Web3.0は男の顔をしていない

Web3.0は男の顔をしていない

(写真:Normform / shutterstock

ものづくりって儲かるんです。標準化をお客さんに押しつけられれば

環境問題を解決したければ、我慢をさせない方がいい」「受容性の低い社会では、自動車は人より速く走れない」に引き続き、消費や感覚に対する研究を続けている久野愛氏と、「生産側」の事情をよく知る環境・モータージャーナリストの川端由美氏にこれからの消費と生産を聞いていく。ここでは、「嗜好品」から人々の消費の動向を読み解いていく。

出演:環境・モータージャーナリスト 川端由美
   東京大学大学院情報学環准教授 久野愛
聞き手:Modern Times編集長 大川祥子

Updated by The Unmanly Face of Web3.0 on September, 14, 2022, 5:00 am JST

ステータスを示すものだった嗜好は、個別最適化へと向かう

-- 資本主義が変わっていく中で、周回遅れ状態の日本がいつか逆転するというか、追いつくためには何が必要なんでしょうか。10年後を見据えた教育というのが先ほど解決策としておっしゃっていましたが、大きい資本には優秀な頭脳がどんどん入っていくので、そこに論理的なところでいくのはかなり厳しいんじゃないかなと思っていて、一足飛びに行く中で何か感性や感覚を活かしていく、という方法がないかなというのをぼんやり考えているんですけど、そのときには、ある程度、嗜好品みたいなのもヒントになっていくのでしょうか。嗜好品というのは、どうやって選ばれるんでしょう。嗜好品はなぜ高級でないと駄目なのでしょうか。

久野 嗜好品をどう定義するかにもよると思うんですけど、よく言われるお酒とかコーヒーとか煙草というものって、まさに資本主義の賜物というか、かつて奴隷労働で作られていたものであったりとか、今でもコーヒーとかチョコレートとか、中南米やアフリカで栽培されたものが、今はもうちょっとサステナブルにという動きもありますけど──かつては労働搾取されて作られたものがヨーロッパや日本などに運ばれて、それが消費されるみたいな形で嗜好品になっていくという構図で生まれてきたものが、けっこう多い気がするんです。そういう意味で、嗜好品を指向するという消費者自身も、ある意味、ステータスを表示したいとか、自己満足であったり──自分が好きだからというのももちろんあるとは思うんですけど、ある意味、ステータスとかパフォーマンスだったりをするというところと、それを下支えしているのが労働力であったり、いろいろな資本であったりという意味で、さまざまな力関係が働く中で作られてきているものなのかなと。
今はもっといろいろなものが手に入るようになっているし、嗜好の多様化みたいなものが起こっている気もするので、一概にはそう言えないとは思うんですけど、俗に嗜好品と言われるものは、そういう傾向が強いのかなと思います。

川端 コーヒーはまさにそういう感じですよね。私、いっときコーヒームックを書いたことがあって、めちゃくちゃコーヒーの取材をするという羽目になったんですけど。コーヒーは何度か波が訪れているんです。ファーストウェーブは50年代にアメリカで庶民も嗜好品が手に入るようになって、コーヒーをみんなが飲むようになったことでやってきました。それからスターバックスがセカンドウェーブなんですね、コーヒーをおしゃれにくつろいで飲むとか、ちょっとこだわりを持って飲むという流れ。サードウェーブになるとシングルオリジンとか、さっき言っていたサステナビリティを考えて、調達から見ていって、しかも味を一つひとつ個別に見ていくみたいなやり方ですね。産業と似ていると思うんですけど、その次にフォースウェーブになっていって……。

久野 フォースウェーブももう出ているんですか。

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コーヒー豆を選別するアフリカの労働者たち。(写真:Yaroslav Astakhov / shutterstock

川端 要はもっと個別最適化ですね。生豆を選んで、自分で焙煎するのがいてもいいし、自分で手淹れしていくというのもフォースウェーブの1つで、要は宅飲みコーヒーみたいなのがたぶんフォースウェーブなんですけど、“嗜好”ということの変化というのがきっとそこにあるんですね。
栄養になるものを食べるというところが最低限あると思うんですけど、栄養じゃないけどコーヒーを飲んで、気分が明るくなったとか、楽しいなというのがファーストウェーブの嗜好じゃないですか。セカンドウェーブは、そのコーヒーの飲み方とかにこだわって、ゆったりできるところで素敵に飲む、みたいなのがあって、牛乳と合わせて飲むとかもそうだと思うんです。サードウェーブになると、さらにそれがオリジナルにこだわってとか、流通にこだわってとかになり、というのは、嗜好の変化でもありますね、“嗜好”という言葉に含まれることの。

