Web3.0は男の顔をしていない

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(写真:Normform / shutterstock

受容性の低い社会では、自動車は人より速く走れない

環境問題を解決したければ、我慢をさせない方がいい」に引き続き、消費や感覚に対する研究を続けている久野愛氏と、「生産側」の事情をよく知る環境・モータージャーナリストの川端由美氏に、これからの消費と生産を聞いていく。ここでは、新しい資本主義を捉えるために必要な考え方、ブランド信仰が生まれる背景などが示された。

出演:環境・モータージャーナリスト 川端由美
   東京大学大学院情報学環准教授 久野愛
聞き手:Modern Times編集長 大川祥子

Updated by The Unmanly Face of Web3.0 on September, 9, 2022, 5:00 am JST

日本とヨーロッパでは、「戦略」の意味がまるで違う

久野 大手の自動車会社が何年までにガソリン車をやめる、みたいなことを発表していると思うのですが、日本の外ではあれはそこまで非現実的な目標ではないということなんですか。

川端 外国の場合は「勝てるための戦略」なんですね。勝つか負けるしかないんです、経済も勝つか負けるか、なんです。事業戦略も勝つか負けるか、なので、やれる・やれないじゃなくて、勝つためにこれをやらなきゃ、という戦略を発表するんです。やれるかどうかはさておき、俺たちはこれをやるぞ、というのが、カーボンニュートラルの戦略というやつなんですね。

日本の企業が発表するときには、ちゃんとやれることを積み上げないと、株主とか消費者の皆さんに申し訳ないといって、真面目にやれることを発表するので、ちょっと保守的な内容になるんです。政策発表に近い企業の戦略発表を聞くと、完全に100%だとか言っているんですけど、よく見ると“市場が許せば”という言葉が入っていたりとか。あと面白いのが、学会に行くとエンジニアなのでやれることを発表するわけです。「エンジンがこのくらいは残る予定だから、代替燃料も研究しなきゃ」とか、「エンジンはもっと燃費良くしなきゃ」という発表もしているんですね。一方で海外のメーカーとか政府が言っているのは、あれは「うちの国」とか「うちの企業」が勝つための戦略で、やれるかやれないかはさておき、ということを言っているんですよ。

久野 なるほど(笑)。

川端 “戦略”という言葉の使い方がまったく違いますね。だから、あれはやりたいことを言っています。10年後に「ここまでやりました」。「ちょっと違うじゃないか」といっても「でも、あれは勝つための戦略なので、僕たちはここまで今やってきて、あと残りはこの差分があるので、修正して取り組んでいきます」みたいなことをたぶん言うとは思いますね。ただ、勝つために言っているので、かなり必死にやるから、やれることを言っているのよりは、やっぱり伸びますね。

「新しい資本主義」はとっくに始まっている

-- ヨーロッパではすでに新しい資本主義が始まっているという感じですね。

川端 2020年の終わりに、脱炭素支援のために菅政権は2兆円の基金を創設したんですね。2兆ってすごい金額だと感じると思うんですが、ほとんど同じ目的で、アメリカは200兆円を用意することになったんですね。2桁違います。名前は、雇用対策とか労働対策という名目なので違うのですが、内容はほとんど一緒です。グリーンディール的な感じ。
資本主義の燃料ってお金なので、最初のゴロゴロって転がすときの、摩擦が大きいタイミングで資金がいるんです。ルールが変わるので。そこに日本が2兆円、アメリカは200兆円。EUが全体で200兆円くらい入っていると言われています。
どこまで本気かというのを、戦略とお金で見せてくださいという話ですね。そうすると、やる人はやるじゃないですか、みたいな。「国民のモラルでやれと」言っているのと、枠組みを作ってお金というエネルギーを突っ込んであげて「国民、やってくれ」と言っているのとでは随分な違いがありますよね。

