森本 裕子

森本 裕子

(写真:Martyshova Maria / shutterstock

人は失敗からは学べない?

データを参照することで見えてくる人の心の意外な動き。今回は、効果のあるフィードバックについて考察してみます。

Updated by Yuko Morimoto on May, 23, 2023, 5:00 am JST

なぜ失敗からは学べないのか?

研究者らは、不正解をフィードバックされた人たちが、自分の選択した結果を忘れてしまうのではないかと予測しました。そこで、不正解を教えてもらうグループと、なんのフィードバックも受けないグループに分け、テストでは、「自分がさっきどの選択肢を選んだか回答してください」と指示しました。

すると、なんのフィードバックもなかった参加者が94%正しく自分の選んだ選択肢を回答できたのに対し、不正解をフィードバックされた参加者は59%しか自分の選んだ選択肢を覚えていませんでした。不正解だったと教えられると、自分がどちらの選択肢を選んだかを忘れてしまうのですね。

研究者らはさらに、こうした現象は、自尊心を守るために生じているのではないかと考え、参加者に尋ねました。するとやはり、不正解を教えられる条件では、参加者は「自分の自尊心が脅かされた」と回答していたのです。そこで研究者らはこう考えます。それならば、自尊心が脅かされない、つまり他人の失敗からならば、人は学べるのではないだろうか?と。

エスクレイス=ウィンクラー氏らの最後の研究では、参加者は、二択問題を見せられ、続いて、他の人がどちらの選択肢を選んだかを知らされました。参加者は、他の人の回答した選択肢のボタンをクリックするよう指示され、その回答への正解または不正解フィードバックを受け取りました。これは、回答を選んだのが自分か他人か、という以外は、最初の実験と同じです。ところが、たいへん興味深いことに、他人の選択をクリックした場合には、参加者は不正解フィードバックからも、正解フィードバックと同じだけ学べていたのです。

どうやら私たちは、自分の失敗からは学ぶことが難しく、ビスマルク宰相と同じように、「他人の経験(失敗)から学ぶ方が好き」なようですね。

ネガティブフィードバックよりポジティブフィードバックを

一般的に、ネガティブなフィードバックは、ポジティブなフィードバックに比べ、効果が弱いと言われています※2。この理由の一つには、二択問題でない場合、ネガティブなフィードバックは情報量が小さいという点が挙げられます。よく用いられる例としては、小さい子どもに「廊下を走ってはいけません」と言っても、子どもにとっては、だったら廊下ではどうすればいいのか、踊ればいいのかカニ歩きすればいいのかわからない、だから「廊下は歩きましょう」と言ったほうがいい、というものです。

これは特に、なににつけてもネガティブなフィードバックを受けやすい初心者にとって重要です。実際に、語学や美容、環境知識など様々な分野で、初心者はネガティブフィードバックではやる気を失い、ポジティブフィードバックでやる気になる、という結果が報告されています※3。一方で、専門性が高くなると、建設的なネガティブフィードバックであれば、そちらを好むようになるそうです。

とはいえ、専門家であっても、単なる失敗情報は好きではないようで、たとえば投資家のデータを調べた研究では、市場が下落した後には投資アカウントへのログインが9.5%も減るという結果が報告されています※4。誰しも、失敗情報は受け取りたくないようですね。

こうした研究を踏まえると、たとえば仕事で部下や後輩にフィードバックをするとき、あるいは教育現場で児童生徒に教科問題の答えを伝えるときに、不正解ではなく正解に対してポジティブなフィードバックをするとか、本人の失敗を伝えるのではなく誰か他の人、たとえば自分の失敗経験を話すとか、そういったちょっとした工夫をすることによって、学習効果がずいぶん異なってくると考えられます。正解を教えるのと不正解を教えるのとは、そして、本人の失敗と他人の失敗とは、それらがたとえ理論的にはまったく同じ情報であったとしても、実際の効果がまるで違うのです。