玉木俊明

玉木俊明

上海の夜景。地上の光が建物をまばゆく浮かび上がらせる。2008年頃撮影。

(写真:佐藤秀明

中国が覇権国家になるとしたら

デジタル化は中国の政策との相性がよく、いよいよ中国が世界の覇権国家になるかもしれないと噂する人たちがいる。本当にそうだとしたら、中国はこの後どのような道のりを辿り、どのようなことが懸念されるのだろうか。『手数料と物流の経済全史』(東洋経済新報社)から一節を紹介する。

Updated by Toshiaki Tamaki on September, 21, 2022, 5:00 am JST

手数料という「ショバ代」を払わせられ続ける世界

本書でいう覇権国家とは、経済のプラットフォームの提供国をいう。そして、とくにイギリスでみられたように、「自動的」に手数料収入により利益を入手することができる。これが、イギリスを典型例とするコミッション・キャピタリズムの実態である。
この「自動的」ということが、覇権国家の重要な特徴である。覇権国家とは、世界経済をリードする国家である。世界のあらゆる国々は、少なくとも国際的な取引をしようとすれば、覇権国家が築いたシステムを使用しなければならない。そして世界の国々はそのシステムを利用し、ショバ代ともいえる手数料を支払うのである。
では一帯一路によって、中国はそのような国家になれるのであろうか。
中国の人民元は地域的な通貨としては通用しているものの、世界通貨としての役割を果たすことはできない状態であるが、それが今後変わることが、中国が覇権を握るためには不可欠である。

中国の関心事は技術革新よりも物流の転換

中国は中進国であり、経済学的には「中進国の罠」と呼ばれる、経済成長率が停滞する時期に入っている。そもそも中国は低賃金であるから世界の工場になったわけであったが、その優位性が現在失われつつある。工場はASEANやインド、さらにはバングラデシュのようなより低賃金の国に移動していくだろう。中国は一帯一路によって、それを乗り越えようとしているようにみえる。

中国政府は現在、膨大な金を技術革新につぎ込んでいる。先進国化を目指そうとすれば、それは当然の選択である。したがって本来、中国は一帯一路により技術革新を促進しなければならないはずだが、技術革新ではなく物流の転換に関心がある。中国は一帯一路に関係している国に対して特恵貿易協定(PTA)を結んでいる。
一帯一路により、中国は世界の物流の中心になり、それと技術革新をうまく結びつけ、所得水準を上げ、工業製品を自らの物流ネットワークを使って流通させるべきであろう。だが、はたしてそれが可能なのだろうか。

カラコルムハイウェイのクンジュラブ峠
中国とパキスタンの国境でもあるカラコルムハイウェイのクンジュラブ峠。標高は4,880mで、舗装された道の国境としては世界最高だ。

また中国はエネルギー資源を大変に浪費している国であり、一帯一路により重要なエネルギー資源が浪費されてしまうのではないかという恐れがある。

所得格差が大きくなったのは、生活を豊かにする商品がなくなったから

中国経済が現在直面している問題としては、内陸部と沿海部の賃金のギャップと公害問題があげられよう。本来、一帯一路によってこの二つの問題の解決を目指さなければならないはずだが、それを目指しているようには思われない。これこそ、一帯一路の重要な欠落点であろう。
最近ではすでにトマ・ピケティらによって、資本主義社会では最初は所得が不平等であっても、やがてその格差は解消されるようになるというクズネッツカーブの存在が否定されている。むしろ世界の格差は広がっているという見解が多数派を占めているし、現実にそうなっている。

しかしまず、なぜ資本主義社会でクズネッツカーブが存在していたのかという理由を、具体的に検討する必要があろう。
単純にいえば、それはミドルクラスの拡大であった。彼らは消費財、とりわけ耐久消費財を購入するようになった。1920年代のアメリカでは、自動車、アイロン・洗濯機・冷蔵庫・ラジオなど家電製品が普及した。1950~60年代の日本の高度経済成長期には、三種の神器といわれた白黒テレビ・洗濯機・電気冷蔵庫、さらに3Cといわれたカラーテレビ・クーラー・自動車が耐久消費財として購入され、日本人の生活の豊かさの上昇に貢献した。比較的豊かな人々が増えると、その国は安定する。
中進国から先進国への仲間入りには、このようにミドルクラスが増え、耐久消費財が購入される必要があろう。そのようにしてクズネッツカーブは成り立ったと考えられるからである。所得格差が現在増加しているのは、もはやほとんどの人々が購入し、生活を豊かにする(便利にするのではない。携帯電話は、生活を便利にしても、豊かにはしない)商品がなくなったことが原因の一つだと思われる。

中国は一帯一路で、農村の貧困層が購入できる消費財の生産を試みて、所得格差を是正しミドルクラスをつくり、安定した社会を目指すべきであるが、そういうことは考えられていないようである。


中国は現在、おそらく世界最大の公害輸出国である。大気汚染もさることながら、土壌の汚染が深刻である。一帯一路は、そのような汚染をユーラシア全体に拡大する可能性がある政策であるにもかかわらず、中国政府もAIIBに投資しようとしている国々も、それを解決しようとしているようには思われない。これは大きな問題点であろう。
また一帯一路で交通量が増えたなら、COVID−19のような疫病を蔓延させる可能性も高く、それをどのようにして防止するのかも大きな課題である。

新冷戦と一帯一路

遅くとも東欧・ソ連が崩壊した1991年に、冷戦は消滅したものと考えられてきた。しかし現在では、新冷戦とでもいうべき状況が生じている。アメリカを中心とする自由主義陣営と、中国とロシアという独裁国家(この言葉を好まない人もいるだろうが)である。

1991年にウクライナがソ連から独立すると、ウクライナ人の自国への愛着は増した。2004年にウクライナではオレンジ革命が起こり、親EU派の大統領が誕生した。すると、それに対しロシアはウクライナ向けの天然ガス供給を止めるなどの圧力をかけた。

ロシアは2022年2月、ウクライナを攻撃した。プーチンは強いロシアを復活させようとしており、それがNATO諸国、アメリカなどの強い反発を呼び起こしていることも事実である。

ロシアと同様、中国も他民族に対して強い圧力をかけている。ウイグル民族への弾圧はジェノサイドだという意見もある。香港の弾圧、さらには台湾への侵攻の可能性も否定できないであろう。
新冷戦とは政治的事件であるだけではなく、経済的出来事でもある。ロシアと中国が結びつくことで、ユーラシア大陸全体におよぶ一つの経済圏ができ、それが一帯一路政策と関係し、新しい経済システムを創出するかもしれない。われわれは、それが誕生するかどうかという時点に生きているのだ。

手数料と物流の経済全史

*この本文は2022年9月30日発売『手数料と物流の経済全史』(東洋経済新報社)の一部を抜粋し、ModernTimesにて若干の編集を加えたものです。