-- 大きくルールが変わるときに、人の感性みたいなものはどう変化するのでしょうか。

久野 けっこう時間差があるというか。政府の経済政策なり、消費を活発化させる政策をして、それが何かしら効果というか、影響が出るには時間差があって、数年先になることだってあると思うんですね。例えば最近の事例だと、SDGsとかサステナビリティとか、そういう言葉がテレビでもしょっちゅう言われているので、SDGsが何かを詳しく知らなくても、言葉は聞いたことがある、みたいな状況が広がっています。人ってけっこう自分勝手で、自分が不便になる消費の仕方って、よっぽどコミットしていないとしないと思うんです。例えば、自分は地球環境に貢献して絶対プラスチックを使わない、と思っている人以外は、現実的にプラスチックを生活の全てから排除することはほぼ不可能だと思うんです。だけど最近、スタバや他の飲食店などがプラスチックのストローをやめたりしているじゃないですか。あれが果たして環境にいいのかどうかは、それはそれでたぶんまたちょっと議論があるとは思うんですが、プラスチックじゃなくて紙のストローは環境にいいんだ、みたいなことがだんだん自分の生活に浸透していく中で、感性というか、そういうものに対する感度みたいなものが上がったり、今までの生活の見方が変わるのかもしれないですね。
それは、世代の差もあると思うし、住んでいる場所の差もたぶんあると思うし、経済的な収入だったりとか、そういうものでも違いは出てくるのかなと思います。でも社会を全体的に見ると、行き過ぎた大量消費はちょっとやめよう、みたいな雰囲気は広まっているような気もするんですね。そういうのも含め、なんとなく消費とか生産とかビジネスに対する多くの人の考え方・見方がちょっとずつ変わっているのかもしれません。それがルールによって変わったのか、すべてが相互作用的になんとなく違う方向に今動いていっているのかは曖昧なところだと思います。

ただ、今は基本的な社会の大きな土台の部分をかなり揺さぶられている状況で、ビジネスを含め、現状のあり方を見直す必要はあると思います。例えばSDGsだけでなく、DXもなんとなく言葉だけ先走って、本当にそれトランスフォーメーションなんですか、みたいなことってけっこうあると思うんです。
話が飛んじゃうんですが、DXとかSDGsとかで便利な社会とか豊かな社会を実現しようといったときに、その“便利”ってどういう意味なのかとか、誰にとって便利なのか、というところまでの議論がなかなか企業のレベルというか、特にビジネスの中でされていない気がしていて。根本的に何を解決したいのかや、それを解決することで誰にとってどんな影響があるのかなど、もう少し広く見る必要があるのかなと思っています。

「そこらじゅうに溢れているモビリティを使っていいのでは?」という発想が大事

川端 先生のおっしゃっていることって、日本企業にとっての大きな課題を2つ指していると思うんです。1つはエコノミクスの考え方が実は変わっていく、というのが捉えられていないのですね。20世紀型の大量生産、大量消費が未だに継続していると思われている節がある。
アメリカでは、サーキュラーエコノミーを解く本が2016年くらいに出ています。サーキュラーエコノミーの考え方は、世の中は実はもう資源にあふれているという考え方に変えなければいけないよね、と言っているのですね。6年も経っているんですけど、最近、日本語の本がまたけっこう売れているらしくて。その考え方に基づいて例えば自動車を考えると、世の中はモビリティにあふれているんです。車って95%停まっているので、自分の車でなくていいのであれば、駐車場にいっぱい車があるんですよ。なのに車が必要で、買って持っているわけじゃないですか。じゃ、人の財産なんだけど、これってモビリティにあふれているから使ってよくなるんじゃない、みたいなことを考えていかなければいけない。

ファッションとかも、全然着れるのに、2、3年着ていると古くさい感じがする、とかいう感覚を植えつけられることで、毎シーズンごとに買うみたいなのがずっときましたよね。ファッションって、実は捨てることがファッションを押してきたのだと思うんですけど、それをアップサイクルに持ってくるという、アップサイクルエコノミーの考え方に、消費者が先に変わるべきなのか、供給者が変わるべきなのか、ここはたぶんニワトリ、タマゴになっちゃうんですけど、供給者が変わるというのをやり始めたのがヨーロッパなんですね。
日本も本当はそうやって供給者が変わっていかなければいけないのだろうけど。日本は今、バブルの一番いいときを経験した人たちが、意思決定の場に今いるんです。世代的に。
全員が悪いと言っているんじゃないんですけど、たとえ気の利いた人が1人いても、日本って役員の数がいっぱいいるから、多数決で1人くらい、いい人がいても負けちゃうんですよ。日本って役員と言われる人が60人くらいいるんですね。だからそう簡単に変わらないよね、というのが現状です。ヨーロッパだと大きい会社でも10人くらいのボードメンバーで決めちゃっているんです。

