村上貴弘

村上貴弘

(写真:Yaping / shutterstock

ひとり歩きをしている「2 : 6 : 2の法則」。アリの集合知はもっと多様な社会を実現している

2割のアリがよく働き、6割はほどほど、2割のアリはさぼってばかりいる……という話を聞いたことがあるだろう。人間の組織にもなぞらえられ自然から学べる「真実」として語り継がれてきた逸話だ。しかし実は、この法則の通りに動くアリは一部の種だけである。アリはそれぞれの生態や環境に応じて、より多様で最適化された社会で暮らしている。

Updated by Takahiro Murakami on May, 22, 2023, 5:00 am JST

グンタイアリはもれなく全員が働き続ける

しかし1万1千種を超えるアリ全体で見ると、シワクシケアリのような特徴をもったアリばかりではない。一番分かりやすい例がグンタイアリである。パナマの熱帯雨林で僕が熱心に観察していたバーチェルグンタイアリなどは、ビバークポイントから朝目覚めると、すぐに5列縦隊の行軍を全速力で開始し、午前10時前後になると最適なポイントで一斉に散開し「食事タイム」となる。これはまさに黒い絨毯であり、50メートル四方に存在する小動物(小型の哺乳類を含む)をほとんどすべて狩り尽くしてしまう。

食事が終わると、また隊列を組み直し、午後いっぱいをかけてビバークポイントを探し、午後6時前後に木のウロや倒木の隙間などに100万個体ほどが大集結し、野営をする。そのビバークポイントは凄まじい光景であり、アリ研究者であれば一度は見ておきたいと熱望するものだ。僕も何回か見ているが、見るたびに興奮してしまう。場合によっては、ビバークの奥深くに潜んでいるグンタイアリの女王アリを探すべく、大型のスコップでビバークを崩したりもしてまさに阿鼻叫喚のサンプリングとなったこともある。

このグンタイアリにおいては、100万個体のすべてが朝起きてからビバークポイントに到着するまで、常に働き続けており、サボるアリは存在しない。グンタイアリには極端に頭部が大きく、大顎の発達したソルジャーや小型のマイナーワーカーなどさまざまな形態を持ったワーカーが存在し、複雑な社会構造となっている。熱帯雨林の生態系の中でも重要な捕食者・分解者であり、まさにメジャークラスのアリといっていいだろう。

1割ほどしか働かず、ほとんどが動かないアリもいる

一方で、僕が研究していた北海道に存在する省エネ型の女王アリを生産するカドフシアリというアリはコロニーサイズが50個体前後。雄シダの根に巣を作るのだが、こぢんまりとしていて、動きも鈍く、非常に可愛いアリである。このアリの行動観察はなかなかの辛さだ。なにせほとんどの個体が動かないのだ。50個体中、巣の外に出向いて食料を探す個体が1〜2個体。幼虫の世話をする個体が2〜3個体。あとは全く動かない。動きのあるアリの観察はさまざまな発見があり、アドレナリンが分泌されるのか長時間の観察もそこまで難しくないが、10時間観察して、特徴ある行動が数回しかないと、これはある種拷問のような作業になる。

働き者のハキリアリのワーカーはわずか3カ月で死んでしまう

(イラスト:筆者)

働き者の例としては、他にも僕が研究しているハキリアリを含む菌食アリが示唆に富んでいる。
ハキリアリは菌食アリの中でも最も分化が進んだ属で、コロニーサイズは数百万個体で、ワーカーのサブカーストは10以上に分けられ、農業社会を維持するためのタスクは33種類と膨大だ。行動観察をしていると常に全個体が何らかの労働を担い、黙々と働いている。その比率はなんと95%以上!残りの数%の個体も蛹から生まれたばかりの若齢個体で、働きたくてもなかなか働けない個体である。つまり、働ける個体は100%、常に働いていることになる。このような働き詰めの社会ではワーカーの寿命は短くなり、わずか3カ月で死んでしまうことになる。ちなみにハキリアリの女王アリは、20年は生きて、生涯で3,000万個の卵を産む。ハキリアリのワーカーは卵巣さえ消失しており、次世代を残す可能性は0%である(通常はワーカーにも卵巣は存在し、未受精卵を産み、雄アリを育てるという最終手段を維持している)。何という差であろうか……。

一方、その他の菌食アリのうち、より祖先的な特徴を残した属であるハナビロキノコアリは、コロニーサイズが30個体前後で、キノコ畑も直径3cmくらいのミニサイズだ。働き者のワーカーは約70%、怠け者もきちんと存在していて約10%、残りの20%はぼちぼち働いている。女王アリとワーカーの寿命の差はほとんどなく、ワーカーも卵巣を持ち、未受精卵であれば産卵することも可能である。まずまず民主的な社会である。