御厨貴

御厨貴

山々に降り注ぐ光芒。信州上田にて。

(写真:佐藤秀明

2023年は「分断」を加速させよ!今考えるべき未来の指針

2023年から先の未来をよりよいものにしていくためには、日本社会をどのように変えていかなくてはならないのだろうか。政治学者・御厨貴氏の言葉を紹介する。

Updated by Takashi Mikuriya on January, 10, 2023, 5:00 am JST

「外なるフロンティアから内なるフロンティアへ」

戦前の日本は膨張の思想に支配され、四つの島からなる元々の領土だけでは食べていけないと考えていた。日本は貧しい国だから、食べられる国にするためには、日本の余った人口をどこかへ移動して、そこでその地域を耕してもらって発展していかないといけない。ずっとそう考えていたから、戦前は移民や植民に取り組んだ。今でも海外に行けば、日本からの移民で栄えた町がたくさんあります。移民で栄え、そこから出てまた戻ってというのが日本人の移住した町には実に多い。とにかく日本の中では食っていけない。戦前の日本は資源が貧しいから外へ出るという考えにとりつかれていたのです。

終戦後、日本が新しい国家になるにあたって、この膨張政策は転換させられます。アメリカが日本に示した資源論という学問があり、GHQの中にも資源を担当する局があって、日本の資源委員会などに対して提言をしました。その結果何が生まれたかというと、「外なるフロンティアから内なるフロンティアへ」という言葉で、これが戦後日本のスローガンとなります。

戦前は内側、つまり日本の中に新しいフロンティアなんてないと考えられていました。草がぼうぼうに生えた不毛な土地があるだけだと。だから外にあるはずの転地を求めていったのです。しかしアメリカは、それではダメだと言いました。アメリカから見れば、日本は自国内で必要な資本や資源を全然開発していない。だからまずそれをやれと。これは後に日本のインフラ整備にもつながっていくのですが、そこをやりなさいというのがアメリカからの要求でした。当時の経済安定本部(後の経済企画庁)の大来佐武郎さんたちは、内なるフロンティアをどうやって開拓していくかについて奮闘します。帝国主義の国家観からの大転換をどう実践するのか。これがその後、経済大国を目指すという議論と重なってくるわけです。戦後の国家観というのは、外に行く前にまず内だというもので、内の中で頑張ろうよというものでした。

経済が成長したからこそ、増え続ける人口を食わせることができた

敗戦直後の日本では、まず復員が行われます。大陸に散らばっていた兵隊さんや植民に行った人たちが日本に引き揚げてくる。何百万という人が日本に戻ってきました。当然、外なるフロンティア論からすれば、これでは食えないはずです。ところが彼らを食わせていくことができてしまった。日本の経済力がどんどん上がっていったからです。経済大国になることで戦前に日本から出ていった人たちも、国内で食わせることができた。戦後は「ベビーブーム」と言われたように子供がたくさん生まれて人口が増えますが、それでも日本国内だけでやっていくことができた。戦後は増大する人口を賄うことが事実としてできたのです。

中ノ俣で撮影した夫婦
新潟県上越市の中ノ俣で撮影した夫婦。

これが昭和30年代以降の高度経済成長によって示された国家観の実態です。戦前の国是である帝国主義国家よりも、戦後の経済大国論の方がはるかにソフトの意味でうまくいったと思います。これが今日まで続く自由民主党体制ともいうべき政治体制をずっと支えることになりました。

選挙で勝つためには、消費税よりも赤字国債

1970年代に、オイルショックが日本を襲います。経済大国もいよいよ終わりかもしれないという不安がよぎった時代です。あの頃から政府は赤字国債を出すようになる。赤字国債について最初の頃は、なんとか増やしたくないとみんな思っていた。大平正芳さんはじめ、当時は誰もがなんとかしようと考え、増税を真剣に検討した。1989年の消費税の導入も、赤字国債をどうにかしようという話から出てきたものです。ところが赤字国債を使い出してしまうと、なかなか使い勝手がいいものだから元に戻せない。しかもヘタに増税や財政健全化をしようとすれば選挙で負ける可能性がある。これが痛かったのです。戦後日本の国家論の中でいうと、選挙の持っている意味は、大きくなっていました。衆議院が全体を制するようになり、選挙で負けるわけにいかなくなった。だから政権は自民党が独占するけれども、総理は自民党内でころころと変える。支持率が大幅に下がったり選挙に負けたりしたら、あなたはお終いと言われて、同じ党内の次の人にバトンタッチする。これではクリティカルな問題を処理できない。日米にはプラザ合意もあり、アメリカから散々叩かれ、アメリカから通商代表が来て、日本の産業が規制されるなど、いろいろと摩擦も起きますが、最終的に日本にとって身の丈に合った経済ができないのは、支出すべきものがどんどん多くなり、新しい政策をやろうとしてお金がどんどん使われてしまうからです。

