村山司

村山司

オーストラリアの内陸部。風車で水を吸い上げている。

(写真:佐藤秀明

世界には無数の「言語」が隠されている

AIと人間の差をコミュニケーションに求める人は多い。しかし、そもそもコミュニケーションとは何なのだろう。それは人の言語や心の動きだけを解析していれば、理解できるものだろうか。
世界にはコミュニケーションをする生物が無数に生きている。
長年イルカの研究を続けてきた海獣学者の考察を通して、コミュニケーションの根源を探ってみよう。

Updated by Tsukasa Murayama on January, 27, 2022, 8:00 am JST

この世はコミュニケーションだらけ

コミュニケーションとは何かという根本的な問いを考えるうえで、動物のコミュニケーションはヒトのように複雑ではなく、単純で基本的なので格好な題材である。

しかし永い間、動物にはコミュニケーション能力はないと考えられてきた。彼らには他者の考えを推量したり、想像する能力がないからというのがその理由。特に、ヒトの「言語」よりも洗練されたコミュニケーションはないと信じられていたため、言語を持たない動物にはコミュニケーション能力があるはずがないと思われていた。しかし、海外旅行をした時、その国の言葉を話せなくても、身ぶり手ぶりで相手にこちらの希望や状況を伝えることはよくあることである。つまり、私たちヒトだってコミュニケーションに必ずしも「言語」は必要なく、その代わりになる手段がたくさんあることがわかる。したがって、ヒトのような言語を持たないことがコミュニケーション能力がないことにはならない。

キリマンジャロとキリン
2007年ごろ、ケニアの国立公園にて撮影。後ろに見えるのはキリマンジャロで標高は5,895m。現在ではこれほど冠雪することは多くない。

実は動物たちにはすばらしい情報交換のやり方があり、ヒトには感知できないコミュニケーションを盛んに行っている。この世はコミュニケーションだらけである。

その方法は身ぶり、接触感覚、音声、においと多彩である。一端を挙げてみるなら、ミツバチはいわゆる「8の字ダンス」とよばれる方法で蜜までの方角や距離を伝えているし、ミノカサゴはヒレを大きく振ることで仲間に狩りを誘っているらしい。

シロアリやカニの仲間などは頭や脚を地面に打ちつけてその振動が情報になっている。ゾウは低いうめき声をあげ、遠くの個体はその振動を地面ごしに感じることができる。しかし、ゾウでは、何よりの接触によるコミュニケーションは鼻どうしの優しいタッチである。ヒトだって本当は握手をしただけでいろいろなことを感じ取れるはずだが、残念ながらあまり積極的に活用しているとは思えない。

音のコミュニケーションはさらに多彩を極める。昆虫はもちろん、サカナ、トリ、そして哺乳類など、音を巧みに発している動物は非常に多い。それは「声」であったり、羽や筋肉をこすり合わせた摩擦音だったりで、求愛、警告、親和的な表現とさまざま目的がある。こうした動物たちのコミュニケーションの文脈は「闘争の解決」「なわばりの維持」「繁殖」「社会的都合」「親子関係」などに区分できる。

そして、コミュニケーションの最も洗練された手段が「言語」である。ヒトと同じような「言語」ではないけれども、動物界には「言語」の基本的特性がいくつも見つかる。実は動物たちは言語を定義している要素を満たすようなコミュニケーションをちゃんとしているのである。

トリやサルの仲間、あるいはジリス、プレーリードックなどをはじめとする多くの動物は捕食者の種類によって警戒音を鳴き分けている。また、ニワトリのフードコールでは同性がそばにいる場合と異性がそばにいる場合とでエサを教える鳴き方を違えている。つまり、特定の音を特定のものに対応させ、イメージさせている(「象徴性」と呼ばれる)。また、シジュウカラは鳴く音の順番を変えることによって意味を変えている。すなわち文の構成能力がある(これは「文法」)。これらのことは、物に名前を命名したり、文を組みたてるといった言語の定義に相当するもので、動物にも「言語」を使う能力があることを示している。ひらがなやアルファベットを使うことだけが言語ではないのだ。

「こういう鳴き方をしている、そこのあなた」

イルカたちもコミュニケーションをしている動物である。群れの中では盛んにピューィ、ピューィと、多くの個体が鳴き交わしており、複数の個体が役割分担しながら狩りもする。また、シャチは一糸乱れぬさまざまな隊形を取りながら泳いだり、何個体かで囮を使った狩りをする。こうしたことは行き当たりばったりにできることではなく、何かしらのコミュニケーションで情報を統制し、作戦を練らなければ成立しない。しかしそこで繰り広げられているコミュニケーションの中身はいまだに謎のままである。だから、イルカのコミュニケーションを知るには断片的な事象をつなげていくしかない。

ロバに乗る女性たち
1972年ごろギリシャにて撮影。サロニカ(テッサロニキ)近くの農村。買い物に行くにもみんなロバを使っていた。後ろ見えるのはオリーブの木々。

まず、コミュニケーションのうちシグナルとして機能していることに体色や模様がある。イルカは種によってからだの色や模様のパターンが違っているが、その違いによって自分と同じ仲間かどうかを見分けているらしい。また、からだの模様が変化すれば、その個体が何をしているかを知ることができる。たとえば、模様が回転していれば、今このイルカは回転していることがわかるといった具合である。このように、色や模様といったシグナルで仲間を識別したり、その行動も知ることができる。あるいは、イッカクは闘争の際、牙(正確には上顎の歯が突出したもの)の長さで優劣を競う。牙の長さが強さのシンボルになる。

では、メッセージはどうだろう。
動物はふつう個体ごとに異なる鳴き声を持っているので、それを聞けば誰が鳴いているかがわかり、同種や親子を識別する手がかりとなる。例えばペンギンは集団の中から声だけで配偶者を探し当てるし、セイウチやトドも親子で鳴き合ってお互いを確認し合う。

イルカにも個体固有の鳴音があることがわかっており、それはシグニチャーホイッスルと呼ばれる。群れの中に入っていくときには、「私、こういう鳴き方をするイルカですが」と自分のシグニチャーホイッスルをあたかも名刺のように使っている。

また、イルカたちは相手に呼びかけたり働きかけたりするときにも音を使う。ただ、やみくもに鳴いてもエネルギーの無駄使いで効率が悪い。コミュニケーションしたいならこちらがコミュニケーションを取ろうとしていることに気づいてもらわなければならない。ヒトは誰かに呼びかけるときには「●●さん」と相手の名前を呼ぶが、実はイルカも同じようなことをする。イルカは音の模倣が得意なので、誰かに呼びかけるのにその個体のシグニチャーホイッスルをマネする。「こういう鳴き方をしている、そこのあなた」とばかりに、そのシグニチャーホイッスルをその個体の「名前」のように使っている。マネされたほうのイルカにすれば自分の声をマネされたら、誰だろうと気になり、反応することになる。こうしてお互いの鳴き交わしのコミュニケーションが始まる。もしこのとき反応がないときは、もう一度そのシグニチャーホイッスルで呼びかける…そう、まるでヒトと同じことをしている。