有本真由

有本真由

(写真:wk1003mike / shutterstock

日本でも運用の拡大が予定されている「セキュリティクリアランス」

セキュリティクリアランス(以下「クリアランス」)※1 とは、政府職員又は民間従業員について、国家安全保障上の政府機密情報にアクセスする適格性があるかどうかを審査する政府による行政判断のことをいう。政府の機密情報は原則として非開示であるが、クリアランスを有する個人は例外的に機密情報にアクセスできる、ということである。つまりセキュリティクリアランスは情報の機密性を保全する制度の一環で、報道等では「機密取扱い資格」などと称することもある。

Updated by Mayu Arimoto on September, 8, 2023, 5:00 am JST

外国政府にも「安心できる人物」であることを保証する

2024年には、セキュリティクリアランスを拡充する内容の立法がなされるという※2。

クリアランス制度は、欧米諸国や韓国などで導入されている。日本でもクリアランスに相当するものとして、特定秘密保護法上の適性評価(後述)がある。しかし特定秘密・適性評価の運用は極めて限定的であり、日本にはクリアランスを有する民間人は少ない(2022年で保有者は132,567人(そのうち民間は3,828人))。

他方、国際ビジネス・研究の分野では「機微な情報の共有が必要とされる諸外国との共同研究、諸外国政府からの受注にあたっては、いわゆるセキュリティ・クリアランスと呼ばれる適性評価を受けていることが求められることがある」という※3。そうした背景を前提に、民間人にもクリアランス制度を拡充すべきであるとの声が経済界等から上がり、経済安全保障法制の一環として同制度の拡充を内容とする立法が目指されている。

日本が参考にしている米国のクリアランス制度

日本の立法の際に参考とされているのが米国の制度である。そこで、まずは、米国におけるクリアランス制度の概要を紹介しよう。米国において、クリアランス保有者は約400万人、そのうち実際に機密情報にアクセスしている者は約300万人とされる(2019年)。

科学的・技術的・経済的事項も機密情報の対象に

クリアランスは情報の機密指定を前提とする制度であるが、米国では軍事計画や兵器情報だけでなく、国家安全保障に関連する暗号その他の科学的・技術的・経済的事項も機密情報の対象となる。この機密情報は、原則として、機密度の高い順に、「機密」、「極秘」、「秘」という3つに区分される(表1参照)※4。クリアランスも同様に3つに区分され、付与されると同等以下の区分の機密情報にアクセスできる、という枠組みである。

表1:米国における情報の区分(筆者作成)

個人が勝手に申請できるものではない

クリアランスの取得申請は、付与対象である個人(以下「対象者」)ではなく、クリアランスを付与しようとする行政機関(スポンサー機関)が行う。すなわち、クリアランスを希望するからといって個人が勝手に申請できるものではない。あくまでも、クリアランスを付与する必要があるかは行政機関側が判断する。そして機密情報へのアクセスを要する地位を離れるときは、原則としてクリアランスは取り消される。

申請にあたり、対象者は所定の質問票※5 に回答し、各種証明書などの裏付資料とともに提出する。対象者は同質問票において、国家安全保障裁定ガイドライン(後述)に列挙された13の検討項目(表2参照)について、過去7年間(場合によっては過去の全期間)における自己の該当情報の開示が求められる。また経済信用情報、医療情報等について関係機関に照会することに関する同意書への署名も求められる。

身上調査は書類審査の他、ポリグラフ検査が行われることも

身上調査も行われる※6。方法は、公的データの照会、書類審査の他、クリアランスの区分や職種によっては、本人や関係者への面談やポリグラフ検査が実施される。

身上調査に要する費用は、対象者が政府職員か民間の従業員かを問わず、ほぼすべて行政機関が負担し、その総額は15億ドル超とされる(2021年)。

懸念事項として挙げられる、外国人との接触

上記の調査結果に基づき、国家安全保障裁定ガイドラインに従ってクリアランスの付与が裁定される。同ガイドラインは、検討項目ごとに、懸念事情及びその懸念を緩和する事情を列挙しており、クリアランス交付に関して統一的な判断基準を提供している。注目すべきは、外国との関係性について問う項目が13項目中3項目(B, C, L)もある、という点である。また、検討項目以外の事項であっても身上調査で現れた事情はすべて総合的に考慮して判断するとされている。

表2:国家安全保障裁定ガイドラインにおける検討項目と考慮すべき懸念事項(筆者作成)

およそ5年ごとに再審査

一度クリアランスを取得したとしても、事情の変更がありうるため、およそ5年ごとに定期的な再審査が実施される。もっとも、定期的再審査では、クリアランス取得後から再審査時までに生じた事情の変更を適時に補足できない。そこで、海外渡航などの一定の事情についてはクリアランス保有者に報告義務が課せられている。また、ワンストップITシステムに対象者のデータを集約し、身上調査事項を継続的自動的にチェックするというCE/CV(Continuous Evaluation / Continuous Vetting)プログラムも導入され始めている。

※1 米国では、このセキュリティクリアランスを2つに大別し、個人の適格性にかかる資格を「人クリアランス」、政府契約事業者の施設の適格性にかかる資格を「施設クリアランス」ということもあるが、我が国における現在の議論は専ら人クリアランスに関するものであるため、本記事で「セキュリティクリアランス」(又は「クリアランス」)という場合は人クリアランスを意味するものとする。
※2 日経新聞「機密取り扱いに資格」(2023年6月7日) 
※3 経団連「経済安全保障法制に関する意見―有識者会議提言を踏まえて―(2022年2月9日)」
※4 この他に、restricted dataなどの区分もあるが本記事では割愛する。
※5 QUESTIONNAIRE FOR NATIONAL SECURITY POSITIONS
※6 国防総省の国防防諜安全保障庁(DCSA)が連邦政府におけるクリアランス交付のための身上調査の大部分を担っている。

