柴田重信

柴田重信

2017年ごろアフリカ南部で撮影。レストランのすぐ脇で野焼きが行われている。野焼きの後には良質な草が生えると言われている。このときは燃え盛る炎を見て、野生のゾウたちが逃げていった。

(写真:佐藤秀明

「食」の意味は、時間が変える

生産力が向上しロジスティクスが発達した現在、いつでもどこでもなんでも、食事を手に入れることは容易くなった。数秒スマホを操作するだけで栄養価満点のサラダを調達することも可能だ。しかしそれが適切な時間に摂取されるものでなければ、期待される作用は充分には見込めない。「よく生きるとは時計をあわせることである」でも紹介した通り、人間の体内には意思ではコントロールできない時計があり、それが身体をコントロールしているからだ。今回は体内時計と食の関係について時間栄養学の柴田重信氏に解説してもらう。

Updated by Shigenobu Shibata on March, 16, 2022, 8:50 am JST

朝と夜で異なる作用

生体では体内時計が時間管理を行っており、種々の代謝機能や生化学反応に時間制御が起こることは十分考えられる。食・栄養も生体に入ると、薬物と同様に生体と相互作用をする。例えばたんぱく質を摂って、それが筋肥大に寄与する場面を考える。胃・腸での酵素分解、腸管からのアミノ酸やペプチドとしての吸収、血液の循環速度による筋肉への輸送、筋肉での筋合成と分解、アミノ酸の窒素成分の腎臓での尿素としての排泄、といったプロセス(吸収、分布、代謝、排泄)が重要であるが、これらのプロセスの各ステップに体内時計の制御が深く関わってくることが分かっている。また、朝食と夕食とを単純に考えてみても、今から活動的になる前の食事と、今から寝ようとする前の食事では意味が違うだろうと、だれでも想像できる。

実際、全く同じ内容の食事を朝食で食べた場合と、夕食で食べた場合の血糖値の推移とインスリン分を調べると、朝食の場合は、インスリンの感受性が高く血糖値が速やかに基準値に戻るが、夕食の場合は、インスリンの効きが悪く、高血糖が長く続く。特に夕食が遅いと血糖値が戻るまでに高血糖のまま睡眠に入ることになり、血糖を下げることがさらにできにくくなり、消費されない余分なブドウ糖は脂肪合成に回される。現在、トクホ製品や、機能性表示食品などは、摂取時刻の事は記述できないとされているが、時間薬理や時間栄養の視点で考えると、生体と相互作用する食品成分が機能を発揮するには適切な摂取タイミングが存在する可能性は高いと思われる。夜間に貯めておいた胆汁は朝食後が大量に分泌されるので、脂溶性の物質、すなわちリコピン、DHA・EPA、セサミン、あるいは脂溶性ビタミンなどは夕摂取より朝摂取のほうが、より効果的であろう。

メキシコの街角
メキシコ北部の大都市、シウダー・フアレスの街の風景。

「何を食べるか」だけでなく、「いつ食べるか」も重要

時間栄養の実践例を一つ述べる。子供から高齢者まで、朝食時のたんぱく質摂取量は少なく、このことは骨格筋量の維持に不利に働くので、朝のたんぱく質摂取は健康維持の重要な課題となっている。牛乳や乳製品は良質なたんぱく質(アミノ酸がバランスよく含まれている)を含んでいるので、朝食時や午前中の間食時に摂ることはよい。一方で、夕食時の乳製品はどうであろうか。乳製品には吸収が良いカルシウムが含まれており、またカルシウムの腸管吸収は夕方が良いことが知られている。骨密度が減少する骨粗鬆症予防には、先の理由から夕方のカルシウムの摂取が望まれるが、高カロリーの乳脂肪を避けるには、脱脂系の低脂肪の乳製品は夕食時にはお勧めである。我々の周りには数多くの食品や食品成分があるが、先に述べたような時間栄養学的な視点では、ほとんど調べられていない。

朝型・夜型、あるいは生活パターンによる日内リズムの違い、週の中での食事のとり方の違いなど、食パターンは千差万別であるが、健康問題を考えると、AIを利用した個人別の時間栄養管理(precision chrono-nutrition)の重要性が注目されてくると思われる。