松浦晋也

松浦晋也

アメリカ・フロリダ州にあるケネディ宇宙センターの展示物。1969年撮影。当時、アポロ11号が月面着陸に成功し、現地は沸きに沸いていた。

巨大な宇宙から持ち帰れるものは情報だけである

残されたフロンティアである宇宙。なぜ、人は莫大な予算を使い、ときには人命を賭して宇宙へ向かうのだろうか。今、宇宙へ向かうことの意味をノンフィクションライターで科学ジャーナリストの松浦晋也氏が読み解く。

Updated by Shinya Matsuura on January, 24, 2022, 0:00 pm JST

宇宙で採算がとれるのは情報だけ

もう少し抽象化しよう。「衛星など宇宙機の調達・運用コストに打ち上げコストと足した額以上の収益を、運用期間中に挙げること」が宇宙でビジネスを展開する用件となる。
こうなると、まず、「宇宙空間でなにか宇宙でしか作れない有用なものを生産して地球に持ち帰る」というビジネスが脱落する。地上と宇宙の間で、質量を持つ物質を動かすのには莫大な運航コストがかかるからだ。

スペースシャトルの就航当時、NASAはさかんに「無重力環境の宇宙で新材料や新たな医薬品を作る宇宙工場」という宣伝を行った。が、スペースシャトルの運航費の高騰に伴って、この目は消えた。
なにより新材料や新医薬品の開発には、莫大な回数の実験と試行錯誤が必要となる。最大でも2週間しか軌道上に滞在しないシャトルでは、この試行錯誤ができなかった。本格的な試行錯誤が始まるのは2011年の国際宇宙ステーション(ISS)が完成してからであり、しかもISSの運用が10年以上続き、様々な実験が行われた現在でも「どうしても宇宙でなくては製造できない、宇宙での製造コストに見合うだけ有用な物質・医薬品」は開発されていない。

滑走路進入灯
2010年頃撮影。建造物は羽田空港の滑走路進入灯。

地上-宇宙間で物質を動かすビジネスが不可能なら、物質以外の質量を持たない付加価値を動かせばいい。具体的には情報だ。
こうして、まず静止軌道を使った衛星通信事業、及び衛星通信事業者に打ち上げ手段を提供するアリアンスペースのような商業打ち上げ事業者が、宇宙ビジネスとして成立したのである。1990年頃からは、衛星放送事業も成立するようになった。もともと「宇宙から電波を降らせる」という点で衛星通信と衛星放送は共通である。ただ通信が1対1で双方向であるのに対して、放送が1対多で一方通行であるところのみが異なる。

1960年代から70年代にかけての通信衛星は搭載する通信機器の出力が10W程度しかなく、受信には大きなパラボラアンテナを必要とした。これでは家庭の受信機に直接情報を届ける衛星放送には使えない。しかしその後衛星搭載通信機器の出力が100W、200Wと大きくなり、また家庭に設置する受信機の側もHEMT(High Electron Mobility Transistor:高電子移動度トランジスタ)に代表される低雑音の電子部品が実用化したことで、高感度化が進み、通常の通信衛星でも一般向けの放送が可能になった。結果、現在のスカパー!のように直径数十cmのパラボラアンテナを設置するだけで数百チャンネルの衛星放送を受信できるサービスが宇宙ビジネスとして実用化することになった。
その後、アリアン4が新型でより大型の「アリアン5」ロケットに更新されたり、衛星メーカーが標準品として製造している静止衛星のサイズがロケットに合わせて大型化し、設計寿命も15年に延びたりという変化はあった。が、基本的に「割に合う宇宙ビジネスは、通信・放送と、商業打ち上げだけ」という状況は2010年代前半ぐらいまで、つまり20年以上続いた。

宇宙で採算が取れるのは情報だけ——それなら、通信・放送以外の情報はビジネスになるかどうか。まず、地球観測という分野がある。衛星から地表を観測して、観測データを地表に送信する。宇宙と地球の間を行き来するのは情報だけだ。
もうひとつは物質であっても、うんと特別で膨大な情報を乗せた物質を宇宙と地表の間で往復させるということだ。具体的には人間である。つまり、人間が宇宙に行って宇宙空間を体験する、宇宙観光はビジネスになるのではないだろうか。

実際、この2つは1980年代から次世代の宇宙ビジネスとして、随分と期待されていた。が、一筋縄ではいかなかったのである。(続く)

参照
SpaceX:https://www.spacex.com/
Space Adventures:https://spaceadventures.com/
Virgin Galactic:https://www.virgingalactic.com/
SpaceShuttle(NASA):https://www.nasa.gov/mission_pages/shuttle/main
/index.html
Arianespace::https://www.arianespace.com/