松浦晋也

松浦晋也

(写真:JAXAデジタルアーカイブス / JAXA

データの徹底利用が真の国家安全保障につながる

前回、科学ジャーナリストの松浦晋也氏は、もはや人類は情報により地球をマネジメントできる時代であることを解説した。そのために大切なことは徹底した「データ利用」であるという。その意味・理由についてさらに詳しく綴る。

Updated by Shinya Matsuura on June, 21, 2023, 5:00 am JST

国家安全保障の本当の意味

安全保障というと、多くは国家の存続を保障するための力の行使と考える。軍事力の的確な行使、行使に先立つ抑止力の充実には偵察活動が必要であり、それ故偵察衛星は、国家にとって重要なのだと考えがちだ。
そうではない。国家安全保障とは、人類が滅亡せずに地球の上で生存し続けるための行動の一部であり、最終的にそれは「地球のマネジメント」へとつながるのだ。安全保障も経済活動も地球環境の一部であり、そこへの地球観測技術の適用は、「今現在すでに成功している、人類による地球のマネジメント」と総括することができる。
別の言い方をすれば、安全保障も経済活動も、「地球のマネジメント」のごく一部でしかない。

人類は人類社会を運営できるし、影響を及ぼすこともできる。だから、国家間の関係を安定させることで生存を確たるものしようという安全保障という考え方が発生する。将来的に人類が地球環境を制御できるようになれば、地球環境を快適に生存可能な範囲内に安定化させようとするだろう。それが「地球のマネジメント」だ。

「地球のマネジメント」を実現する第一歩が地球観測であり、観測データの充実と蓄積だ。安全保障は最高優先度を与えられる概念というよりも、「地球のマネジメント」の下位概念なのである。

「データの徹底利用」が「地球のマネジメント」の鍵

究極目標として「地球のマネジメント」があり、そのための情報的な道具として地球観測によるデータ蓄積と解析があり、その中に取りあえず現状における「地球環境の一部としての人類社会のマネジメント」として安全保障と経済活動への地球観測の適用がある——このような構図を踏まえた上で考えてみよう。

前回の記事で解説したように、我々は「情報の公開」が「情報の秘匿」よりも簡単かつ低コストという、前代未聞の時代を生きている。この時代において地球観測をどのように進め、得られたデータをどう扱っていけば、よりよい未来を志向できるのか。

答えははっきりしている。「データの徹底利用」だ。データをどう使えばいいかはまだまだ未開拓な分野なので、徹底利用には「データ利用法開発の促進」が必須である。利用法開発の促進には、利用法を研究する研究者を増やす必要があるし、またビジネス的なモチベーションとなるユーザーの開拓が必要である。

研究者を増やすにしても、ユーザーを増やすにしても、まずは「地球観測データはこういうもの」という相場感を社会全般に普及させなくてはいけない。もっと簡単に言えば、地球観測データとその解析を身近なものにする必要がある。

そのために必要なことは、「使いやすい、分析しやすい形での地球観測データの公開」だ。公開は、無償が好ましい。入場料を払ってまで遊園地に行くのは、そこが楽しい場所だと分かっているからだ。多くの人が地球観測データがどういうものでどのように役に立つのかが分かっていない現状で、データを有償にすると人が集まらない。

とはいえ、現段階では民間企業が地球観測衛星に投資し、打ち上げ、運用しているので、そのビジネスを阻害しないように慎重に進める必要があるだろう。

すでに世界はその方向に動いている。いくつかの地球観測データ公開ページが稼働しているのは、これまでに紹介した通りだ。が、まだ足りない。もっと色々なデータを無償で公開していく必要がある。

現状では解像度で区分していて、無償公開は解像度10m程度まで、数mデータまでは比較的安価に使えて、1m以下は高額な有償という形に落ちついている。一部では、1m以下の高分解能データを登録ユーザーに一部無償提供するというプログラムも始まっている。