久野 まさに嗜好品という、その商品だけじゃなくて、それを取り巻くすべての感性みたいな、それを消費する体験──嗜好体験みたいなものを全部含めてになっていますね。

川端 コーヒーなんか、完全にジャーニーな商品になっていますね、最近は。コーヒーは、最初が嗜好品だから嗜好の最先端みたいな感じですね。チョコレートもちょっとそういうところがありますね、今。

久野 そうですね。チョコレートも、今はカカオにこだわったものとかいっぱい出ている。昔は、高級チョコといったらゴディバみたいな。

川端 そうそう、あれがたぶんスタバと近いですね、コーヒーで言うところのね。今、たぶんDari Kとか、ダンデライオン・チョコレートみたいなのが、カカオのオリジンまでこだわってみたいなのがあって、あとチョコレートもそこでオンサイトで作ったりとか、そういうふうになってきているので、たぶん、あそこら辺のもともとがは嗜好の最先端なんですね、きっと。
車も、もともとが嗜好品だったところがあるので、利便性のところで21世紀に発展したけど、この先、もっと嗜好に寄る気がしますけどね。好きなものしか乗らない、みたいな人とか、サブスクで乗るんだったら、好きなものをちょいちょい選んで乗り換えようよ、みたいなのが出てくるはずですよ。かなり嗜好の色が強いです。

どんな車も箱根に上れるようになった今、自動車はスニーカー化する

久野 そうなると、けっこう車のデザインとか、ちょっとこだわった、少しマニアックな乗り心地みたいなところの開発が進んだりしますか。

川端 車って、もう普通に良くなっているんです。技術が発展して。そうすると、じゃ、その中でAKB48と一緒で、人気投票的に「俺はこの子」みたいなのと一緒で、車も「私はこれ」「僕はこれ」っていうふうに嗜好が細分化するんです。駄目な車なんかないんですよ。昔は箱根を走れない車とかあったらしいんですけど、今はみんな普通に箱根に上れるし、軽自動車で高速に乗れるしという中で、そうしたら、あとはもう好みじゃないですか。
そうしたら、例えばですけど、Apple CarとかNIKEカーに乗りたいという話になるじゃないですか。デザインとマーケティングしか勝たん、みたいになるんですよ、たぶん。むしろ、ものづくりのところはきちんと作ってね、という、ODMって言われるんですけど、設計とものづくりだけやるというところにマーケティングとデザインだけ得意な会社が発注したっていい、という時代がたぶん来るんですよ。SONYカーとかNIKEカーのほうが乗りたい人、いると思うもの、若い人で。

久野 そうですね。

川端 車好きで、サスペンション形式が何とかで、とか言っている人以外、カッコいいからアディダスにしようかなとか、そんな話になりますよね。車って、スニーカーと一緒じゃん、みたいな。だから、マーケティングとデザインって圧倒的に重要になると思いますね、今以上だと思います。

久野 それで成功した、比較的新しいものがAppleとかだったんですかね?

川端 たぶん、Appleって、技術力で言うと熟成時期に入るものをちゃんと使って、設計だけは自分たちでやるけど、作るのは台湾に発注するとかってなっているじゃないですか、ファブレスで作る。今、家電は、日本はけっこうそうなっているんです。しゃれている家電って、みんな設計だけやって、あとは例えば深圳の中で金型とか中国で作れる会社がある、選んだ金型でここで製造してもらうとか、基板はここでとか、細分化されて機能が深圳あたりにあるので。バルミューダさんとかはけっこうそうですね。デザイナーの人がトップにいて、コンセプトをちゃんと作って、デザインがカッコよくて、ものづくりのところが……。
例えば逆に言うと、パナソニックって、テレビを作るとなったら、テレビの部品一個から社内で作れるんですね。ああいう会社に対して、全部の部品を持っているわけではないんだけれども、設計とコンセプトがちゃんとできてデザインがいいというところがやっぱり売れるじゃないですか。バルミューダとかって、ちょっと高いけど、買う人いますよね。

久野 売れますね。

デザインとは見た目だけを良くするものではない

川端 どんな製品でも、何万台単位でたぶん売れるから、ファブレスでつくった場合の最低限のロットが消費できるから成り立っているんだと思うんですね。ああいうふうに家電を作るところという投資が重くなくなると、そういうことができるようになってくるんですね。
デザインって、ただカッコよくするだけじゃなくて、コンセプトも含めてだと思うんですけど、コンセプトとデザインとマーケティングがちゃんとしているというので、圧倒的なファンがいますね。実際にうちにあったりしますからね。機能のこととか技術のこととか言っているけど、やっぱりバルミューダのトースターで温めたクロワッサン、おいしいな、とか言って食べていますからね(笑)。