日本においての適正評価制度はテロ、犯罪、薬物、飲酒、経済状況等7つの事項に限定されている

日本でもクリアランスに相当するものとして、特定秘密保護法上の適性評価がある。「特定秘密」とは、①防衛、②外交、③特定有害活動の防止、または④テロリズムの防止に関する情報であって、公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるものとされており、これは諸外国における機密情報に相当する。同法では、適性評価を受けて特定秘密を漏らすおそれがないと認められた行政機関の職員又は行政機関の事業を請け負う適合事業者の従業員に限って特定秘密が開示される、という枠組みとなっている。

適性評価での調査事項は、(1)特定有害活動及びテロリズムとの関係、(2)犯罪及び懲戒の経歴、(3)情報の取扱いに係る非違の経歴、(4)薬物の濫用及び影響、(5)精神疾患、(6)飲酒についての節度、(7)信用状態その他の経済的な状況、に関する事項、に限定されている。

本来、クリアランスは国家への忠誠心を問うもの

クリアランスの民間への拡充の議論の背景には、前述のとおり、国際ビジネス・研究に際して他国からクリアランスを求められることがあるが、日本にはそれを有する民間人が少ない、という事情がある。クリアランスは本来、機密情報を開示するという政府側の必要性に基づくものであり、各国のクリアランスは当該国家への忠誠心を問うものであって他国への忠誠心を測るものではない。とすれば、国際ビジネス・研究推進のためにクリアランスを民間拡充するというのは、制度の本来的あり方ではなく「転用」ともいえる現象である。そして、日本が新しいクリアランス制度を構築したとしても日本のクリアランスを信頼するかは外国側の個別判断に委ねられる。そのため他国に信頼されるためには他国制度との「機能的同質性」が求められる。

日本がクリアランス制度を拡充していくために必要なこと

調査項目を拡充し、外部にも明らかにすべきでは

米国では、クリアランス付与にあたり、対象者と外国との関係性を重視している。対して、我が国の適性評価における調査事項のうち外国との関係に関するものは、上記の「(1)特定有害活動及びテロリズムとの関係」のみであり、その具体的な調査事項、方法は外部からは明らかではない。また、米国では、調査で現れた事情すべてを総合考慮するのに対し、日本は、上記調査事項(1)~(7)以外の事項を調査することを禁じ、仮に調査事項以外の事実が調査過程で現れても記録に残さず判断の基礎としない、としている。他国制度との機能的同質性を有する制度を構築するという観点に照らせば、これは看過できない差異であろう。

より軽度な区分があってもいいのでは

我が国では、一般的には、機密情報の区分は「特定秘密」という1区分のみである。それによって運用が限定的となっているという面もある。海外でクリアランスを求められる場合、ベーシックな身上調査事項を確認したいだけという場合もあることを踏まえると、より軽度な区分を設けるというのが現実的と思われる。

プライバシーへの配慮体制を

クリアランスを拡充するとなると身上調査を実施する機関の拡充も免れないが、クリアランス審査にあたっては医療情報などの要配慮個人情報を扱うため、情報漏えいや情報の不正利用がないようにプライバシー・個人情報に十分に配慮した体制づくりが不可欠である。

「同質である」と説明できるように

他国に対して我が国のクリアランスが他国のものと機能的に同質であると説明できるように、法令等の文言にも配慮すべきだろう。

むやみに情報活用の不自由を強いることがないように

クリアランスを拡充することは、機密情報の対象を広げることにもなりうる。それは、これまで機密指定されてこなかった情報も機密指定され、クリアランスを有していない者はその情報にアクセスできなくなるなど情報活用の面で不自由になることにつながりうる。そうした不自由によって、かえって国内の研究開発等に支障が生じないよう十分に配慮すべきである。

外観を整備するだけではなく、実質を伴うものとなるように

機密情報の保護は、機微先端技術の開発、軍事的な安全保障に密接に関連し、昨今強化されている経済安全保障の根幹とも言える部分である。国際共同研究・ビジネスへの参画を円滑にするために、各国と足並みをそろえるという目的で制度構築をする場合は、外観を整備するだけではなく、実質を伴うものとすることに留意することが重要である。

機密情報を扱うシステムのセキュリティ強化も

今は人クリアランスに焦点が当たっているが、本来、人クリアランスは、情報保全のための制度の一環であり、①情報の機密指定(情報)、②クリアランス(人)、③機密情報を扱うシステムのセキュリティ(システム)、という3本柱の一つにすぎない。したがって、他国との機密情報の共有を前提に情報保全を全うするのであれば、③機密情報を扱うシステムのセキュリティ要件についても国際的に足並みをそろえたものとする(それを対外的に説明できるようにする)必要が生じると考えられる。

また、立法後の民間の対応に関することであるが、クリアランスを有することによって国際ビジネス・研究に参画できるようになったとして、共同事業で開発された情報が他国に機密指定等されて情報が自由に活用できないということにならないか、他国から我が国(の民間企業)の情報(技術)を守れるか、について事前に十分に検討した上で戦略的に動くという視点も重要であろう。