森本 裕子

森本 裕子

(写真:Martyshova Maria / shutterstock

人は失敗からは学べない?

データを参照することで見えてくる人の心の意外な動き。今回は、効果のあるフィードバックについて考察してみます。

Updated by Yuko Morimoto on May, 23, 2023, 5:00 am JST

愚者は経験から学ばない

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言われます。初代ドイツ帝国宰相のビスマルクの言葉ですが、後半については、より詳細には、「自分の誤りを最初から避けるために、私は他人の経験から学ぶ方が好きだ」と言ったとされています。つまり、愚者は自分の失敗から学ぶが、賢者は他人の失敗から学ぶ、というように解釈できるかもしれません。

さて、ところでそれは、本当でしょうか?

ビスマルク宰相は、愚者は経験から、つまり自分の失敗から学ぶと述べました。しかし、実は愚者は――より正確にいうと、人間の多くは――自分の失敗からは学ばないのではないか、という研究結果を、2019年にシカゴ大学のエスクレイス=ウィンクラー氏らが報告しています※1。

正解したという情報からは学べるけれども、不正解だったという情報からは学べない

研究者らは、参加者に二択問題を解かせました。参加者は2つのグループに分けられます。正解した問題にだけ「正解です」と返ってくるグループと、不正解だった問題にだけ「不正解です」と返ってくるグループです。二択問題ですので、理論的には、どちらのグループも同じだけのフィードバックを受け取ったことになります(本当はもう少し細かい条件設定がされているのですが、詳細は省きます)。これを学習段階と考えます。

そのあと、テストを行います。出される問題は、学習段階とまったく同じです。すでに正解か不正解かの情報を受け取っているので、テストでは当然成績が上がると予測できます。実際、正解を教えてもらったグループでは、学習段階よりもテストでの方が成績が上昇していました。ところが、不正解を教えてもらったグループでは、結果を教えてもらったにもかかわらず、成績がまったく上昇していませんでした。つまり、私たちは、自分が正解したという情報からは学べるけれども、不正解だったという情報からは学べないというのです。

なぜ失敗からは学べないのか?

研究者らは、不正解をフィードバックされた人たちが、自分の選択した結果を忘れてしまうのではないかと予測しました。そこで、不正解を教えてもらうグループと、なんのフィードバックも受けないグループに分け、テストでは、「自分がさっきどの選択肢を選んだか回答してください」と指示しました。

すると、なんのフィードバックもなかった参加者が94%正しく自分の選んだ選択肢を回答できたのに対し、不正解をフィードバックされた参加者は59%しか自分の選んだ選択肢を覚えていませんでした。不正解だったと教えられると、自分がどちらの選択肢を選んだかを忘れてしまうのですね。

研究者らはさらに、こうした現象は、自尊心を守るために生じているのではないかと考え、参加者に尋ねました。するとやはり、不正解を教えられる条件では、参加者は「自分の自尊心が脅かされた」と回答していたのです。そこで研究者らはこう考えます。それならば、自尊心が脅かされない、つまり他人の失敗からならば、人は学べるのではないだろうか?と。

エスクレイス=ウィンクラー氏らの最後の研究では、参加者は、二択問題を見せられ、続いて、他の人がどちらの選択肢を選んだかを知らされました。参加者は、他の人の回答した選択肢のボタンをクリックするよう指示され、その回答への正解または不正解フィードバックを受け取りました。これは、回答を選んだのが自分か他人か、という以外は、最初の実験と同じです。ところが、たいへん興味深いことに、他人の選択をクリックした場合には、参加者は不正解フィードバックからも、正解フィードバックと同じだけ学べていたのです。

どうやら私たちは、自分の失敗からは学ぶことが難しく、ビスマルク宰相と同じように、「他人の経験(失敗)から学ぶ方が好き」なようですね。

ネガティブフィードバックよりポジティブフィードバックを

一般的に、ネガティブなフィードバックは、ポジティブなフィードバックに比べ、効果が弱いと言われています※2。この理由の一つには、二択問題でない場合、ネガティブなフィードバックは情報量が小さいという点が挙げられます。よく用いられる例としては、小さい子どもに「廊下を走ってはいけません」と言っても、子どもにとっては、だったら廊下ではどうすればいいのか、踊ればいいのかカニ歩きすればいいのかわからない、だから「廊下は歩きましょう」と言ったほうがいい、というものです。

これは特に、なににつけてもネガティブなフィードバックを受けやすい初心者にとって重要です。実際に、語学や美容、環境知識など様々な分野で、初心者はネガティブフィードバックではやる気を失い、ポジティブフィードバックでやる気になる、という結果が報告されています※3。一方で、専門性が高くなると、建設的なネガティブフィードバックであれば、そちらを好むようになるそうです。

とはいえ、専門家であっても、単なる失敗情報は好きではないようで、たとえば投資家のデータを調べた研究では、市場が下落した後には投資アカウントへのログインが9.5%も減るという結果が報告されています※4。誰しも、失敗情報は受け取りたくないようですね。

こうした研究を踏まえると、たとえば仕事で部下や後輩にフィードバックをするとき、あるいは教育現場で児童生徒に教科問題の答えを伝えるときに、不正解ではなく正解に対してポジティブなフィードバックをするとか、本人の失敗を伝えるのではなく誰か他の人、たとえば自分の失敗経験を話すとか、そういったちょっとした工夫をすることによって、学習効果がずいぶん異なってくると考えられます。正解を教えるのと不正解を教えるのとは、そして、本人の失敗と他人の失敗とは、それらがたとえ理論的にはまったく同じ情報であったとしても、実際の効果がまるで違うのです。

日本人は低い得点をとったあとにやる気を出す?

ところで、私がこれらの研究論文を読んだときに思い出したのが、カナダ人はゲームで高得点をとったあとにやる気を出し、日本人は低い得点をとったあとにやる気を出す、という、文化心理学で有名な研究※5のことでした。2016年にも、西洋文化圏の人はゲームで低い得点を取るとやる気を失うけれど、東洋文化圏の人は逆にやる気を出すという研究結果が報告されています※6。

今回紹介した研究は、ほとんどがアメリカ、あるいは西洋文化圏で行われたものです。もしかしたら、日本人や東洋文化圏の人ならば、自分の失敗からも少しは学べるのでしょうか? いまのところ、それは誰にもわかりません。これから研究されていくのを楽しみに期待しましょう。

なお、私は日本人ですが、あくまでもポジティブフィードバック派ですので、みなさま批判はそこそこにして、なるべくお褒めの言葉をかけてくださいね。

参考文献
1. Eskreis-Winkler, L. & Fishbach, A. Not Learning From Failure—the Greatest Failure of All. Psychol. Sci. 30, 1733–1744 (2019).
2. Kluger, A. N. & DeNisi,A. The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary feedback intervention theory. Psychol. Bull. 119, 254–284 (1996).
3. Finkelstein, S. R. & Fishbach, A. Tell Me What I Did Wrong: Experts Seek and Respond to Negative Feedback. J. Consum. Res. 39, 22–38 (2011).
4. Sicherman, N. , Loewenstein、 G.、 Seppi, D. J. & Utkus, S. P. Financial Attention. Rev. Financ. Stud. 29, 863–897 (2015).
5. Heine, S. J. et al. Divergent consequences of success and failure in japan and north america: an investigation of self-improving motivations and malleable selves. J. Pers. Soc. Psychol. 81, 599–615 (2001).
6. Shu, T.-M. & Lam, S.-F. Is it always good to provide positive feedback to students? The moderating effects of culture and regulatory focus. Learn. Individ. Differ. 49, 171–177 (2016).