もう一つのデジタル化に関しては、DXなんておこがましくて、Xなんかない。“D”でまだ止まっているんです。業務のデジタル効率化というところをやりましょう、書類を電子化しましょう、みたいな。デジタライゼーション(Digitalization)とデジタイゼーション(Digitization)、業務のデジタル化のその2点のところで、けっこうDXって呼んじゃっているんですね。Xはtransformationだから、「デジタルを使って事業とか産業構造のあり方をちゃんと最適化していこう、デジタルに」ということなので、従来の業務プロセスのどこかをデジタル化したって、ぜんぜん追いつかないんです。
それをちゃんとやれていないから「書類が電子化されて、会議をオンラインでやっているからいいんじゃない」みたいなのが、日本のただいまのところですね。

「馬なし馬車」と呼ばれていたころ、自動車は人より速く走ってはいけなかった

久野 変えていくにはどうしたらいいんでしょう。

川端 社会受容性を上げるしかないですよね。たぶんそこは先生のご専門で、社会の受容が変わるには時差があるということだと思うんです。
これは外国も一緒で、今、自動運転とかEVとか電動化と言っていますけど、120年くらい前に馬車から自動車に変わったときのことが参考になると思うんです。世界で一番古いモーターショーは、パリで開催された「馬なし馬車のショー」という名前だったんです。自動車は「馬なし馬車」と呼ばれていて、フランスが当時、自動車先進国で、イギリスはどっちかというと輸入国で、イギリスはちょっと大陸から遅れていたみたいな時があるんですね。そのときにイギリス人が輸入された馬なし馬車を見て、「馬や御者がびっくりすると大変だ」というので作った法律があって、「赤旗法」というすごい法律を作って、馬と御者がびっくりするといけないので、赤い旗を振るか、ランタンを持った人間が馬車の前を歩かないと車は走れない、という法律があったんですよ。ということは、人間の歩く速度以上に自動車が速く走れないという法律なんです。従来の馬車のプラットフォームで社会を守るために、自動車がゆっくりしか走れない、赤い旗を持った人間の後ろしか走れないという法律を作って、2年くらいやっていたんです、それ。

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ブロードウェイを走る消防の馬車。1910〜1915年頃。(写真:Everett Collection / shutterstock

今だと笑ってしまうとと思うんですけど、当時はもうガチですよね。社会受容性が高まるまでのこの2年間って、赤い旗を振った人が車の前を案内して、馬車がヒヒーンというのとすれ違っていたというのが本当にあったんです。イギリスで。これはまさに、社会受容性が上がっていなかったからでしょうね。社会受容性を上げるためには、さっきおっしゃったようにみんながメディアとかを通して知るということが1つ大事なのと、あとはもちろん「教育」ですね。教育って、10年くらいで一番成果が上がるわかりやすい政策なので。そういった意味では若い世代にアップサイクルエコノミーだったり、サーキュラーエコノミーだったりということを受容していくような教育をしていくことで、今、例えば17歳の子たちが10年後は親になって、家庭の中で子どもに教えているかもしれないんですね、というところをターゲッティングしていったほうが早いじゃないかなとは思います。バブルの時代で固まってしまっている意識を改革していくよりは、17歳の子が次に自分たちの子どもたちに教えることを見越した教育をやるというのは、すごい効果があると思うんです。
長期の政策が打てるのって国だけです。企業なんてもう四半世紀なんて全然いえなくて、四半期で動かなきゃいけないという感じだから、国は10年、20年の政策を打てるから、そういうのは1つやるべきなのかなというふうに思いますね。

