Web3.0は男の顔をしていない

Web3.0は男の顔をしていない

 

(写真:Normform / shutterstock

環境問題を解決したければ、我慢をさせない方がいい

ブロックチェーン技術の発展により、Web3.0の世界が開けるかもしれないと噂されている。プラットフォームを確立した組織が「総取り」をするWeb2.0の時代が終わるとき、社会や生活はどう変わるのだろうか。そのとき、私たちは何を選び取れば、自らが思い描く幸福に近づけるのだろう。
Modern Timesではまず「豊かな消費」がそのヒントになるのではないかと考えた。

Updated by The Unmanly Face of Web3.0 on September, 7, 2022, 5:00 am JST

従来の大量消費社会では、消費は生産のためにあったことが指摘されている。Web3.0という転換点においては、この消費の源を個人の手に取り戻すことができるかもしれない。
消費や感覚に関する研究を続けている久野愛氏と、「生産側」の事情をよく知る環境・モータージャーナリストの川端由美氏を招き、話をうかがった。

出演:環境・モータージャーナリスト 川端由美
   東京大学大学院情報学環准教授 久野愛
聞き手:Modern Times編集長 大川祥子

Webが転換するとき、産業界に変化は起きるのか

川端 自動車と環境に軸足をおいて、ジャーナリスト活動をしています、川端由美と申します。自動車雑誌の編集記者から独立したこともあって、自動車の記事を中心に書いているのですが、高校時代にテクノロジーと地球環境問題に興味を持っていて、最初はエンジニアになろうと思って、工学修士を修めました。大学生の頃にちょうどリオ・サミットが開催されて、地球環境問題について世界がようやく合意に向かう方向性が示されて、就職してまもなく京都議定書が発行されています。多感な時期に社会が大きく動くきっかけがあったこともあって、自動車に加えて、エネルギー問題やグローバルな地球環境問題に興味を持ち続けています。世界に目を向けて取材をすると同時に、国内では、国交省で自動運転やMaaSに関わる有識者委員や、デジタル庁の有識者委員などもしています。

久野 久野愛と申します。よろしくお願いします。お会いできて光栄です。今、私は東京大学の情報学環という大学院で教えていまして、専門は歴史学です。特に19世紀から現代までのアメリカ合衆国の歴史を今までやってきたのですけれども、その中で、私も技術を歴史的に見るところに興味があって。例えばある技術が出てきたときに、その機能や形が、経済や技術的なものや文化、政治的なもので決まってくる。それがいかに歴史の中で作られてきたのか、そしていかに変わってきて、人の普段の生活や考えにどう影響があったのかということに関心を持っています。直近では、食べ物の色──一気にミクロな感じになるんですけど、食べ物の色がいかにいろいろな要素で作られてきたのか、それを通して私たちの何を自然だと思うかとか、おいしそうだと思うかといった認識はどう変わってきたのか、というようなことを研究していました。
自動車産業は、私はほとんど見識がないのですが、実は自動車もこれから見たいというか、調査をしたいと思っていた産業です。自動車ってエンジン音であったり、ニューカースメル、つまり新車の匂いであったり、すごく感覚が重要な消費財だと思うんです。最も消費財と言っていいのかわからないですけれど……。そういったところも今後見られたらなと思っていたので、ぜひいろいろと教えていただきたいなと思っています。

川端 論文、一緒に書いてみたいなと思ってしまいました(笑)。先生がご指摘された分野はセンソリー・マーケティング=五感のマーケティングという分野ですね。この分野に取り組んでいる友人がいて、自動車メーカーの方と議論をした時期があって、私自身、大変興味を持っている分野です。

久野 やっぱりそうなんですね。

川端 自動車という製品そのものだけではなく、モーターショーの展示や、ノベルティなどまで、多岐に渡るテーマです。今日の対談のテーマと離れてしまうかもしれませんけど、先生とはそんなお話もしたいなと思います。

