柴田重信

柴田重信

夕日を見る人々。スリランカで撮影。何があるというわけでもないが、本当に日没を眺めるのが好きなようで自然と人が集まってくる。

(写真:佐藤秀明

よく生きるとは、時計を合わせることである

現代に生きる私たちは、好きな時間に起き、眠り、食べることが可能である。社会的な制約から逃れられる休日などはとくにそうだ。しかしそれは「意思」による身勝手な振る舞いである。身体を構成する部位はそれぞれで時計を持ち、同調させながら機能している。身体が持つ時計の意味を知っても、私たちは自分の意思だけを優先させることを良しとするだろうか。柴田重信氏が時計遺伝子や体内時計について解説する。

Updated by Shigenobu Shibata on March, 2, 2022, 8:50 am JST

体内時計を駆使することで、飢餓を乗り越え、感染症から免れてきた

体内時計を持つことは生物のライフ(生活)に有利に働くのであろうか。地球上の生存競争に勝ち抜くためには、時間と空間の情報を如何に見極められるかは重要であり、例えばどの方向に何時に行くと花が満開で蜂蜜をいっぱい手に入れられるかを知ることでミツバチは生存競争に勝ち残れる。また、生殖に欠かせない排卵も体内時計の支配下にあるので、体内時計が不調の状態はこのリズムに異常が起こり妊娠率は低下する。実際、我々は時計遺伝子が異常なマウスを繁殖させ、子供を増やすのに苦労している。また、時計遺伝子が異常なマウスは、授乳のリズムも乱れているので、赤ちゃんマウスの成長が遅いことも分かった。ところで、一生に一回のイベント(出来事)でも体内時計の支配下になっていることが分かっている。蝉の抜け殻などは早朝に見られることが多いが、この時刻に羽化し、その後の日光で羽を乾かし、飛びたつのに都合が良い時間配分になっている。実際ヒトも同じで、正常分娩は早朝に起こりやすい。昼行性生物であるにも関わらず夜遅くに羽化や分娩が起こると、昼行性生物では不利な夜間に夜行性の動物に襲われる危険性があるわけで、体内時計はこれを回避するための重要な役割を果たしていると言える。

時計遺伝子は、実際に実行する遺伝子に対して24時間周期の発現リズムを作ることで1日の仕事をさせる。例えば肝臓にはコレステロール合成に関係する遺伝子が発現しているが、このコレステロール合成の遺伝子は時計遺伝子が支配する実行系の遺伝子(これを、クロックコントロールジーン(CCG)と呼ぶ)として働き、夕方から夜にコレステロールを合成する。このようにして、CCGを調べたところ、約15%がCCG遺伝子であるので、全体として25,000個の遺伝子があるとすれば、3,000〜4,000個の遺伝子は体内時計の実行系遺伝子ということができる。
CCG系の遺伝子の中にはエネルギー代謝や免疫系に関連する遺伝子が多数含まれていた。このことは体内時計を駆使して、飢餓を乗り越え、感染などから免れることを意味し、これらのCCG遺伝子の存在はヒトを含む生物がライフ(生活)を営む上で重要な戦略であろう。

肝臓や肺、腸の平滑筋や骨格筋も時計を持つ

哺乳動物は、魚類、爬虫類、鳥類などと異なり、脳の視交叉上核と呼ばれる場所に体内時計を有している。ここの神経核を壊すと、覚醒・睡眠のリズムや、活動リズムや体温リズムなど1日周期のリズムが全てなくなることから、この神経核が生体のリズム現象の中心であると考えられている。しかしながら哺乳動物で時計遺伝子が見つかり、遺伝子の発現パターンを調べると、もちろん視交叉上核の時計遺伝子発現リズムは朝・昼・夜と大きく変動していたが、肝臓や肺などの臓器でも大きく変動していた。これらの結果は末梢臓器にも体内時計の仕組みがあることを示しており、そこで現在では、視交叉上核の体内時計を主時計、大脳皮質や海馬などの視交叉上核以外の脳にある体内時計を脳時計、末梢の肝臓や肺や腎臓、腸の平滑筋、あるいは骨格筋などにある体内時計を末梢時計と呼ぶことにした。

血漿アルブミンというのは血液の浸透圧を保つために重要保つに重要なタンパク質であるが、これは肝臓でのみ作られる。アルブミンを作る遺伝子の働きは体内時計の影響を受けるために、1日の中で特定の時間にのみアルブミンを作っていることになる。また、排尿を考えると腎臓の働きが活発な昼間は排尿行動が盛んであるが、夜間は少ないことから腎臓に体内時計の仕組みが仕組があることは容易に想像できる。すなわち、末梢臓器の働きに時間情報を与え、効率よく臓器の働きを手助けするのが末梢時計の役割であると認識されている。時計遺伝子の発現リズムの振幅を調べると臓器ごとに異なり、肝臓は振幅が大きい臓器で、精巣は小さい臓器であり、精巣は日内リズムに捕らわれずに一日中機能しているようである。また末梢臓器のリズム発現ピークの位相を調べると少しずつ異なる。生理学的な意味は分からないが、マウスで肝臓と腎臓のPer2リズムの位相を調べると、腎臓の方がピーク時刻は少し早く来る。肺がんでは肝臓でも時計機構に異常が起こることや、骨格筋の時計遺伝子の異常が睡眠に影響を及ぼすこと、腸内細菌叢の変化で肝臓や骨格筋の時計遺伝子発現が変化するなど、恐らく末梢臓器の間には臓器連関があり、この臓器間のリズム位相が大きく異なったりすると不健康になると思われる。マウスでは、肝臓、膵臓、骨格筋など臓器特異的に時計遺伝子の働きを低下させることが可能であり、それぞれの臓器の時計の役割解明が進んでいる。