ルールが変わるときはチャンスだらけ

-- 今大きい資本にのっていない人、消費者側もそうですけど、そこにチャンスはあるんですか。

川端 いっぱいありますよ。ルールが変わるときって、チャンスだらけ。けっこう、みんな気づいたり考えたりしているんです。同じ時期に人間がこれだけいると、例えば、イーロン・マスクさんほどすごい人がいる──あれはちょっと特殊、将来が見えているみたいな人は。でも、その次くらいのちょっとした起業家なんて、みんな同じことを考えているんです。誰が始めたかの差ですよ。
今、事業モデルとか一生懸命考えて、気の利いた仲間がいたら始めちゃう、というのがすごいチャンスですよ。時間のある学生なんか、どんどんやったほうがいい。ホワイト企業で5時に帰れるんだったら、どんどんやったほうがいい。

-- 変革期みたいなのって、似たような事業がバーッと一緒に出てくる感覚があります。

川端 例えば、第一次大戦後にドイツに自動車メーカーって200社あったんです。それで、大戦のときに産業が育成されるじゃないですか、戦争で車とかバイクをいっぱい使ったりとか、飛行機会社が車も作ったりとかいろいろして。だけど第二次大戦が終わって、いろいろうまくいかなくなったりすると、買収やなんかが当然進む。その結果、今、ドイツのカーメーカーは4社なんです。そういうことって他の産業でもありそうな気はしますね。お菓子が急にメーカーが増えたけど、結局、ナショナルブランドだけが残ったみたいなことがありそうですね。

久野 そうですね、食品産業もけっこう多いし、あと化学産業も集約化というか。

川端 統合されてきていますね。

宗教的ブレーキが少ない日本は、バイオの研究が進んでいる

久野 経営の効率化とか、お金があるところが生き残るという活動が今までずっと続いてきている状況なのかもしれないですけど、これからは新しい価値づくりみたいなものが出るのかもしれないですね。「イノベーション」も「価値」も、ビジネス界でよく言われていることですが、本当はより深い議論が必要なのかなとも思っています。
昔からある大手の企業に就職して、一生勤め上げるというモデルや経済の回し方と、今を生きる人の生き方や働き方への考え方がけっこう違ってきているので。

川端 バイオとかは、日本はけっこうすごいんですね。理由は2つあって、1つはiPS細胞をこんな簡単にいじれる法律の国が他にないんです。さすが京都大学!みたいな感じなんですけど、たぶん、あそこが先進的なおかげで法律上規制があまりない。京都大学にiPS細胞の大きな研究者のプラットフォームがあるおかげで、先進的な取り組みができるんです。
もう1つは、宗教的に細胞をいじることに対して、どこから生命だ、みたいな議論をせずに済んでいるんですね。

あともう1つ面白いのが、ウェットの実験するような施設がないとバイオベンチャーっていろいろな実験ができないんですけど、日本ってウェットラボを時間単位で借りられたりするんです。そうすると、スタートアップの人がたいして施設の投資ができないという段階に、研究者がまずいて、iPS細胞をいじってよしとなっていて、ウェットのラボを時間単位で借りられる、というとやりやすいじゃないですか。
だから日本はiPS細胞を使ったバイオベンチャーというのがけっこういっぱいいるんです。逆に言うと、成長していくときに、最後は認証というので時間がすごいかかるから、大手にそれを買ってもらうという形で。あまりユニコーンになったりして騒がれたりしないので話題にはなっていないですけど、実は日本はiPS細胞系のバイオベンチャーは世界でも強みがあります。

あと、メッセンジャーRNAを使った創薬というのも、日本は異常値にすごいんです。これもiPS細胞を使うことでメッセンジャーRNAの創薬って進むので、そういうプラットフォームがあるという副次的な部分で創薬ツールという分野がけっこう日本が強かったりするのは、まったく同じ理由なんです。
今の日本を分解すると、法整備のところとハードウェアというか、設備投資をしないで時間単位でサブスクで何か借りられるような設備があるというところと、あと人材が要るという、この3つがあるとけっこうスタートアップって出てくるんです。

