今井明子

今井明子

台風で荒れた道路。吹き飛ばされた木の枝があちこちに転がっている。

(写真:Images By Kenny / shutterstock

台風は災いとともに恵みももたらす

台風シーズンが訪れると、いつも以上に気象情報をチェックする人が増えるだろう。しかし、台風について正しい知識を持っている人は意外と少ない。そして、厄介だと思われている台風も、思わぬ恵みをもたらしてくれる側面があることも忘れてはならない。台風は現象のみならず、作用も複雑なのだ。

Updated by Akiko Imai on August, 24, 2022, 5:00 am JST

遠く離れていても油断大敵

「本日、台風〇号が発生しました」というニュースが飛び込んでくると、多くの人が次の週の出張やレジャーの予定がどうなるか、ソワソワするのではないだろうか。台風が接近・上陸すれば交通機関はストップするため、出張や旅行の予定は中止せざるを得ない。しかし、「台風が発生したといってもまだまだ近くまで来てないし、予報も晴れだから、近場のビーチでの海水浴には行けそうだな」と思って決行してしまうと、後悔するかもしれない。というのも、台風が遠くにあったとしても波は高くなるからだ。このような、遠く離れた台風や低気圧による波は「うねり」と呼ばれている。

うねりは強い風によって発生する「風浪」とは少し波の性質が違う。風浪は波の周期が短く、波の形がとがっているが、うねりは波の周期が長く、波の形が丸い。うねりの見た目は一見たいしたことはなさそうだが、沿岸で急に波が高くなるため、波にさらわれる事故がよく発生する。その場所が晴れていても風が弱くても、うねりが発生する可能性があるので、油断は禁物なのである。

「気圧が〇hPaだから強い台風」ではない

台風は、発達するにつれて中心付近の気圧が下がる。雑談でよく「今度の台風は気圧が〇hPaだから強そうだよね」という話が出がちだが、それは厳密にいうと少し間違っている。

気象情報では「大型で強い台風〇号は」という形容詞で語られるが、この台風の大きさと強さには厳密な定義がある。大きさについては、風速15m/sの半径が500km以上800km未満だと「大型」の台風と呼ばれ、800km以上になると「超大型」と呼ばれる。超大型の台風は、本州がすっぽりと覆われるくらいの大きさである。

そして、強さについては、中心付近の最大風速が33m/s以上44m/s未満のものが「強い」台風、44m/s以上54m/s未満が「非常に強い」台風、54m/s以上が「猛烈な」台風と呼ばれる。

立ち上る積乱雲
立ち上る積乱雲。分厚い雲は地上にも影を広げる。(撮影:佐藤秀明)

では、中心付近の最大風速が33m/s未満の台風や、風速15m/sの半径が500km未満の台風にはどんな形容詞がつくのだろうか。答えは「何もつかない」である。実は、以前は「弱い台風」や「ごく小さい台風」などの形容詞も存在していた。しかし、こんな形容詞を耳にすると「たいした台風じゃないんだな」と油断したくなる。しかし、弱いと言われるような台風であっても災害リスクは決して低くはないし、そもそも台風のサイズと災害の発生しやすさはあまり関係ないため、防災上の観点から2000年以降は形容詞をつけないことにしたのだ。

少し話が脱線してしまったが、台風の強さの話に戻そう。台風の強さは何を基準にしているかというと、気圧の低さではなく、風の強さだということがわかる。実は気圧の数字自体は、さほど重要ではないのである。むしろ重要なのは、中心気圧が周囲と比べて「いかに急に下がっているか」なのだ。

台風が近づいているとき、天気図では台風は丸い等圧線がぐるぐると何重にもなっている形で表示される。台風によって、年輪のようにはっきりと1本1本の等圧線が確認できるものもあれば、中心付近は等圧線が重なりすぎて真っ黒に塗りつぶされているように見えるものもある。このように等圧線の間隔がとても狭いとき、すなわち狭い範囲で急に気圧が下がっているときほど強い風が吹く。だから、「〇hPa以下」の台風が強いのではなくて、中心に向かって急に気圧が下がり、強い風が吹く台風が要注意なのである。