-- 今回の企画で何がやりかったかというと、Web3.0というのは実はきっかけにすぎなくて、多分、知識のある川端さんから突っ込みどころ満載の企画なんですが、ウェブが大きく転換するときに自分たちが何をしていきたいか、というのを考えるきっかけになればいいな思いまして。近現代は、実は生産によって消費をさせられていた、その論理にみんなが乗せられていたと考えられると思うんです。
大きな流れに乗せられていたところを、もう少し個人に視点を取り戻す方法がないかなと。そのためには、個人の感覚が重要なのではないか。そして消費や生産を考えるうえで、「車」は日本にとってすごく大きなポイントだと思うので、そこから突破口を探っていこうと考えた次第です。
ちなみに、Web3.0に関しては、中央集権を脱するというのは、まだ一つの理想でしかないと私としては思っているんですが、川端さんの認識はいかがですか。

Web3.0の流れと自動車──嗜好品から大量生産へ、そして民主化へ

川端 実は産業の民主化というのは、現在そこここで起こっています。実は自動車も20世紀に入ってフォードが大量生産するまでは、逆に言うと個人の限られた人のものだったんです。
自動車も、Webの進行と実はまったく一緒で、最初は貴族が暇つぶしに、華麗に、ぜいたくをして浪費するための文化の1つでした。例えば、現在でも、クラシックカーのコンクールとして継続している”コンコルソ・エレガンツァ”は、元々はヨーロッパの貴族たちが、年に一度、贅を尽くした自動車を仕立てて、その出来栄えを競い合う会だったんです。このコンクールは、現在まで長年続いてきた歴史のあるイベントで、今でもクラシックカーのコンクールだけではなく、新型のコンセプトカーを発表する場にもなっています。元を辿れば、自動車が嗜好品だった時代の文化が根強く残っている証拠でもあります。自動車は便利な乗り物であると同時に、いわゆる“ブランド”とされる嗜好品や贅沢品としての意味合いも残されている証拠です。

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T型フォード。大衆車として広く普及した。(写真:overcrew / shutterstock

面白いことに、自動車がヨーロッパからアメリカに渡った途端、大量生産・消費という20世紀型の資本主義経済に乗ることになります。短い期間で、効率よく、みんなが買える自動車を作ろう、それがフォード「T型」という量産車を生み出しました。自動車の工場と聞いて想像する、工場の量産ラインの原型は、実は、フォードが「T型」の生産にあたって考案したものです。
量産できるようになったことで、多くの人が自動車を買えるようになった結果、わずか数年の間に街の景色が変わりました。イノベーションを語る際の有名なたとえ話ですが、1900年に撮影されたニューヨークの五番街の写真では、馬車だらけの中に1台だけ自動車が走っていましたが、2013年に撮影した同じ場所の写真では、たくさんの自動車のなかに馬車が1台しか写っていません。自動車の量産で、馬車に関わる産業が淘汰されて、自動車産業が生まれ、さらに自動車が普及したことで社会の構造まで変えたんです。ただ、自動車産業はとても大きくて複雑なので、便利な移動手段という役割を持つと同時に、初期のころから有する「ブランド」としての価値も残っています。

自動車が資本主義に乗って以降、大資本による投資が自動車産業を動かしてきました。事実として、1台を開発するために3桁億円くらいかかりますが、なかには人気がなく、一代限りで終わる車もあります。そんなふうに、大きな資本によって、自動車産業は動かされてきた歴史があるのですが、ここに来て、テスラのようなスタートアップ企業が生まれてきたことで、勢力図が変化しつつあります。電動車になると、エンジン車の時代より、より手軽に自動車を生産できますし、インターネットにつながることで、自動車メーカー以外にも、モビリティ・サービスを提供するなどの周辺のビジネスも拡大します。21世紀型のモビリティ産業では、自動車の生産はもちろん、モビリティ・サービスの提供まで含めて、民主化していくと考えられています。

 参考:あなたは知っているか?「T型フォード」と「初代 iPhone」が転回したマーケティングの歴史(MarkeZine)