それがいくつかの分野で本当は育成できると、日本の強みになるのかなという気はしますね。アメリカなんか、それが例えばシリコンバレーあたりだと、IT人材が死ぬほどいて、ITだとけっこう法律のぎりぎりのグレーのところを攻めていくみたいな法律家がたくさんカリフォルニアにはいて、それで資金調達ができるから、ワーッと生まれた、みたいな感じで。イスラエルにいくと軍事的なセキュリティが高いから、セキュリティ系のベンチャーが死ぬほどいるというのが、けっこう地域性がやっぱりあるんですね、ベンチャー企業にも。なので、そこら辺がきっと鍵になるのかなと思って見ているんです。

消費者が、今、世界に点在しちゃっているんじゃないですか。日本の消費者だけじゃないですね。きっとここも先生のご専門だと思うんですけど、日本の企業だからといって、消費者を日本だけにターゲッティングしていないじゃないですか。それが「重なる」のかけ算になると、新しい産業ってやっぱり生まれてきているし、生まれるんじゃないかなと思うんですね。

便利さはほしい。けれど、人は色や手触りにこだわって金を出す

久野 そうなんです。具体的に今思いつかないんですけど、なんとなく見ていて、日本の企業って、全部が全部じゃないんですけど、もちろんグローバル市場を見ている会社とか、それを見越して戦略を立てたりとか、商品やサービスを提供しているところってたくさんあると思うんですけど、まだドメスティックというか。ITサービスなんかは日本人ばかりをターゲットにしていると、これだけいろいろな情報が世界から入ってくる中では取り残されるのなと……。
ただ、消費者の側を見たときに最近よく思うのが、グローバル企業がいろいろな国でモノを売っている中で、私たち消費者は国や地域を超えて同じようなものを求めるようになっているのだろうか、ということをちょっと考えています。かつてはグローバル企業が商品をローカライズして、例えば食品産業だったら、それぞれの国で好まれる味とか風味に合わせて商品を変えて販売しないとなかなか現地では売れない、ということが言われていたと思うんです。もちろん、そういうローカライズは今でもされているとは思うんですけど、そういうものが果たして変わってきているのかどうか、と。さまざまな局面でグローバリゼーションが進む中で、いろんな国の消費者の嗜好などが世界中である程度画一化されてきているのか、もしくは逆に多様化しているのか。

川端 なんか、二極化していますよね。ウェブサービスみたいなものとかアプリのサービスって、どこでも一緒というか、利便性を追求するものはたぶんどこでも便利なものが喜ばれるんですけど、逆に言うと、嗜好品に近いところはもっと個別最適化という、すごい極端じゃないかと思うんです。

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中国江西省にある工場の電気製品組み立てライン。(写真:humphery / shutterstock

残念なことに、ものづくりって、ここにあるものって個別最適なんですね。だから、ヨーロッパはインダストリー4.0を提唱して多品種少量生産ができました。実は日本はブルーカラーの質が高いのでその前からできちゃっていたんですけど、ヨーロッパは移民をかなり受け入れた関係で、ブルーカラーの教育が課題でした。教育レベルがそこまで高くないブルーカラーの人でも多品種少量生産に対応できるようにシステムを入れようというのがインダストリー4.0だったので、ものづくりはどうしても寄り添うというか、個別の好みにもっと寄り添うほうにいくんです。そうすると効率が悪くなるので、開発の仕方を変えなきゃな、みたいなのを中国がやったのが深圳でものづくりのレイヤーをミルフィーユみたいに薄くスライスして、工程ごとを安くしちゃって、最後のデザインとかマーケティングだけ、おしゃれなのをやって、個別最適しようよ、みたいなやり方。それでものづくりのスタートアップが出てきたんです。

……というふうにいろいろ二極化していますね。サービスはグローバルで通用するのだろうと思うんです。というのは、どこに行っても何を便利に感じるかは大体一緒かなと思うんですけど、モノにはやっぱり嗜好が出ます。この手ざわりがいいだの、色がこっちがいいとか。ここのところに価値に、けっこう人はお金を払うんですよね。