久野 しかも、かつての白物家電みたいな感じで、家電そのものが価値があったというか、冷蔵庫だったら「冷蔵庫」というモノを持っていること自体に価値があったけれど、今はそのデザインであったりとか。さっきおっしゃったみたいに冷蔵庫の機能なんて、細かい部分はあるんですけど、そんなに変わらない。

川端 野菜室がちょっと上にあったりとか、容量がちょっとこっちは冷凍庫が大きかったりとかはするんですけどね。

久野 だけど、そんな大差ないし、ふだんの生活でそんなに関係ないじゃないですか。

川端 レビューを書く人しか、機能していないと思うよ、あれ。

久野 そういう意味で、その中でデザインとマーケティングというか、生活の中でインテリア家具の一部みたいな感じでどう位置付けるか、みたいなところが今の家電ですよね。

川端 そう、変わってきたと思う。だから、最近、パナソニックさんもグッと変えて、デザインオフィスを京都に集約して、デザインだけじゃなくて、形を作るスタイリングだけじゃなくて、コンセプトも一緒にデザインがやっているみたいなんですね。例えば、フルスペックを従来は重視してきたけど、マイスペックにしようという形で、炊飯器とレンジをあとで機能が足せるような設計にして、最低限の機能がついている。

例えばレンジを買うんだけど、あとでパエリアを作りたいとかいって、パエリアパンみたいなものを追加すると、使わないような機能が入っているよりはスマホでレシピが落とせて、パエリアパンを買ったらパエリア作れたほうがいいんじゃない、みたいな。あと、フリーレイアウトのテレビ。テレビって点けていない時間はただの黒い壁になっちゃうから、デザイナーとしてはちょっとイヤらしいんですね、嫌いなものだったらしくて、どこにでもウケるレイアウトフリーのテレビを出したりとかしているんですよ。白いフレームで移動ができるテレビ。こんなふうに変わってきたんだと思う。

京都は、意外とデザインオフィスもGKデザインさんという老舗のデザインの京都オフィスが個別に1個大きくあって、わりとデザイン発信地になっているんですね。グッドデザイン賞とか、ヨーロッパのiFデザイン賞とかもとっていたりするデザインオフィスがあったりとか、コンセプトを作るのに向いているんですかね。芸術大学もあったりとかするからだと思うんですけど。

久野 確かにそうですね。

川端 たぶん、企業は在阪のほうがまだオーナー企業が多かったりとか、いろいろな事情がある気はする。でも、そういう動きが出てきていますね。大手もコンセプト、デザインって大事なんじゃないかなというふうに随分切り換わってきている──切り換わるというか、そっちに実は人材がいるから、最近の動きは、まとめれば行くんですね、大手は。京都に行ってすごく面白かったです、そこは。

ものづくりで儲けるためには、標準化をお客さんに押しつけられるかどうかがカギ

-- コンセプトとデザインの部分をやるか、工場をやるかじゃないと、生き残れないとすると、今のこのままの日本だったら、どっちかというと工場側になっちゃうから、そっちはあんまり儲からないですよね。

川端 めっちゃ効率よくやれば儲かります。人があまり関わらなくて済むとか、例えば金型も標準化しちゃうとか。やっぱり中国の人がすごいのは、標準化がうまいんですよ。ドイツ人と中国人は標準化がうまい。日本みたいに「おもてなし」じゃないから、僕たちがこの5つと決めたから、その中で使ってください。あなたたちに個別最適化した100%だと1万円になっちゃいますけど、標準化なら8,000円で売ります。でも、僕たちはほんとは5,000円で作っています、みたいなのをやっているんです。でも、日本人は「1万円ですか。わかりました。1万円の中ですごくちゃんとしたものを皆さんのために作りますから、Aさん、Bさん、別々に設計します」みたいなことをやっているんです。標準化すれば、実はものづくりってけっこう儲かるんです。標準化をお客さんに押しつけられるか、ですね。ちょっとだけアロガントにならないと標準化はできないので。「私たちは決めました」って日本人がお客さんに対して言えれば、実はものづくりはまだ儲かる余地はほんとはあるんですね。金型も「ここしかありません。これから選んでください」とか。

実はトヨタのe-Paletteというのは、それをやろうかな、という背景があるんです。車って嗜好品だったから、ミニバン欲しいお客さんにはミニバンを、コンパクトカーの方はコンパクトカーを、軽自動車は軽自動車の方って、個別に作っているじゃないですか。だから、あんな車種が要るんだけど、軽自動車とプリウスくらいのセダンとちょっと大きいミニバンがあれば、本当はカバーできちゃうんですね。もし、半導体みたいに国策で、ルネサスみたいにまとめちゃうということをするなら、ルネサス自動車を作ったら、ワゴンアールとかプリウスとノア/ヴォクシーがあったら、たぶんほとんどの国民が乗れるんですよ。それで絶対困るという人は、たぶんほんのちょっとしかいないんですね。それが標準化なんです。