消費の傾向が巨大産業なので影響が大きいですけど、実はWeb3.0で言われているような話も、遅ればせながらハードウェアのほうもごそごそやっているな、というのが今のCASEとかMaaSとか言われている動きの中に入っているんです。
おっしゃっているところは全部の産業にすごい関わっていて、ただ、産業構造への影響が大きいからゆっくり進む分、そういったところがちょっと違うかなと思います。

-- 変化の早いWebは動きが見えやすいけれど、産業界にも同じことが起きていると。

川端 フィジカルなプラットフォームがあるって、けっこう大変なんですよ。豊田章男さんが「すごい人数を自動車産業で雇っています」って言うように、突然何かを大きく変えてしまったら「あの人の仕事どうするの?」っていうことが起きる。フィジカルなものがないWebの世界はエンジニアがバーッとつながって、世界中で新しいものを作ることができるので、やっぱり速度が速いんですね。デジタルの世界は変化の速度が早いぶん、法律や社会受容性の方が後で着いてくるという印象で、いったんインターネットのデジタルの世界は変更がなくて、枠組みが決まってしまうととにかく変化が速いよ、というのがWeb3.0の世界なんだと思います。

-- 日本経済はそのフィジカルな世界に依存をしているところがありますね。今現在はどういうふうに動いていくといい、と考えていらっしゃいますか。

コロナ禍によって日本からは見えなくなった欧州の変化

川端 コロナと重なったので、この2年半って日本があまり海外の情報を取れていないという状況が起きているんですが、実は2000年から変えるよといっていた話が今ガーッと動いてきているんです。
特に欧州の場合、法律の枠組みとかコンソーシアムみたいな枠組みを決めてからやるので、2018年、19年に決めたことが2022年からは一気に動き始めて、この2年はすごいことになっています。とても自動車の消費が高まっています。これは日本では「テスラに補助金が出ているから車が売れているんだ」という言い方をなされることが多いのですが、ヨーロッパでは、補助金はテスラにもフォルクスワーゲンにも同じだけ出ているわけです。そもそも、テスラは19年までに売っていた台数からそれほど多くは増えていない。一方で、フォルクスワーゲンは2020年※からEVを発売したにもかかわらず、いきなりテスラの2倍売っているんです。電動化だけで切り取ってみても、それだけ変わっているんですね。

※実際にはSOPは2019年11月末。その後にクリスマス休暇を挟んでいるため、本格的なデリバリーは2020年となり、統計は2020年となっている。

じゃあ、電動化だけで車がほんとに売れているの?というと、電気で走ろうがガソリンで走ろうが、ちゃんと走ってくれれば、普通の人にはどっちでもいいんですよ。関係ないんです。気にするとしたらちょっと充電が大変かなとか、近くにないな、くらいなんですね。では何がポイントになったかというと、実はコネクティッドカーになっているということなんです。車がつながって便利になったから、そういう商品魅力があるから、実はEVが売れている、というのが統計だと見えていないんです。急速に自動車がコネクティッドになったというのがEV化と重なって、利便性を高めているというところに目がいっていないけど、事実としてはそこにあります。急速に車がコネクティッドになって、地球環境問題もあるからEV化も一緒にやっていこうね、というのが今の流れですね。さらに、2023年には、フルコネクティッドの車も出てきます。2025〜2026年くらいになると、自動運転のレベル2、いわゆる高速道路のような自動車専用レーンでほぼ自動で運転してくれる機能はすでに市販車に搭載され始めていますが、それが標準化すると言われています。

コロナ禍で高級嗜好品が売れた

川端 実は、コロナ禍の間に車はすごい売れたんです。お出かけできなかったり、飲みにいけなかったりすると、お金が貯まるんですね。例えば日本のサラリーマンの部長さんクラスが部下におごったりするのを考えると、年間で数十万円の外食費が浮いている人も多いでしょう。実際、高級機械式時計や高級オーディオ、ギターやアンプなどの嗜好品は販売が好調です。半導体不足で生産台数は限られますが、自動車も高級車の販売が好調なんです。コロナ禍で大変な思いをされた方も多い反面、お勤め先によっては、減給にならない方もいらっしゃいます。収入が下がらずに、旅行や外食ができないことで、可処分所得に余裕がある人もいます。だから、世界中で嗜好品が売れているんです。

久野 電車とかバスとかで今まで通勤してきた人たちが、そういうのに乗るのがいやだから車を買っているというよりは、むしろ高級品として買うという?

