながら全体最適化を目指すことが重要です。