福島真人

福島真人

(写真:Melinda Nagy / shutterstock

テクノロジーへの熱狂には、サイクルがある

chatGPTのリリース後に見られた生成AIへの熱狂。新しいテクノロジーに対してこのような反応が見られることは、決して珍しいことではない。人々は新しいテクノロジーが現れるたびに、熱狂し、期待し、そして落ち着いていく。科学技術社会学(STS)はこうしたダイナミズムを重要な論点として分析している。

Updated by Masato Fukushima on July, 3, 2023, 5:00 am JST

テクノロジーへの熱狂にはサイクルがある

では何故、テクノロジー開発に約束や期待といった言語活動が重要なのだろうか。簡単に言えば、こうしたテクノロジーは常に生成の過程にあり、特にその初期段階では、その実物はまだ完全には存在していないからである。テクノロジー開発には長い時間と資金が要るが、実態のない何かに対して、注目を集め、資金をふくむ援助を得る必要がある。そうした社会的関心を呼び込む手段の一つがこうした期待の働きである。初期テクノロジーへの投資は、まだ見ぬ未来へのそれを意味するため、一種のギャンブルとしての性質も持つ。それが経済的にも社会的にもペイすると納得させる言葉の働きが、約束/期待なのである。

これを事後的に見れば、こうした言説と現実の開発の推移は必ずしも合致しない。期待の言語に煽られて投資をしたものの、成果が得られなかった、あるいはその逆に、ほとんど期待していなかったが大化けした、といった実例は数限りなくある。

こうした期待は言説による膨らましという面があり、現実のギャップによって、期待のレベル自体が上下するということは当然考えられる。これを単純な図式にして技術予測の手段としたのが、いわゆるハイプ(熱狂)サイクルである。先日ある全国紙の科学欄で前後の脈絡なく突然取り上げられていたが、初期テクノロジーへの関心は熱狂から始まり、失望の谷底に落ち、その後ゆっくりと現実的なレベルに落ち着くという話である。専門家たちは、実際は話がいつもこれほど単純なパターンに従う訳ではないと指摘している。開発者側が次から次へと新たなネタを繰り出して、期待があまり落ち込まないように仕向けるといったケースや、逆に大きく失速したあと、殆ど回復出来なかった例など、様々なバリエーションが報告されている。とはいえそうした乱高下の存在についてはおおむね肯定している。

テクノロジー開発のスピードが追いつかなくなるとき、期待はしぼんでいく

ここで興味深いのは、研究者たちは、ハイプは現実にあわないからよろしくない、とは主張していないという点である。むしろまだ見ぬ未来への投資として、ある種必要不可欠のものと考えている。また最近では、個別のテクノロジーに関する期待から、そうした期待を支える、より広範囲な社会文化的要因といった方向に目を向ける研究者もいる。移ろいやすい期待を持続させるためには、それを支えるより大きな基盤が必要だからである。こうした社会文化的基盤を、一部の研究者はテクノロジーに関するimageryと呼んで研究しているが、この言葉はimageという単語よりも、より共同的、集合的な色彩が強い。文化社会的イメージとでも訳せようか。研究の対象になっているケースは、例えば原子力についての共通イメージであるが、それを国際比較したりするのである。最近、経済学等でも、人々が従う「物語」(ナラティブ)が経済活動に大きく影響するという議論もあるくらいだから、こうした社会文化的イメージに注目するのも一理ある。

(写真:Giulio Benzin / shutterstock

こうした文脈からいえば、連日紙面を賑わせている生成AIの話は、まさに、今やハイプの真っ只中にあり、それへの期待を煽る言説も、特に経済誌等では熱狂のピークに達している観がある。とはいえ、既にその勢いには陰りも見え始めている。ハイプ・サイクル図式をまつまでもなく、期待の社会学において、その期待が失速するという現象は日常茶飯事であるが、そもそも初期の期待は何故失速するのであろうか。一番分かりやすい原因は、テクノロジー開発のスピードが、期待に追いつかないという点である。現場での開発者は開発の困難を熟知していて慎重だが、その周辺は、技術的細部を知らないため熱狂しやすく、また冷めやすいという研究もある。

だが、期待の失速には様々な別の、より社会的な要因もある。こうしたテクノロジー開発の弱点として、電力の歴史研究で有名なヒューズ(T. Hughes)は、「逆突出部」(reverse salient)という概念を援用しているが、これはもともと戦場において、戦線でもっとも弱い部分を示す言葉である。彼はこの言葉をテクノロジー開発に応用し、そこがネックになって全体の進展が阻害される部分のことを示している。この考えは技術面のみならず、社会文化的側面にも拡張可能で、まさにそれがもたらす社会的問題が解決できないために、結局開発が頓挫するということがありうる。フランスのある斬新な新型交通システムが、発生しうる治安の問題がネックとなって実現化しなかったという研究もある。

生成AIの興味深い点は、社会に浸透するスピードが驚異的という点と、それに対する懸念もまたすさまじい勢いで拡大しているという点である。期待社会学が扱うテクノロジーは、しばしば開発の初期段階で、社会に対して実際にどういうインパクトを与えるかが分からないうちに失速する場合も少なくないが、こちらは今や一部で大規模な実装化が始まっているというのも珍しい。