川端 もちろん、実用的な意味もあると思います。在宅勤務が増えたことで、以前より、ご家族のために車を使うことが増えて、「買っていいよ」という環境になったことも、自動車の購買を加速しています。給付金が家族でまとまった方で、「頭金にした」なんていう話は、けっこう聞きますね。不謹慎ですけど、消費を進めるという意味では悪くなかったのかもしれません。

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ドバイの高級ブランド店。(写真:H.studio / shutterstock

久野 そうですね、一律10万円が支給されたときに感じたのは、もちろん生活支援として重要ではあったけれど、同時に、消費を中心にして政治とか経済を回していくというのはまさに消費社会の縮図かなと。国民とか市民がイコール消費者になって、その消費を活性化するための政策がなされると、それが消費をさらに活性化するというシステムがどんどん強固になっていくのを感じました。

川端 コロナ禍で在宅時間が増えたことで、身の回りのものについても、厳選された良いものを、数少なく持つという消費者心理が高まっています。ヨーロッパには元々あった考え方ですが、さらにその考え方が加速した印象です。車を乗り換える際に、古くなったから乗り換えるのではなく、ワンランク上の高級モデルだったり、SUVのように用途の広いモデルだったり、デジタルで機能のアップデートができるなど、より長く乗れる車を選ぶ傾向が高まっています。例えば、フォルクスワーゲン・グループは、ベントレー、ランボルギーニ、ポルシェ、アウディなどの高級車ブランドから、フォルクスワーゲンやセアトのようなエントリーモデルまでフルラインナップで、数多くのブランドを抱えています。そのなかでも、やはり高級車ブランドが大きな収益を挙げています。ベントレーは100年の歴史で一番売れた年とか、一番利益が出た年とかいうリリースがありました。
そういう中で、皆さん、高級志向──高級というか、高いものを買いたいとか、だぶついたお金を使って「買えるから買うぞ」というのではなくて、よく考えていいものを選ぼう、といった高級志向に行っているなという印象は受けます。

カーボンニュートラルと資本主義を徹底的に研究したテスラ

久野 さっきのお話にあった、テスラがなぜここまで業績が上がったのかについて一回お話をお伺いしたいなと思っていたんですけど。イーロン・マスク氏は、戦略的にすごくうまくやられているのだと思いますが、何が魅力なんでしょう。

川端 初めてイーロン・マスクさんに会ったのは、テスラの創業から7〜8年目の頃でした。当時はまだ、「ロードスター」というスポーツ・カーを限定2,500台で作っていた頃です。そんな少ない生産台数で、会社を何年も経営できるって、普通に考えるとおかしいですよね? 日本人の感覚だと特に、ものづくりの会社が全然、モノを作ってないのに、企業価値が高いって不思議に思ってしまう。それで、失礼ながら「なぜ、こんな物価の高いシリコンバレーで、2,500台しか車を生産してないのに、企業を何年も経営していられるんですか?」って率直に聞いたんです。そうしたら「資金調達ができて、資金がショートしなければ、会社は経営できるんだ」と、イーロン・マスクさんは言っていました。これぞ、資本主義ですよね。彼は事業のアイデアを持っていて、そこから経営戦略に落とし込んでいく能力が高い上に、投資家に説明して、巨額の投資をしてもらう能力がすごく高いんです。