でもそうじゃなくて、ミニバンといったらホンダのステップワゴンもあるし、日産にもミニバンがあるし、みたいな、そういうふうに作っているのが現状じゃないですか。それをやってきたので、モビリティサービスをやろうって考えたときに、例えばピザ屋さんに最適な車を作って、なおかつ例えば八百屋さんにぴったりなデリバリーバンを作るというのは別々にやった場合、トヨタはそれを八百屋バン、ピザ屋バンというふうに個別にやって、100%最適に作ることはできるんですけど、ピザ屋さんにこのバンを300万円で納めなければいけなくなるんですね、きっと。だけど、ピザ屋に80%最適化して、八百屋に80%最適化するじゃないですか。みんな、8割くらいしか使い勝手が良くないんだけど、同じ標準化のやつでお米屋さんも花屋さんもピザ屋さんも同じ8割しか寄り添っていないけど、2割は自分で工夫してもらわなきゃいけないんだけど、そのかわり250万で売れます、ということができるんです、品種がグッと減るので。

あと、例えばこのアプリケーションみたいなところで、いわゆるオプションというところでピザ屋さん風にしてくださいね、これは個別に買ってください、とかいうので、50万円の差額よりもちょっと少ないところを使う人の負担にする、みたいなことをすればいいので、e-Paletteというのは、実はデリバリーのところで標準化みたいなことができたらいいなと思って考えているんですね。

先に消費者がどんどん勝手に使って、「あれがいい」「これがいい」という声が大きくなる前に、みんなとエコシステムでヒアリングして、みんなが8割くらいってどの辺かな、みたいなのを探して、トヨタとしては8割くらい寄り添う標準品を作ってみたいんです、という考え方が、実は根底にあるんですよ。それがほんとにできれば、日本もまだものづくりでそこそこ儲けられる事業は作れるんですね。そこはちょっと期待しているんですけど、なかなか、まだモノが出てこないので何とも言えないですけど。

デザイナーをもっと偉くしよう!

-- 標準化を進めていきつつ、コンセプトをやるチームは別軸で進めていくのがよさそうですね。

川端 そうそう、ちゃんとデザインはデザインで、ものづくりのスタイリングだけじゃなくてコンセプトを作っていく。デザイナーってコンセプトも作れる数少ない職種なので、ものづくり企業の中でデザイナーがもっと力を持てるといい。今、デザイナーってデザイン部の部長止まりみたいになっているんですけど、もっとデシジョンメイクをできるポジションにできれば。コンセプトメークできるようなデザイナーは役員待遇に上がれる、みたいな会社の評価システムも作るといいですよね。

久野 デザインって、ただ見た目というか、色とか形だけじゃなくて、理想的にはものづくりの部分からデザインをしてこそ、いいものができたりする気がするんですけど、今おっしゃったように、たぶん多くの企業ではデザインとエンジニアリングとか研究開発とかプラス営業とかがけっこうばらばらに動いていて、デザインというと最後にコチョコチョと見た目的なものを付け加える役割みたいな。

川端 そうそう、魔法使いみたいな扱いなんですよ。「僕らが作っちゃったもの、こんなだから、あとカッコよくしておいて、魔法使いさん」みたいな扱いですよね。

久野 そうなると、売れるものもなかなか出てきづらいし、表面の選択肢が多いだけ、みたいなものになってしまうんですね。色のバリエーションがあるから、たくさんの選択肢があるように見えるけれども、実はそこまで使い勝手もそんなに良くないし、みたいな。

インダストリアルデザインのことを調べたのですが、最初は20世紀前半にアメリカで出てきたようです。それまでもデザインをする人たちはいたけれど、インダストリアルデザイナーという職業として広まったのがその頃からです。当時の人たちは1つのクライアントの話が来たら、お客さんの会社の労働条件とか雇用者情報の書類を全部見て、工場に行ってすべて生産ラインをチェックして、それからデザインをすることも多かったようです。そこまでは今はできないかもしれないですけれども、もうちょっと“デザイン”というのが広い意味で使われて、生産の中に全部組み込まれるような感じになると、ものづくり自体もちょっと変わるような気もするし、消費のあり方みたいなものまで変わっていくのかなと少し思ったりするんですけど。

