柴田重信

柴田重信

夕日を見る人々。スリランカで撮影。何があるというわけでもないが、本当に日没を眺めるのが好きなようで自然と人が集まってくる。

(写真:佐藤秀明

よく生きるとは、時計を合わせることである

現代に生きる私たちは、好きな時間に起き、眠り、食べることが可能である。社会的な制約から逃れられる休日などはとくにそうだ。しかしそれは「意思」による身勝手な振る舞いである。身体を構成する部位はそれぞれで時計を持ち、同調させながら機能している。身体が持つ時計の意味を知っても、私たちは自分の意思だけを優先させることを良しとするだろうか。柴田重信氏が時計遺伝子や体内時計について解説する。

Updated by Shigenobu Shibata on March, 2, 2022, 8:50 am JST

不調の原因の一つは、臓器間の時間軸がずれること

視交叉上核は視神経が交叉した直上にある神経核という意味であり、視床下部と呼ばれる脳領域内にある。視床下部は本能行動(摂食、生殖、体温、自律神経など)に関連する働きをしている場所である。視交叉上核は視床下部の自律神経の中枢にも時刻情報を与え、昼間は交感神経が、夜は副交感神経が活躍するようにしている。また、視交叉上核は脳下垂体という場所にもつながっているので、下垂体ホルモンのACTHをリズム性に放出し、副腎皮質ステロイドホルモン分泌を朝に高値にし、その結果、血糖上昇を起こす。視交叉上核は頭蓋骨内にある松果体にも強く結びつき、松果体から睡眠誘発ホルモンであるメラトニンという物質を夜間に多く分泌させ、その結果睡眠を誘導する。

メリケン波止場
桜木町のメリケン波止場に泊まる舟。大きな船から物資を受け取って陸揚げした。1965年ごろ撮影。

ヒトの末梢組織では、すなわち皮膚細胞や皮下脂肪細胞、毛根細胞などを直接取り出し、時計遺伝子発現リズムを観察することができるが、視交叉上核は小さすぎて、PET、MRIといった装置でも見ることはできない。そこで、視交叉上核の時計機能を測定する時は、前述したメラトニン分泌の日内リズムを測定することで間接的に判断する。ところで視交叉上核をマウスから取り出し、培養すると、1週間や1カ月くらい平気で時計遺伝子発現リズムを観察することができる一方で、肝臓などの末梢臓器の時計遺伝子発現リズムは1週間以内になくなっている。この時、肝臓の細胞が死んだのではなく、それぞれの細胞のリズム発現の位相がずれてしまい、見かけ上全体としてリズムがなくなったように見える。つまり、視交叉上核は歩調取りが強いため「能動発振:恒常的に24時間を刻む仕組み」に対して、末梢は歩調取りが弱いために「受動発振:24時間リズムが減衰する仕組み」となる。主時計と末梢時計の関係は、視交叉上核がオーケストラの指揮者で、末梢の臓器の各楽器に対して演奏する順番の指示をする仕組みである。したがって、指揮者とそれぞれの楽器の音量や順番がくずれるとオーケストラのハーモニーが取れていない状態が起こる。このように臓器間の時間軸の調節が不調になることが、病気の原因の一つであると考えられている。

夜中のスクリーンタイムは体内時計を遅れた状態に固定

24時間よりずれた状態の体内時計の位相を前進させ、あるいは後退させて24時間周期に合った状態の時計を作り出す仕組みを同調(リセット)という。毎日の明暗刺激はまさに同調刺激になり、体内時計は24時間周期のリズムを示すことから、この状態は概日リズムと呼ばずに日内リズムと呼ぶ。ヒトのように24時間周期より長い周期の生物は毎日の朝の光刺激で位相を前進させることにより24時間に合わせている。一方で、夜の遅い光は体内時計の位相を後退させることが知られている。つまり、夜遅く寝る直前までスマートフォンやタブレットを長時間見ていると(スクリーンタイムが長いという)、主時計の体内時計は遅れた状態で固定される。また、夜の光照射は睡眠物質であるメラトニンの分泌を低下させるので、夜間の光は覚醒と夜型化に拍車をかける。

同調スピードという言葉があり、自分の体内時計を外部の社会の明暗時間に合わせる時に、例えば日本から欧州へ旅行して体内時計を後退して合わせる場合と、日本からアメリカに旅行して体内時計を前進させて合わせる場合には、皆さんも経験するように、アメリカ行きの前進には時間がかかり時差ボケがひどいことが分かっている。このような現象が日本に居ながら起こる場合がある。週末の金曜日や土曜日に夜更かしし(スクリーンタイムで後退)、土曜日や日曜日の朝に起きてこないと、体内時計は前進できない状態になる。また後述するように週末に夜食を摂ったり、土日の朝食をスキップすると、週末の体内時計は益々後退したままになる。月曜日の朝の光と朝食で一気に自分の体内時計を前進させようとしても先に述べたように前進には時間がかかるので、週の中ほどの木曜日あたりで、やっと追いつくと思われるが、週末の生活でまた遅れてしまうことになる。これは、時差が2〜3時間の所に毎週小旅行に出かけているようなものであり、社会の時間と自分の体内時計が合わないので、これを社会的時差があるといい、この時差のために不調であれば、社会的時差ボケがあるという。

社会的時差は肥満、うつ病、学業成績不振と関連が深い

社会的時差と朝型と夜型を簡易に調べる方法があるので以下に述べる。次の日に用事や学校・仕事がない日の前日の就寝時刻と、当日の起床時刻を書いてみる。次に就寝時刻と起床時刻の真ん中の時刻を計算する。例として、1時に就寝、9時に起床だとすれば、5時になる。この値が2時以下だと(朝型)、2〜3時だと(やや朝型)、3〜4時だと(中間型)、5〜6時だと(やや夜型)、6時以上だと(夜型)となる。また、次の日に用事や学校・仕事がある日の前日の就寝時刻と、当日の起床時刻を書いてみる。次に就寝時刻と起床時刻の真ん中の時刻を計算する。例として、22時に就寝、6時に起床だとすれば、3時になる。用事がない日の真ん中の時刻の5時から、用事がある日の3時を引くと2時間になる。この2時間を社会的時差が2時間あるといい、1時間以内が理想である。社会的時差が大きいと時差ボケ状態となり、肥満、うつ病、学業成績不振等と関連が深いと言われている。

リセットのカギは、光、食、運動、温度

マウスの実験で、明暗条件下で飼育していると普通マウスは夜行性なので暗期が始まると餌を食べ始める。ところが明暗周期はそのままにして、食事の時間だけを8時間前進させ、明期の真ん中に食事時間を設定すると、肝臓のPer1遺伝子発現リズムは夜間から昼間に8時間前進した位相で固定されるが、視交叉上核のPer1遺伝子発現リズムに変化はない。つまり、無理な明期の食事時間の同調刺激で、肝臓の時計が夜のピーク時刻から昼のピーク時刻に移動し、視交叉上核とは真反対になる。体内時計の位相を動かす外界の刺激を同調因子と呼ぶ。主時計は光が最も強い同調因子となる一方で、末梢時計は食事、運動、温度変化などが同調因子になることが知られている。朝食や朝から昼の運動が末梢時計を前進させ、夜食や夜の運動が体内時計を後退させる。同調刺激になりうる物質として、副腎皮質ステロイドホルモン、コーヒー、水溶性食物繊維、ある種の機能性食品成分なども知られている。