彼のアイデアって、「来年、車が売れる」とかではなくて、「10年、15年先にモビリティがどうなるのか」とか、「車がつながったあとにどうなるか」ということを最初に考えて、そこに投資家が投資してくれているので、「会社は資金ショートしなければずっとやれる」という言い方をしていたんですけど、そのとおりなんですね。
彼のビジネスモデルの中では、車はモビリティサービスの一部です。車載の技術や自動運転とかも含めて考えている。iPhoneがただの電話ではなく、様々なものとつながったおかげでどんどん通信を使って便利なサービスが出てきたと思うんですが、車も移動しながらインターネットにつながることで、移動しながら便利なサービスを提供できるデバイスに変わっていくんです。イーロン・マスクさんは、実はそこまで見越して会社を作ったから、ずっと資金が入れてもらえています。

もう1つ、社会がカーボンニュートラルに向かうに当たって、自社で排出量を減らせない場合に、企業がカーボンクレジットを買う必要が出てきます。EVしか生産していないテスラは、カーボンクレジットを売ることができるため、大変有利な立場なんです。例えば、自動車の5%は必ずEVにしなければいけないというカリフォルニア州の法律があるのですが、無理に5%のEVを作って、残りの95%のガソリン車で利益を作るという構造が普通のカーメーカーなんですけど、テスラは100%EVだから、95%のEVのクレジットを他社に販売することができるのです。今それができるのはテスラだけなので、カーボンクレジットを購入したい企業に対して、テスラは言い値でクレジットを売れるんです。テスラにカーボンクレジットを売ってもらうことで、他のカーメーカーは罰金を回避してるんですね。テスラの黒字のうち、多くの金額をそうしたカーボンクレジットの販売で得ています。クラウドサービス前提の事業設計をしたのと、EVクレジットを売るカーボンニュートラルに向けた設計をしたという、この2点が他の自動車というか、ものづくりの会社と全然違うところなんです。

誰も我慢なんてしない

久野 なるほど。今、SDGsとかサステナビリティとか環境問題ということが言われていて、企業も表面的だったりパフォーマンス的にであったとしても、一応は興味を持っていることになっています。今、資本主義をまったくやめてしまうことはできないし、それが良い選択だとも思いませんが、その中で何かしらやっていかなければいけないとなったときに、テスラみたいにちょっと違うロジックで動かすことは、何かしら良い影響を及ぼしていくんでしょうか。とはいえ労働問題等々、テスラやマスク氏に対しては様々な問題も指摘されていて、手放しにポジティブな評価をすることはできないと思いますが。

川端 我慢する選択って、実は誰もしないんですね。人間って好きなことしかやらないし、楽しいことしかやらないし、結局、そっちじゃないと何倍速で進むってできないと思います。イーロン・マスクさんに最初に話を聞いたとき、自動車が好きとか、自動車メーカーの気概とか、そういうのが全然ないんです、彼。取り組みたいのが、宇宙などこれから先開発の余力があるかというところと、あと地球環境問題の解決。地球環境の問題については取り組みたいとかじゃないんです、解決と言っているんですよ。その話を聞いたのが10年以上前のことだから、当時は私自身も、イーロンさんの意図するところの半分くらいしか理解できていなかったと思います。当然といえば当然ですが、当時はまだ、カーボンニュートラルについて、世界中の企業がこれほど真剣に取り組むと理解できている人は少なかったし、大方のメディアも「時間軸が遠すぎて、事業として成立するかわからない。それなのに巨額の資金を集めて、資金がショートしたらやばいんじゃないか」と思っていたくらいです。ただ、イーロンさんはぶれない指標の持ち主で、彼自身が地球環境問題の解決を真剣に考える中で、モビリティの社会課題に取り組もうとした先に、生まれてきた事業アイデアがテスラの事業につながっている、ということなんだと思います。だから実際にイーロン・マスクさんの言っていることって、資本主義を逆に上手に利用しているように見えるけれども、資本主義をよく研究した上で、その社会の中で地球環境問題を解決しようと思ったら、これしかない、地球上だけで解決できなければ、宇宙、やるしかないよな、というのが、彼のすごいシンプルな事業計画の根底に通奏低音みたいに流れているんです。

