脳につまった知的資源
では、ヒトや高等霊長類をもしのぐほど多くの神経細胞を持つ大きな脳にはいったいどんな知的資源が埋まっているのだろう。それを発掘してみたい。
脳の生理学的な指標はあてにならないことは上述のとおりなので、今度はその行動から知性を観測してみる。知的とされる行動を引き起こすためには高い認知特性がなければ、何かを識別したり考えたりしてそこに応じた行動をとることはできない。
スマホに映った昆虫をエサだと思ってカエルが何度も スマホに飛びかかることと、モニター画面に映った隣の水槽にいるトレーナーがイルカを呼ぶサインを見て、そのモニター画面にではなく隣の水槽に向かって泳いでいくイルカの光景とでは、認知の段階が違う。カエルは映っているものが映像であるという認識ができていないが、イルカはそこに映っているのが隣の水槽であることをよく理解している。
理屈っぽい言い方をすれば、対象物や周囲の状況を正確に把握し、そこに経験や記憶、学習によって結果の論理付けができてはじめてその相手との関係を理解するので、その先の予測ができる。コミュニケーションはそこからスタートにする。スマホの映像が餌の昆虫であることはわかっても、それが実物と偽物の識別ができず、何度も飛びかかり学習もできていないカエルはその後のコミュニケーションは期待しにくい。しかし、映像をみて隣の水槽に泳いでいったイルカたちとトレーナーとのその後については容易に想像がつく。モニター画面の前でいつまでも待っていたのでは、何も起きない。
イルカが多くの個体とコミュニケーションをしている時にもいろいろな複雑な認知過程が介在しているに違いない。彼らの行動を実験的に解析していけば、認知能力、その知的資源の一端を知ることができる。
認知とは何か
ところで、「認知」とは何だろう。これにはさまざまな解釈がありそうだが、「行動生物学辞典」(東京化学同人)を紐解くと、「ヒトを含む動物が身の回りの情報を取入れて処理し、反応のために利用したり、蓄積したりする心的過程のすべて」とある。この説明だけは何だかよくわからない。しかしそれに続いて「知覚、学習、記憶、推論、思考、意思決定、注意、カテゴリー化など」とあり、こうなると少し具体的なイメージがわいてくる。こうした項目について一つひとつ実験をして明らかにしていき、それを組み立てて総合的に認知のしくみを推察する作業、それが「研究」である。
これまでイルカの認知についてはさまざまな研究が行われてきた。それによると、イルカはヒトのやり方と同じように情報を蓄積(記憶)する。また、ヒトの声やしぐさを模倣する。筆者の実験では突然聞かせたヒトのことばをイルカは上手にマネするし 、ほかの研究ではヒトがイルカの前で見せた行動そっくりに行動することができている。音をマネする動物はイルカだけではないが、ヒトのしぐさを即座に正確にマネするのはイルカぐらいである。こうした模倣は、知覚、記憶、再生といった複雑な認知機能が必要で、大変な作業なのである。
ペットで飼われているイヌに「ほら、あれ見てごらん」と何かを指さしても、イヌは指された先のものではなく、その人の指先を見ているだけだが、同じことをイルカにやってみると、イルカはちゃんと指されたものを見ている。ヒトとまなざしを共有できるのだ。また、イルカは鏡を見てそこに写っているのが自分であることも知っている。これは鏡像認知・自己認知と呼ばれる過程。さらに、イルカは数や順序、大きさといった概念も持っている。
まだまだほかにもイルカの高い認知特性は報告されているが、こうしてみていると、イルカの脳の中には「知覚、学習、記憶、推論、思考、意思決定、注意、カテゴリー化」といった認知の部品が詰まっていることがうかがえる。
ただその使い方がヒトと同じかというと、実はそこには違いがあるらしい。