さて、この台風の中心付近の気圧や風速というのは、どのように測定しているのだろうか。台風は大部分が海の上に存在する。しかし、海の上の観測手段はブイか船舶である。そして、船がわざわざ台風の近くまで行くのは危険である。

そこで、日本の気象庁では気象衛星の画像を元に、台風の中心気圧や中心付近の最大風速を推測している。台風の気象衛星画像を見ると、台風が発達するにつれてきれいな渦巻きになり、最盛期を迎えると中心に雲のない「目」ができる。こうやって台風が今どの程度まで発達しているのかを指数に割り当てて、その指数は過去の統計では中心気圧や最大風速がいくらくらいだったのかを参考にして、観測値を推定しているのだ。このような方法を「ドボラック法」という。しかし、ドボラック法には弱点があり、台風が急に発達する場合は推定しにくいし、台風の勢力が強くなるほど精度が悪くなる傾向がある。

そこで、数年前から航空機が台風の目の中に入り、中心付近でドロップゾンデと呼ばれる小型の観測器を落として直接観測しようという研究が始まった。現在では直接観測の実績を積み重ねているところだが、今後ノウハウが蓄積されていけば、航空機観測の重要性が認められて観測専用の航空機ができるかもしれない。そうなれば日本に向かう台風すべてが直接観測できるようになり、今よりも正確な観測値が取れて、精度の良い予報ができるようになるに違いない。

「温帯低気圧に変われば安心」のウソ

台風が北上すると、最後に温帯低気圧に変わることがある。このニュースを聞くと、思わず胸をなでおろす人もいることだろう。なんとなく「温帯」というやさしげな言葉の印象が安心感をもたらすと思うのだが、実は温帯低気圧になっても油断はできない。温帯低気圧になるということは、台風が弱まったという意味ではなく、台風の構造が変わったという意味だからである。

台風はもともと熱帯低気圧と呼ばれる低気圧の一種で、低気圧全体が熱い空気でできている。しかし、北上するにつれて北極からの冷たい空気と出会う。すると台風由来の熱い空気との境目に前線ができる。そして、天気図では真円の形がくずれて、三角形っぽいゆがんだ形になる。これが温帯低気圧に変わるということだ。台風が温帯低気圧化すると、前線付近で雨が再び強くなったり、強い風が吹く範囲が広がったりする。決して災害リスクが減るわけではないのだ。

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青空を仰ぐ向日葵。青と黄のコントラストが美しい。(撮影:佐藤秀明)

ちなみに、紛らわしいのだが、気象情報で「台風が熱帯低気圧に変わりました」と言われた場合は、「温帯低気圧に変わった」といわれたときとは状況が違う。台風はそもそも、中心付近の最大風速が約17m/s以上の熱帯低気圧のことを指すので、「熱帯低気圧になった」というのは、「中心付近の最大風速が約17m/s以下になった」という意味だからだ。ただし、まれに一度熱帯低気圧になったあとに、また台風として再発達することもある。また、そもそも風速17m/s以下といえども、風速15m/sなら時速換算すると60km/hになり、一般道を走る自動車並みの速さなので、風はやはり強い。しかも、雨が弱まるとは限らないため、安心とはいいがたい。

台風は晩夏から秋にかけての風物詩だ。ひとたび接近すれば暴風雨でさまざまな災害をもたらし、農作物にも被害を及ぼす厄介者だが、よいこともある。実は台風のおかげで海水がかき混ぜられ、水温が低下する。台風があまり来ないと、水温が上がりすぎてサンゴが白化してしまうのだ。そう考えると、台風は厄介であるとともに、生態系の保全には欠かせない存在であることがわかる。最近では、この台風を恵みに変えようとする動きもある。台風の風で無人の帆船を進ませて水中のスクリューを回し、電気を発生させようとする研究が進んでいるのだ。何事も地球全体で見れば無駄なもの、邪魔なものはないのである。

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