テスラって、ほとんど自分のお金を使わずに工場を作っちゃうんです。例えばベルリンの工場とか上海の工場とかありますけど、あれもほとんど政府側の誘致です。今後の経済は、労働力の安いところでモノを作るというところから、カーボンの排出量の低いところでモノを作る方へと転換するんですね。資本主義のルールが変わるという宣言をみんながしているんです。日本はまだあまりそれに気づいていないので、労働力を下げて“ものづくり”的な話をしているんですけど、これからはカーボンの排出を下げないと、ものづくりができなくなるんです。ヨーロッパは、資本主義経済をよく研究して、ヨーロッパ流に書き換えているんです。
中国も、エネルギー産業も含めてめちゃくちゃカーボンニュートラルな産業を作ろうとしていますね。日本はエネルギーに関しては完全に置いていかれているくらいです。イーロン・マスクさんは、中国とヨーロッパをとれるならいいだろう、みたいな気持ちだと思うんです。そういったところを研究した上での事業モデルだと思いますね。

また、誘致されて雇用を作るのでほとんどの工場が、無料同然とは言わないですけど、かなり手頃に手に入れることができます。もちろん歓迎されているので、資金調達もしやすい。自分たちの手持ちのお金なんかほとんど出していないで工場を作っちゃっていると思いますよ。自動車工場って、何もないところから作ると、数千億円の投資が必要です。でも、テスラが初めて手に入れたフリーモント工場は、トヨタとGMの合弁会社が撤退した工場の跡地をそのまま活用して、工場内の機械も中古で購入しているんです。中国やドイツの工場も、地元政府から誘致されています。消費者側から見れば、自動車メーカーのEVは高価なのに、なぜ、テスラのEVは手頃なのか不思議に思うかもしれませんが、テスラのEVが安い理由は、補助金や誘致による税制優遇なども含めて、企業努力によってコストを下げているからなんです。

モラル頼みの日本に、明日はあるか

-- 補助金が出ること以外に、消費者がEVを選ぶ理由はあるんですか。

川端 今はもう、EVのデメリットがなくなってきているんです。1回の充電で400キロ以上走れるモデルが発売されていますし、充電スポットも増えてきています。電力需要を心配する人も多いと思いますが、ヨーロッパでは「ダイナミックプライシング」といって、需給バランスで電力価格を変える仕組みがあって、エネルギーのトレードが分単位でできます。例えば、電力消費の高い時間帯を避けてEVを充電することができれば、EVオーナーにとって手頃な電力で充電できる上に、インフラ側もグリッド負荷の高い時間帯に合わせてインフラを強化する必要が減って、投資も抑えられます。

例えば、ドイツでは再生可能エネルギーの比率が20%以上になっているので、風が吹いたり、太陽が照る時間帯の電力料金を下げたりすることで、EVに充電してくれる人が増えればグリッド側の負荷も下げられるという考え方で、電力供給網の整備を行っています。実は、自家用車の稼働率って、4〜5%に過ぎないんです。そんな長い時間止まっているなら、風が吹いて電力が安い時間に充電するようにタイマーセットをしておこうかな、という人が増えるように、アプリなどで情報を伝えればいいのです。また、アメリカでは、ガソリンスタンドが治安の悪いエリアにあることが多く、ガソリンスタンドに立ち寄るのは危険と思われている地域もあるので、自宅で寝ている間に充電できるというメリットもあります。

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地下駐車場における電気自動車の充電ステーション。(写真:Scharfsinn / shutterstock