川端 まさに工業デザインってそうですよね。かなり制約があるんです。特に自動車なんて、一番、工業デザインで自由度がないんですよ。車って、人間はここに座るとか決められているんです、パッケージング上。先頭に人間が座るとかはないんですね、エンジンがあるし。実は自動車のデザインの制約ってカーメーカーごとに違っていて、例えばアウディだとエンジンがけっこう前のほうにあるんです。そうすると、車って真っ直ぐ走るけど、曲がらなくなるんですね。アウディは高速で真っ直ぐ走ることを重視しているから、エンジンは前のほうに置いていて、そうすると室内が広くなるんです。そういうことがもう決まっちゃうんですよ。

さらに言うと、エンジンが前にあって室内の空間が広いことで、大きめのオーディオを搭載することができる。それに対してBMWって、みんなが「走る喜び」とか言っている車なのでよく曲がるんですね。なぜかというと、エンジンが人間が座っているところに突っ込んで置いてあるんです。人間のすぐそばまでエンジンが来ていて、内装の空間ってすごい狭いんです。なので、BMWはインテリアがペラペラって、みんなよく言うんですけど、あれはエンジンがここにあるからどうしようもないんです。だからBMWの工業デザイナーが「アウディのインテリア、カッコいいから真似しようかな」といっても、もう物理的にできないんですよね。だから、BMWはBMWの工夫をしなくちゃいけないんです、インテリアデザインは。ちょっと不思議な分野というか、特殊なんですね。

カーメーカーの中には、実は「パーシブドクオリティ」という部署を持っているところもあります。先生がおっしゃっていた、技術とデザインが近くないとクオリティを出せないんです。なので、たぶん珍しいですね。パーシブドクオリティという知覚とか感覚の品質を担保する部署があって、デザイナーとエンジニアが半々いるという部署を持っている会社さんが実はあったりします。けっこう、そこは先進的ですね。

久野 それはすべてではなくて、一部の会社の話ですか?

川端 持っている会社もある、くらいですね。あ、そういう部署があるんだ、という感じですね。そこは、エンジニアとデザイナーが両方出向してきて、1つの部署に。デザイン部と技術部から出てきて、さっき言ったパッケージングとかいうのは技術の人がやって、デザイナーがそれに対して先進的なデザインに見えるとか、おしゃれに見えるためには、技術とここをすり合わせて、できるだけエンジンをこの辺に置いてどうとかで、とかいうのを一緒にやる部署があるんですって。それはパーシブドクオリティという部署なんだと言っていましたよ。ルノーと日産にはあります、少なくとも。やっぱり企業として大きいから、すり合わせが多くなるからだ思うんです。エンジン部とボディ部とインテリア部が全部違うところにあったりするので、それをすり合わせないといけないと、曖昧にある部署に、ちょっと面白い部署ができるんだと思います。

きっと、この考え方はもっと強くなると思います。自動車以外の分野は、もっと技術とデザインのすり合わせで価値を生みやすいですから。自動車は制約があるから、技術にデザインがいろいろ文句を言ったところで、どうしてもできないというのがあるけど、「テレビなんて、実は四角い必要ないんじゃない?」とかいうふうにデザイナーが言った途端、「あ、考えていなかった。液晶って四角い中からとるから、4分の1に切ったら最大に効率よくとれると思って、四角くしていた」という設計者がいるはずじゃないですか。

久野 ああ、確かにそうですね。

川端 無駄でも、例えば今まで4枚とれていたけど、2枚にして楕円にしたいんだけど、といったときに、2倍で売れるんだったら作ってもいいわけですよ。あと、おにぎりだって三角の必要、なかったみたいな話は絶対出てくるじゃないですか。なんでスティック状のチーズケーキとか出てきているのに、おにぎりだけスティック状じゃないの、とか、海苔が高騰しているから、海苔じゃないものでつかめればよかったんじゃないの、みたいなことが発生しますよね、きっとデザイナーがいれば。今まで作る上では三角じゃなければいけなかった、設備がそうだしとか、海苔を巻かないと持てないじゃん、みたいな、ベタベタするじゃん、みたいな機能上の理由でああだったと思うから、そこにデザイナーが介在して2倍で売れる予定なんだけどってマーケッターが言えば、作り方も変わるということも、車以外はもっとあると思う。

久野 そうですね、アーティスト的な感じというか、根本からものの使い方とか、そういうのを考え直すみたいなところで。

デザインの根本的な見直しであったり、まったく違う分野の人同士が話をしたりして、何か新しい発想が生まれるみたいなところから、商品だったり、サービスだったりとかが出てくるといいのかなと思うんです。

