松浦晋也

松浦晋也

(写真:alleks19760526 / shutterstock

機械と人間はどちらが有能なのか。1960年代、宇宙における答え

機械と人間では、いったいどちらが有能なのかーー。この問いは今になって起きてきたものではない。1960年代にはすでに、宇宙開発を通じて人間はその答えを探りはじめていた。科学ジャーナリストの松浦晋也氏が宇宙に人がいる意義を考える。

Updated by Shinya Matsuura on October, 10, 2023, 5:00 am JST

ソ連が「宇宙飛行士は若い方がよい」と判断した理由

ところで、ソ連が選抜した最初の宇宙飛行士候補6人の、1960年末における年齢を見てみよう。ユーリ・ガガーリン(26歳)、ゲルマン・チトフ(25歳)、アンドリアン・ニコライエフ(31歳)、ワレリー・ビコフスキー(26歳)、パーヴェル・ポポビッチ(30歳)、グレゴリー・ネリューボフ(26歳)——みな、非常に若い。

若いということは、経験を積んでいないということだ。つまりソ連の宇宙飛行計画は宇宙飛行士に経験知を要求していなかった。経験知とは、未知の状況に直面した時に過去の経験と照らし合わせて、的確な対処ができる能力だ。そのような能力を、ソ連は宇宙飛行士に要求しなかった。

ガガーリンら6人が選抜された理由は、まず体力があり、訓練の結果が優秀であったことだった。人間の身体的能力は20代から30代初めがピークである。次いで小柄であること。ボストーク宇宙船は狭く、体格が大きな者は乗れなかった。そして、政治的要請として労働者階級出身であること。共産国家ソ連としては、共産主義の優越性を世界にアピールするために、人類で初めて宇宙に行く者は、資本家ではなく労働者である必要があった。もちろん若いと、共産主義の広告塔としても見栄えは良い。

そもそも、ボストーク宇宙船は、搭乗する宇宙飛行士が、ほとんど何も判断しなくても良いように作られていた。ボストーク宇宙船を動かしているのは、約6,000個のトランジスタで構成された電子回路だった。今風の言い方をすればハードワイヤードで作り込まれたシーケンサーということになる。打ち上げ後、予め設定されたーシーケンスの通りに宇宙船を動作させ、地上に帰還させる。
シーケンスが正常に走っている限り、宇宙飛行士の判断は必要ない。ロケット側が地球周回軌道に放り込んでくれれば後は、宇宙船そのものが自律的に動作する。宇宙飛行士は何をする必要もない。
宇宙飛行士に要求されたのは、打ち上げから帰還までの宇宙飛行において。何が起きているかを記録し、報告することであった。つまり宇宙飛行士は今で言うセンサーであり観測機器だった。正確な記録と報告には知力が必要であり、何が起きるか分からない宇宙において知力を支えるのは体力だ。だから宇宙飛行士は若いほうがよい、ということになる。

人間が宇宙船を操縦できることを重視したアメリカ

対してアメリカは1959年4月に最初の宇宙飛行士候補「マーキュリー・セブン」の7名を選抜した。応募資格は、1)40歳未満、2)身長5フィート11インチ(1.8m)未満、3)体調良好、4)学士号または同等の学位を持つ、5)テストパイロット学校の卒業生、6)飛行時間1,500時間以上、7)ジェット機操縦資格を持つこと——というものだった。つまり軍のテスト・パイロットである。
軍用試作機の試験飛行を担当するテストパイロットは、何が起きてもきちんと状況を把握・報告し、なおかつ機体を破棄したり破壊したりすることなく安全に着陸させることを要求される。つまりアメリカは、何が起きるか分からない宇宙飛行において、十分な経験を積み、訓練を受けた人間の判断力・適応力が重要だと考えたのである。

選ばれた7人の、1960年末時点での年齢は以下の通り。
スコット・カーペンター(35歳)、ゴードン・クーパー(33歳)、ジョン・グレン(39歳)、ガス・グリソム(38歳)、ウォーリー・シラー(37歳)、アラン・シェパード(37歳)、ディーク・スレイトン(36歳)。

ガガーリンらと比べると、ほぼ10年は年長である。それだけ経験を積んだメンバーを集めたのだ。
宇宙飛行士候補を、軍のテストパイロットから選んだことは、宇宙船の設計にも影響した。彼らは「我々はテストパイロットである。従って我々の乗る宇宙船は操縦できるべきである」と主張した。結果、アメリカ初の有人宇宙船「マーキュリー」「ジェミニ」「アポロ」には、搭乗する宇宙飛行士が外部を確認するための窓と、宇宙飛行士による姿勢と軌道の変更機能が装備された。宇宙飛行士が操縦桿を操作すると、機体各部に装備されたスラスターという小さなロケットエンジンが噴射して、機体の姿勢、あるいは機体が飛行する軌道を変更することができる。エンジンそのものは、1)地上の管制局からの指令、2)搭載シーケンサーによる自動操作、3)宇宙飛行士による操縦桿への入力——の3つの方法で噴射させることができたが、3)の宇宙飛行士による入力が、1)と2)よりも優先される設計となった。宇宙飛行士に操縦手段を与えなかったボストーク宇宙船の設計とは対照的である。