日本人が愛してやまない、ローカライズされた海外ブランド

久野 そうだと思います。それは2つある気がして、1つは、最近は変わってきているかもしれませんが、日本ってアメリカ信仰みたいなのがある気がするんですね、かつて“アメカジ”みたいな言葉が流行ったりとか。そういうアメリカ的なものとかにけっこう日本人、弱い気がして。

川端 舶来品に弱いからね(笑)。

久野 そういうものが日本に入ってきたときは、日本向けにたぶんアジャストされていないほうがおそらく日本ではウケるけれども、一方で、例えば日用品的なものであったり、ふだんの生活の中で食べるものとかは日本の好みとかに合わせてローカライズされていないとなかなか受け入れられないみたいな……。外国とか異国的なものであるから売れるというのと、そうではなくてもうちょっとなじみがあるものという2つのマーケットがあるというか、それもグローバル化されていく中で、二極化というか、だんだん分かれていったのかなと思います。

川端 あれ、不思議ですよね、日本だけでしか売っていない欧米ブランドってけっこうあるんですね。

久野 ありますね。

川端 本国にブランドがないものすらあるんですよ。日本の商社がイタリアとかの少量生産を見つけてきて、現地でデザインもしてイタリア製なんだけど、日本だけで人気がある、というのがけっこうあるんですよ。
ダイソンなんかも日本が圧倒的に人気なんですね。ダイソンもグローバルブランドではあるんですけど、日本での人気が突出しているブランドなんです。バッグだと本国にはそのブランドがないなんてこともあります。日本の商社が作ったブランドだから。だけど日本人がイタリアに買いに行っちゃうので、しようがないから日本の商社がイタリアに出店しているとかもあるんです。

久野 逆輸入?

川端 そうそう、ミラノのカッコいいところにあったりするんだけど、あれは実は日本の開発した商社が日本人がけっこう買いに行っちゃうから作っておこうか、みたいなのもあって、品質に何の問題もないし、ブランディング上、すごく成功していると思うんですけど、たぶん舶来に弱いところをうまくついたマーケティングをやってます。日本にしかない欧米ブランドってけっこうあるんですね。あれ、たぶん日本の特徴ですね。

久野 ブランドっていえば日本でヴィトンがすごく流行るというか、一時期かなりの女性がヴィトンのお財布とバッグを持っていた、みたいなときがありましたよね。

川端 男性のファッションのバレンシアガとかけっこうそうですよね。日本ならではの流行だったり、あとHUGO BOSSさんとかも日本フィットというのは全然別に作っているんです、品質がすごい高いんです、日本向けだけ。値段も、日本って革製品の輸入関税が高い関係で、本国と比べても高くなっちゃう分、品質を上げているのだと思うんですけど、HUGO BOSSの本社の工場の横にあるアウトレットって、本社で作っているものを全部アウトレットで出しているんですけど、そこに行くと日本向けに、輸出用の日本のタグがついているジャパンフィットのやつが、ちゃんとカテゴリーとしてある。それくらい、日本って、本国がちゃんと開発しても、日本フィットは全部作っているんだなと思います。ヨーロッパのものを入れても、実はそのまま売れていなくて、そのブラントが日本にけっこう個別最適したりとか。まあ、標準の体型も違いますし、アジアフィットみたいなものがありますね。リーバイスとかもたしかアジアフィット、作っていますね。

戦争に負けてクラスが崩壊したから、誰もがブランド品を買えるようになった

久野 海外のブランドだと思っているからすごくカッコイイと思っているのに、それは日本に向けて変えられているという……。
そのブランド信仰みたいなのって、ずっと長くあると思うんですけど、今はそういうのがすごく多様化していて、むしろ、こういうブランドよりは本当に自分が好きな、例えばすごい小さいお店のものだったりという嗜好の人たちもたぶん出てきているとは思うんですけど、ブランド信仰みたいなのって、まだまだこれから続くんですかね。