一次情報を公開していくことで、欺瞞情報への耐性は向上する

このような情報公開の姿勢は、直接と間接の両方で、欺瞞情報への耐性が強い社会を作るのに役に立つ。
「情報の公開」が「情報の秘匿」よりも簡単かつ低コストになったことで、ネットには欺瞞情報が溢れるようになってしまった。嘘を付くのは簡単で広めていくのも簡単。逆に嘘を論破するのにはコストがかかるためだ。

しかし常日頃から地球観測という「地球のマネジメント」に必須の一次情報を公開しておくことで、嘘を論破するコストを低下させ、社会全体の欺瞞情報への耐性を向上させることが可能だ。ウクライナ侵攻でロシアがブチャで行った虐殺では、ロシアは「ウクライナがやったことだ」と主張した。それを打破したのは衛星で取得された地球観測データであったことを思い出そう(参照: もはや国家権力と変わらない性能を有している民間の地球観測技術)。

偵察衛星のデータには、国家が想像もしていなかった使い方がある

私は国家が運用する偵察衛星のデータも一部無償公開して、ユーザーコミュニティが利用法を探るのに使えるようにすべきと考える。情報収集衛星で指摘したように、偵察衛星も「地球観測衛星の一種」であるからだ(参照:年間800億円を消費し続ける、情報収集衛星。偵察のためだけに使うのはもったいない)。

そのデータに、国家が想像もしていなかった使い方が眠っているのは間違いない。特に日本の情報収集衛星は、基本的に地球観測衛星と同じで、分解能が高いだけのシステムなので、機密指定されている情報収集衛星の取得データには利用されざる莫大な価値が眠っていると推定される。

さらには現在、民間によるOSINT(オシント:Open Source Intelligence、公開情報に基づく状況分析)が、国際情勢の把握に力を発揮し始めている。偵察衛星本来の安全保障への利用という面からも、民間に偵察衛星のデータを提供することは、OSINTの発展による国際情勢の安定を図ることにつながる。

機密指定するよりも低コスト。データは公開する方向へ舵を切るしかない

これまで偵察衛星のデータは「公表してしまえば、どこまで見えているかが敵対勢力に分かってしまう」という理由から、機密指定を受けてきた。

しかし、「情報の公開」が「情報の秘匿」よりも簡単かつ低コストという時代になって、情報の秘匿にかかるコストはどんどん大きくなりつつある。トランプ前大統領が米偵察衛星のデータをTwitterにアップしてしまったように、非常に情報は漏れやすくなっており、しかも一旦漏れてしまえば情報を回収することはできない。速やかに複製され、拡散していく一方である。

偵察衛星のデータは、撮像データそのものと、「いつ、どこを撮影したか」のメタタグとから構成される。実はこのメタタグが重要で、これから「その国が何を狙っているのか」という情報を得ることができる。特的地域を集中的に観測していれば、「そこに注目している」ということが分かる、というように。

このうち、どこを撮影したかは、画像を見れば分かってしまう。「いつ撮影したか」は比較的隠しやすい。
現在の国際政治の状況下で、一気に公開するのは現実的ではないかもしれない。それでも少しずつ、偵察衛星のデータは公開していくべきだ。現在アメリカは過去のデータを徐々に公開している(参照:埋もれたデータの宝庫たる偵察衛星と、地球観測)現行の衛星であっても、メタタグをはずしたサンプルあたりから始めて、徐々にでもデータを公開していくべきである

「地球のマネジメント」という観点に立てば、偵察衛星と地球観測衛星に区別はない。いつの日か「地球を知るための情報」「地球をマネジメントするために必要な情報」として、統一して扱えるようにしていくべきなのである。

最後に、無料ないし低廉な価格で利用できる地球観測ブラウザーを掲載する。これらのページでは地球観測データを実際に閲覧したり、あるいは処理して情報を引き出すことができる。まず自分で地球観測データに触れてみるところから始めてみよう。
未来は自ら作っていくものだ。

参照リンク
・Sentinel Hub EO Browser https://apps.sentinel-hub.com/eo-browser/
・EarthExplorer https://earthexplorer.usgs.gov/
・Tellus https://www.tellusxdp.com/
・Planet Explorer https://www.planet.com/get-started/
・Axcel Globe https://www.axelglobe.com/ja