森本 裕子

森本 裕子

(写真:Martyshova Maria / shutterstock

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蓄積されたデータから見えてくる、人の心の不思議。それはときに一見非合理で妙な働きをします。今回はものに「触れる」効果について紹介します。

Updated by Yuko Morimoto on July, 4, 2023, 5:00 am JST

殺人犯からの臓器移植に抵抗がある?

あなたが心臓移植を受けることになったところを想像してみてください。さて、その心臓の持ち主が残虐な殺人犯だったと知らされます。あなたは喜んでその心臓を移植してもらおうと思えるでしょうか?

ブリストル大学のフード氏は、殺人犯からの臓器移植はそれが心臓でも肝臓でも、ちょっと、いやかなり、移植を受けるのに抵抗があるという回答が増えることを示しました※1。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言いますが、臓器まで「なんかイヤ!」なわけです。面白いことに、この抵抗感は、イギリス人よりも日本人の方が強かったそうです。

それはともかく、私たちはどうして殺人犯からの臓器移植に抵抗を持つのでしょうか。過去30年ほどの間に、様々な研究によって、人間は「互いに接触した人やモノは、その性質を相手にうつすことがある」と感じてしまうようだ、ということが示されています。この効果は、マジカル伝染効果※2と呼ばれ、心理学や経済学の分野で研究されています。どうやら、モノには心理的な接触履歴が残るようなのです※3。

中古品で充分なはずなものを新品で買わせる方法

マジカル伝染効果、あるいは接触履歴という現象が最も象徴的に現れるのは、中古品と新品の価格差です。人は、中古品を避け、中古品よりも新品に高いお金を支払います。さて、これはなぜでしょうか?

いやいや、中古品は新品よりも品質が落ちているからだよ、とお考えかもしれません。たしかに、本や服など、誰かが使った後には、新品だったときよりも品質が落ちていることが多いですよね。しかし、テレビやオフィスデスクなど、それほど品質の落ちない中古品もあります。ストニー・ブルック大学のホワン氏らは、中古品を避けるのには、どうやら品質だけではなく、やはりマジカル伝染効果が影響していそうだ、というデータを報告しています※4。

ホワン氏らは、アメリカ国内で、どの州の感染症のリスクが高いかを調べました。感染症のリスクが高いほど、中古品を嫌う傾向があるのでは?と考えたのです。もし、中古品の問題が品質だけであれば、感染症と中古品嫌悪との間にはなにも関係がないはずです。ホワン氏らは、中古品の小売業者の収益データを入手し、感染症データとつき合わせました。その結果、ホワン氏らが予測した通り、感染症のリスクが高い州ほど、中古品の小売業者の売上が少ないというデータが得られました。一方で、新品を売っている店の売上は、感染症の蔓延度と関係していませんでした。

ホワン氏らは、次の研究で、インフルエンザの季節を感じさせるオンライン広告バナーを参加者に見せました。架空のAmazon.comスクリーンショットを作成し、こっそりと右上に広告バナーを紛れ込ませたのです。その結果、やはり、インフルエンザを感じさせるバナーが呈示されていた参加者では、新品の購入意図に比べ、中古品への購入意図が低下していました。「なにかが移されるかも」という伝染への懸念と、中古品を避ける傾向が関連しているというわけです。