川端 デザイナーの地位が上がるだけで、全然違う気がすんです。そういうオフィスに行くと、けっこういいものを作っていたり、試作しているんですよ。なんですけど、たぶん決める段階で誰かがいろいろ言って、もっと丸まったものになっていくということは、日本企業に限らず大企業はあります。試作品なんかを見せてもらうとわかるのですが、「大企業のデザイナーはけっこうクリエイティブですよ。ただ、それが商品として世の中に出てくるまでに、社内のハンコリレーの中で落ちちゃう、みたいなところがちょっとあるのかな。だからデザイナーが偉くなれば、ハンコをデザインのトップが押せるとかいうのがあれば、もうちょっと違う出口があるかもしれない。マーケッターの人とちゃんと価格を決めるところにさらに連動するとなると。

例えば、洗濯機はこれくらいの値段じゃないと売れないだろう、って決め込んでいたりすると、その値段で作るというほうに一生懸命力を注いじゃう。おしゃれにするために角をとったら、コストや工程が増えちゃうとか言われちゃうと、もう作れない。いくらデザイナーがコンセプトを持っていいデザインをしていても。
だけど、「この商品は1.5倍で売れる」ってマーケッターが考えてそこで売るんだと決めてくれたら、デザイナーはその予算の中で設計できる、エンジニアは自由度が増えるよ、となればもうちょっとモノはいろいろ出てくると思いますけどね。

「消費者は洗濯機がほしいだろう」という幻想を抜け出せ

久野 そうですよね。せっかくSNSがこれだけ広まっているのだから、マーケットリサーチにうまく使えるといいですよね。消費者の声とかが良くも悪くも出しやすくなったのだから、変な「消費者はこういうのが欲しいのだろう」みたいな幻想で動いていくということが、もしかしたらちょっと減るのかもしれないですね。

川端 「消費者、洗濯機が欲しいだろう」みたいな。いやいや、洗濯物がきれいになることが欲しいんです、というのがわかってくれるといいですよね。小売りとかもどんどんそうなって、今、普通の小売りだと5,000人の人口がいないと成り立たないというふうによく言われているんですけど、それは食べ物を買いに来たり、石鹸を買いに来たりするから5,000人いないといけないけど、お腹がいっぱいになることとか、洗濯物がきれいになることを提供すれば、人口がもうちょっと少ない地域でもたぶん小売りも展開できるんですね、サービスとして提供できれば。
だから自動車メーカーも「車、欲しいだろう」と言って売るんじゃなくて、例えば快適な移動なのか、ワクワクする移動なのか、それが欲しいんだろう、というふうに転換していくと、もうちょっと付加価値も生めるし、結果的にものづくりの幅も広がるしという感じはしますよね。

久野 そうですね。川端さんがお書きになられた記事で、トヨタの自動車メーカーとしてではなくて、モビリティカンパニーに変わります、みたいなお話をされていて、まさに商品単位とかで企業とか産業を考えるのではなくて、モビリティや体験で考えることが大切というか。

川端 サービス像ですね。

久野 それを考えることで新しい価値であったりとか、社会のあり方であったりとか、新しいつながりみたいなのが出てくるかもしれないし、消費者側もそうですけど、そういうふうな考えにシフトしていくと、また1つ違うのかなと。

川端 旅行にしても、大事なことが移動ではなくてワクワクとか非日常なのであれば、ゲームの世界にいくのでもいいかもしれない。ゲームの世界ってワクワクするだけでなく、実はもうコミュニケーションツールになっているんですね。海外の人とボイスチャットを使って一緒に戦ったりできるわけですよ。片言の英語でも喋りながら、いろいろな人とチームプレイできるんですね。それのワクワクって、実は旅行に行っている出会いとかとあまり変わらないと感じている人ってけっこういて、だからあれだけ流行る。

バーチャル上のファッションブランドが、H&Mを抜くとか抜かないとかいう報道も最近ありました。バーチャル上で自分の買った服とかが保証されるようになったんです、NFTで。あと、ゲーム上で手に入れた武器とかが個人の資産みたいになるようになったので、そこにお金をかける人が出てきたりしてるんですよ。認められたいとか、装いたいというのが実は生身の自分じゃなくてもよくなることがあるんです。そうすると、ファッションって何を提供していたの?とか、そういうところにもいきますね。そ自分らしさを表現していたんだ、となると、バーチャルだろうが、リアルだろうが、自分らしさが表現できればいいよとか、布が大きくても小さくても、自分らしさが表現できればいいよ、とかにたぶん変わるんですよね。