消費税が上がり、税収は増えたはずなのに……

竹下内閣の時に、竹下登さんが自分の内閣の退陣と引き換えに消費税導入を実現させます。現時点で消費税は10パーセントとなり、税収は増えたはずなのに、日本は今も赤字国家から脱し切れていない。世界を見渡せば、国家経済がダメになってデフォルト状態に陥っているスリランカや、その前にはギリシャ危機もありました。日本が経済破綻しない保証はない。どんどん赤字を垂れ流し、今では新型コロナウイルス感染症やウクライナ危機への対応でますます支出が増えています。国債を当てにしないようにしていると説明されますが、国債を当てにしないわけにはいかない状態です。この国は本当に大丈夫なのか、と心配になるような事態になっている。

日本は戦後、あまりに高度経済成長がうまくできたが故に、今ではその夢にとらわれ過ぎている。経済を回していれば絶対よくなるわけではなく、そこだけを考えていてもダメなんですよという時代で、そこに何らかの創意工夫が必要なのに、そこについて経済人も政治家も踏み出せないでいるというところが最大の難点だと思います。

全員がハッピーになることを目指す時代は終わっている

日本という国家』(河出書房新社)で、明治の初めからの七十七年と、敗戦からの七十七年をかなり大胆に切ってきたところからいうと、今後、最も必要なのは逆転の発想です。今までと同じようなことを考えていれば絶対に新しい発想は生まれない。

赤レンガ倉庫の夜
横浜港、赤レンガ倉庫の夜。

言い方は難しいのですが、かつての明治日本が武士階級をなくし、残りの農・工・商の階級で戦前の日本をつくっていったように、戦後日本でいえば、日本の中で、内なるフロンティアというものを見つけて開発していったように、少し前には誰も考えていなかったようなことについて、維新や敗戦の影響で考えざるを得なくなった。そのような状況から、新しい目標が生まれた今の日本をよくするための新しい施策はいずれ生まれると思います。その時に考えなくてはいけないのは、かつて武士階級がなくなったように、また戦後に高度成長の中でひずみがたくさん出たように、全員が発展する道を探るのはおそらく相当に難しいということです。一点突破で全面展開式の考え方、日本全国津々浦々まで同じ開発・発展の様式を生み出すことでは、もうこの国の未来を保障できません。日本の中で、どの部分を伸ばして、どの部分を、これも言い方が非常に難しいのですが、礎にするのか。その役割分担を真剣に考えていかなければならない。よく新聞が書くように、分断はよくないから、全員がハッピーになることを目指すのが政治なんだという時代はもう終わっていると思います。わかっていても新聞はそう書かざるをえないのでしょう。

社会を立て直すためには、あえて「分断」を真剣に考えるべき

この先、分断されてどこが残っていくのか。これを真剣に考えるべきです。そうなったら分断Aと分断Bができて、両者が死力を尽くして選挙戦をやることになるかもしれない。そうすれば政治は少なくとも今よりも真剣になる。今の政治家には、そこまでの切迫感が感じられません。だから自民党政権がいつまで経っても続いている。しかし誰が見ても今の野党が政権をとれるとは思わないし、野党に任せるより与党のままでいいや、となっている。だけど自民党は今やもう権力の飽和状態になっていて、どうにもならない。本当は、これからの社会で何を伸ばすのかが、真剣に問われないといけないんです。

僕は今から約十年前に東日本大震災が起きた際、「戦後」が終わり、「災後」が始まると言いました。あの時の「災後」の意味は何かというと、戦後最悪の災害によって一瞬にして大量の命を奪われ、昨日そこにいた人が、あっという間に流された。今では考えにくいですが、戦前はそういったことが普通にあったんです。戦前戦中は当然「赤紙」があったし、もっといえば空襲で、あっという間に人がいなくなってしまう。戦後は平和が続いて、そんなことはないと思っていたのが、あの震災の時にその事態が起きて、いよいよ全員が全員ハッピーである時代は終わると思った。それが「災後」です。

その後、紆余曲折あって今日までやって来た。このことを見据えた、かなりシビアな政策を本気で打ち出せるかどうか。みんなで幸せになろうと考えている限りは、いつになっても日本の問題を根本から解決する策は出てこないでしょう。これから後の77年がどうなるかわかりませんが、そこへ踏み切らない限り難しいのではないか、あるいはそこへ踏み切るだけの覚悟をしなければ、解決は難しいのではないか、と考えています。

 *この本文は2022年11月29日発売『日本という国家』(河出書房新社)の一部を抜粋し、ModernTimesにて若干の編集を加えたものです。