川端 たぶん、classlessの社会のほうがブランド信仰があるんですよ。ヨーロッパって、お金をもし持っていても庶民がトラディショナルなブランドを持つって、ないんですね。私は普通の人だから、あんな貴族的な人が持っているものを持たないわ、という感じなんです。例えば30万円のバッグとか、そういうものを30万円あるから買っていいものじゃないんですよね。パリのヴァンドーム広場に行って、宝石を売っているお店とかに行くとするじゃないですか、そうすると入り口に立っている人が何を見るかというと、例えばネクタイとか靴とか時計とか、身につけるものが総合的にその人として、そのクラスかなというのを見ているらしいんです。
このクラスというのはけっこう明確にあって、ちょっと勉強したり、稼いだからって超えられない、三途の川の向こうくらい遠いんですね。そうすると、高いものをブランドだから無理に憧れて買うという、その“憧れ”すらない。あの人たちが持っているもの、私とは関係ない、みたいな感じになっちゃっているんです。クラスのある社会は、特にヨーロッパの場合は戦争で負けていないので、昔のクラスが残っているんです、いいか悪いか別として。

逆にドイツはちょっとブランド信仰があるんです、社会がガラッと変わっているので。戦争で負けて学歴社会になったから、一生懸命勉強したら、いろいろないいものを買っていい、みたいになっているんです。日本と近いのはそういうところ。アメリカは歴史が新しくて、プロダクトだけでものを見ていい国だから、お金を持ったら高いものを買うぞ、みたいな。クラスがないから、自分がクラスを作るんです。稼いだお金で貴族が持っているようなものを買っていくんだとか、それは高いからいいものだ、みたいな感じで買っていける。日本もたぶん戦後、クラスがないじゃないですか。庄屋さんみたいな人っているけど、それほどいないですよね。そうすると、若い女の子がお給料を貯めてブランド品を買っていい、というのは、やっぱり一回、社会が変わったからなのではないかと思います。

たぶん、ルイ・ヴィトンが一番そこを上手にやりましたね。ブランドの民主化みたいなものをやったので。もし、ルイ・ヴィトンの人が聞いたら怒るかもしないけど、民主化したブランドとしては初めてですね。日本人向けに、日本人の日本語ができる人をちゃんとお店に立てたりしたのも、たしかパリで初めてだと思いますよ。アジアは儲かるな、ブランド信仰の国は、みたいなのがそこら辺でわかっちゃうと思うんですけど(笑)。
あらゆるところがアジアンフィット出してきてとか。そういうところとかは、前よりもアジアに向けて、市場が大きいからブランドも一生懸命考えていますね。たぶんクラスがないほうがブランドは強いんじゃないかなと。

久野 そうですね、それはまさに。

「ものづくりって儲かるんです。標準化をお客さんに押しつけられれば」に続く〉

出演者プロフィール
川端由美(かわばた・ゆみ)
自動車のエコロジーとテクノロジーを中心に追うジャーナリスト。環境分野では、エネルギー問題などに加えて、女性視点でのオーガニックなど。内閣官房・構成員、(道路交通ワーキンググループ・自動運転に係る制度整備大綱サブワーキンググループ構成員)、国交省・有識者委員(都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会(MaaS懇談会)ほか)、警察庁・有識者委員(第二種免許制度等の在り方に関する有識者会議ほか)、内閣府・構成員、環境省有識者委員、国土交通省独法評価委員会委員などを歴任。ローランド・ベルガー イノベーション・ダイレクター(現アドバイザー)、国内上場企業にてアドバイザー、国内・海外のスタートアップ企業にて、戦略イノベーション・アドバイザーなどを兼務。近著に、『日本車は生き残れるか』講談社刊がある。

久野愛(ひさの・あい)
東京大学大学院情報学環准教授。東京大学教養学部卒業、デラウエア大学歴史学研究科修了(PhD,歴史学)。ハーバードビジネススクールにてポスドク研究員、京都大学大学院経済学研究科にて講師を務めたのち、2021年4月より現職。専門は、感覚・感情史、ビジネスヒストリー、技術史。『Visualizing Taste: How Business Changed the Look of What You Eat』(ハーバード大学出版局 2019年)でハグリー・プライズおよび日本アメリカ学会清水博賞受賞。近著に『視覚化する味覚-食を彩る資本主義』(岩波新書 2021年)。

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