そういったものが、あらゆる産業でたぶん起きるだろうなと思いますけどね。利便性で買っているものが嗜好品に転換するところが、たぶんビジネスチャンスなんだと思うんですね。
そこの切り換えが一体どこで起きているかをメーカー側がつかんでいなくて、「あんた、まだ、これ買いたいでしょ、持っていたいでしょ」みたいな押しつけをしているというところから、あと転換さえできちゃえば、すごく面白い産業が生まれると思う。
洗濯機がうちになくても、洗濯物がきれいになればいいんだから、という発想ですよね。

久野 まさにそうですよね。クリーニングみたいな、洋服をきれいにするという行動というか、その結果が何かしらあれば、必ずしも洗濯機というあの形で、あの機能じゃなくても。

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業務用のセルフサービスランドリー。(写真:defotoberg / shutterstock

川端 シーズンごとに着た服を回収してもらってきれいにして返ってきちゃうんだったら、漂白機能とかはあんまり要らないのかもしれない。大量生産している今なら、3か月くらい着てそれは返しちゃうという服の制度をつくることも可能です。実は服の原価なんて数百円だったりとか、たぶんするんですよ。そういった中で3か月で返せてしまうのであればクローゼットも要らないし、クリーニングだって要らないし、という発想になりますね。

すでに洗濯のサブスク屋さんともあるんですよ。袋いっぱいに汚れ物を詰めていくと、パンツだろうがTシャツだろうが、ジャケットだろうが、勝手に洗濯屋が仕分けして、クリーニングのものはクリーニング、水洗いのものは水洗いのものできれいになって戻ってくるサービスがあるんです。それがあればもちろん、それでいいんじゃないかなって、思いません? うちに洗濯機がなくても。あと冷蔵庫がなくて、コンビニの上に住んでいる人もいますよ。

久野 うん。本当にキッチンとかなくてもUber Eatsとか、外食もできますし。

川端 キッチンを一切使ってない知人女性もいますよ。家族もいますが、包丁を持っていません。スーパーのお惣菜コーナーでキャベツも千切りとかにしてもらって買ってきて、お惣菜盛りつけて出しちゃうし、別に家族もそれでおいしいと言っているし。土日は外食かUber Eatsだから「包丁要る?」と言われて「あ、要らないかもね」って。

久野 そうですよね。ライフスタイルが変化しているのでそれも可能なのかもしれない。ただ、今でも特に家族がいると、女性が台所に入ってご飯を作ってみたいな、そういうライフスタイルみたいなのがけっこう強固に残っていて、それをもとにした家具設計であったりとか、家の設計であったりとかしますよね。

川端 たぶんキッチンをあんなに巨大にしなくてもいい家庭もあるんです。その知人の家庭なら、イケアの一番安い独身向けのシンクがあるやつだけで充分。下手すると食器洗い機があれば間に合う。彼女が割り切っていて、家族がそれでけっこう楽しくやっていて、何の問題もないんですね。今、別にそういうあり方も周りが否定しないから、お母さんに時間があって、子どもと遊んでくれるほうがいい、昼間働いているし、みたいな。お子さんも全然そんな感じなので幸福度も高いんですよね。
年齢や性別から想起される概念を変えていって、それぞれが自分の幸せに合わせたサービスを選んでいくというのができればいいと思うんです。それが今までだとなかなか見つからなかったけれど、今はネットで見つかりますから。

椅子もヘッドセットもほしくなかった。ただ快適に仕事がしたかっただけ

-- モノがあふれるようになって、例えば昔は洗濯機があることすらステータスみたいなことがあったと思うんですけど、ステータスのために機能を所有することがあんまり意味がなくなっている気がします。

川端 今、洗濯機って街のなかにたくさんあるんですね、昔よりも。それもすごくおしゃれでなカフェ併設のランドリーとかあるじゃないですか。待っているのもイヤじゃないんですね、1時間待っている間にネットやっていればいいや、みたいになっていたりとか。ドイツなんか洗濯機が高いから、だいぶ前からそうですね。カフェとコインランドリー、併設になっていましたよ。というのも、洗濯機が日本の高級洗濯機くらい高いものしか売っていないんですよ。

久野 昔から、モノからコトへみたいなことは言われていますけど、どんどんそれがもっと広まる気がします。

川端 2つ目の冷凍庫が売れているのも、たぶんその流れだと思います。買ってきたものを冷蔵しておくというシーンがすごい減ったんです。お腹が空いたらすぐに近くのコンビニに行くか、食べに行くか、Uber Eatsに頼めばいいんじゃんとなっているから、食べ物を買って冷蔵するとか、作っておいて冷蔵しなくなっていったんですよ。その代わり、作る人が逆に取り寄せて、食材を冷凍しておくようになった。
料理上手な人のところに行くと、冷蔵庫に意外とモノが入っていなくて、冷凍庫にけっこう入っているんです。解凍のための機能が良くなっているから、いい食材を料理するムーブメントがあるんですね。