そんな風に、EVへの転換についても、一定のユーザーメリットがあると考える人も増えています。電池の値段が下がると同時に性能も高まっており、以前はEVでは100キロしか走れませんでしたが、今は1回の充電で400キロくらい走れるモデルが増えています。なかには、600キロなんてモデルもあります。先日、京都まで行った際には、合計2回の休憩の際に、30分の急速充電をすれば、十分走り切れました。ランチタイムや休憩時に、スマホで30分のアラームをかけておいて見に行くだけだから、大変だとは思いませんでした。しかもガソリンが高騰しているので、電気代のほうが安いと感じます。ヨーロッパでは、エコカーは道路代が値引きになったり、旧市街に入る渋滞税が安かったりする施策で、EVやPHVの普及の後押しをしています。日本でも、EVやPHVなら高速代が安いといった「エコカー割引」を作れば、もっとたくさんの人が電動車を買うんじゃないでしょうか。

-- 脱炭素を頑張らなきゃとか、そういう思いというよりも、合理的な判断としてEVを選んでいると。

川端 人間って、実はわがままな生き物なんです。例えば、ドイツには「カンパニーカー制度」というものがあって、例えば、年収600万の人が300万の車を3年ローンで買うのに対して、年収を500万に下げて、年間100万円をカンパニーカーに充当して、3年間に渡って会社から車を借りることにして、節税できる制度があるんです。その場合、企業側が自動車の税金を納めることになるので、カンパニーカーにPHVやEVを採用すると、自動車税が半減できる制度もあります。当然、会社側はカンパニーカーのリストにEVやPHVをたくさん掲載しますよね。補助金でエコカーが安くなるから自分でエコカーを買うというやり方では、補助金による制限もあるし、中古でいくらになるかも気になって、なかなかEVやPHVのような新しい種類の車に手が出せないという人も多いはずです。ヨーロッパは、楽しく、うれしく、便利にエコカーに乗るという仕組み作りがうまいんです。これに対して、日本は、産業も頑張るけれど、同時に国民のモラルにも訴えて、個々人が努力してCO2を削減することも盛り込んでいます。国民のモラルが高いとも言えますが、欧米のようにエコなライフスタイルを選ぶ仕組み作りができた上に、国民が自然に乗れる方が、スムーズにカーボンニュートラルの動きが進むと思います。消費目線はもちろん必要なのですが、目に見える補助金だけではなくて、税優遇だったり、公共料金の制度など、制度設計の側が仕組み作りをすることが、とても大切なんです。産業界も含めた制度設計をした上で、それを政策で後押しすることが重要だと思います。

受容性の低い社会では、自動車は人より速く走れないに続く〉


出演者プロフィール
川端由美(かわばた・ゆみ)
自動車のエコロジーとテクノロジーを中心に追うジャーナリスト。環境分野では、エネルギー問題などに加えて、女性視点でのオーガニックなど。内閣官房・構成員、(道路交通ワーキンググループ・自動運転に係る制度整備大綱サブワーキンググループ構成員)、国交省・有識者委員(都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会(MaaS懇談会)ほか)、警察庁・有識者委員(第二種免許制度等の在り方に関する有識者会議ほか)、内閣府・構成員、環境省有識者委員、国土交通省独法評価委員会委員などを歴任。ローランド・ベルガー イノベーション・ダイレクター(現アドバイザー)、国内上場企業にてアドバイザー、国内・海外のスタートアップ企業にて、戦略イノベーション・アドバイザーなどを兼務。近著に、『日本車は生き残れるか』講談社刊がある。

久野愛(ひさの・あい)
東京大学大学院情報学環准教授。東京大学教養学部卒業、デラウエア大学歴史学研究科修了(PhD,歴史学)。ハーバードビジネススクールにてポスドク研究員、京都大学大学院経済学研究科にて講師を務めたのち、2021年4月より現職。専門は、感覚・感情史、ビジネスヒストリー、技術史。『Visualizing Taste: How Business Changed the Look of What You Eat』(ハーバード大学出版局 2019年)でハグリー・プライズおよび日本アメリカ学会清水博賞受賞。近著に『視覚化する味覚-食を彩る資本主義』(岩波新書 2021年)。

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