椅子も売れていますね。在宅ワークが増えたからだと思うけど、やっぱり座っている時間が長くなるとそこにとお金をかけてもいいと思えるようになるから、10万超えの椅子って、もう生産が足りないんですよね。みんなフィッティングして、十何万もする椅子を買いたいようなんです。自宅での椅子の稼働率があがってるんですね。仕事を会社でしていて、家でちょっと座るくらいだったら、みんな適当にかわいい椅子でいいや、とか言って、イケアとかで手頃なので済ませていたのが、ずっと家の椅子に座っているから、この「座る」というサービスをお金を払って買おうとかになっていたり。ワーキングスペースもたしか椅子がいいとか、ヘッドセットがおしゃれなのが置いてあるところのほうが今人気だったりしますよね。みんな、椅子が欲しかったり、ヘッドセットが欲しいんじゃなくて、快適に仕事がしたかった、という話ですよね。

「効率」ではなく「何をしたいのか」を考えること(対談を終えて)

今回、自動車産業のみならず幅広い業界における生産現場から市場のあり方までをみていらっしゃる川端さんとお話させていただき、「生産」と「消費」、さらには流通・マーケティングなどそれらをつなぐ中間プロセスを一つの大きなシステムとして考える重要性を改めて認識した。また、従来の「産業」や「業界」というある意味リジッドに守られていた概念も少しずつ変わっていく(または既に変わっている)のではないか、変わるべきなのではないかと感じた。モノを作れば売れる時代はとっくに終わり、「モノからコトへ」と言われるようになった時代も、もはや過去のものになりつつあるようにさえ見える。デジタル技術や業界の変化を含め、様々な局面で人々の考え方やもののあり方が大きく変わろうとしている、そんな潮目に私たちは立っているのではないだろうか。

そのような状況において、「イノベーション」や「クリエイティビティ」、「便利さ」など表面をなぞるだけの議論ではなく、こうした概念やプロセスが誰にとってどんな意味があるのか、どう取り組むべきなのかを業界や職種を超えて議論する必要があるように思う。そこで生まれるべきなのは、短期的に生活を「便利」にする技術であったり、目先の利益を伸ばし企業経営を「効率的」に進めるための単なる物やサービスではなく(もちろん、物やサービス、技術を作り出すことは必要なのだが)、自分たちは何をしたいのか、どんな社会を自分たちが目指すのか、なぜそれが必要なのかではないだろうか。そこでは、必然的に自分たちを相対化し、歴史化することが重要となる。例えば、なぜこの時代にある現象が生まれたり、流行ったりするのかや、どのように私たちの社会が変化してきたのかを理解することは、より一層複雑化する社会の中で、モノのあり方や人々の考え方・行動などを1つずつ丁寧に読み解くことにつながるだろう。「豊かな」消費を目指すことは、すなわち生産や流通、ビジネスのあり方、人と人との繋がりを見つめ直すことでもある。この対談を通して、そんなことを考えさせられた。(久野愛)

【出演者プロフィール】
川端由美(かわばた・ゆみ)
自動車のエコロジーとテクノロジーを中心に追うジャーナリスト。環境分野では、エネルギー問題などに加えて、女性視点でのオーガニックなど。内閣官房・構成員、(道路交通ワーキンググループ・自動運転に係る制度整備大綱サブワーキンググループ構成員)、国交省・有識者委員(都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会(MaaS懇談会)ほか)、警察庁・有識者委員(第二種免許制度等の在り方に関する有識者会議ほか)、内閣府・構成員、環境省有識者委員、国土交通省独法評価委員会委員などを歴任。ローランド・ベルガー イノベーション・ダイレクター(現アドバイザー)、国内上場企業にてアドバイザー、国内・海外のスタートアップ企業にて、戦略イノベーション・アドバイザーなどを兼務。近著に、『日本車は生き残れるか』講談社刊がある。

久野愛(ひさの・あい)
東京大学大学院情報学環准教授。東京大学教養学部卒業、デラウエア大学歴史学研究科修了(PhD,歴史学)。ハーバードビジネススクールにてポスドク研究員、京都大学大学院経済学研究科にて講師を務めたのち、2021年4月より現職。専門は、感覚・感情史、ビジネスヒストリー、技術史。『Visualizing Taste: How Business Changed the Look of What You Eat』(ハーバード大学出版局,2019年)でハグリー・プライズおよび日本アメリカ学会清水博賞受賞。近著に『視覚化する味覚-食を彩る資本主義』(岩波新書、2021年)。

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