大場紀章

大場紀章

サウスアフリカのヨハネスブルグ。ハウトレインと呼ばれる鉄道が走っている。後ろに見えるのは火力発電所。2018年ごろ撮影。

(写真:佐藤秀明

日本人が理解しがたい「気候正義」

脱炭素の思想 人類は地球に責任を負えるのか」では、どのような考えが脱炭素の基点となっているのかを整理した。次にみえてきたのは、脱炭素の問題点である。エネルギーアナリストの大場紀章氏が解説する。
(この記事は2022年の始まりに実施した公開インタビューの一部を編集してお届けしている)

Updated by Noriaki Oba on February, 14, 2022, 8:50 am JST

脱炭素を進めているのは誰か

脱炭素を進めていくということは、すでに政治的には大筋で合意がなされている。しかし最近では国と国との間の約束ごとよりも、企業の活動に対しての世間の関心が高まっている。例えば、最近アメリカの石油会社・エクソンモービルがCO2の削減計画を発表したが、これは政府から要請されたわけではなく、むしろ株主からの要望で行ったものだ。

もはや脱炭素は政府が主導して企業に削減をお願いしたり命令したりすることで推進されるものではなくなってきている。例えば、環境団体が株主となって企業の行動を直接変えたり、企業を裁判で訴えたりすることで動きがあることもある。もちろん未だ政府は非常に重要なプレーヤーではあるが、その存在感は以前に比べれば徐々に小さくなっている。

排出の責任は誰にある?

大量のCO2は石油や石炭を掘って売り、それを誰かが燃やすという形で発生している。そうすると、このCO2排出の責任者は掘る人なのか、売った人なのか、燃やす人なのか、その先でそのエネルギーを使う人なのかという問題が浮かび上がる。

従来は「燃やした人が悪い(=責任がある)」、あるいは「エネルギーを使った人が悪い」という考え方で整理されていたが、最近は「掘る人が悪い」、「石油等を売る人が悪い」、「エネルギーを使う機械を売った人が悪い」といった主張が増えてきている。燃料の燃焼などによるCO2排出をスコープ1、電気や蒸気などのエネルギーの使用による間接排出をスコープ2、燃料の販売やエネルギーを使う装置の販売などその他関連する間接排出をすべてひっくるめてスコープ3というが、最近ではそのスコープ3も責任を全うすべきだという論調になってきたのだ。

面白いのが、実は産油国も脱炭素宣言していることだ。サウジアラビアやUAE、マレーシアといった産油国は2021年に次々と脱炭素宣言をした。しかし彼らのいう脱炭素というのは、掘った石油を燃やすときに出るCO2に対するものではなく、主に油田を掘っているときの経済活動に関するものである。「掘削作業をするときに出るCO2はゼロにします」(つまりスコープ1と2)というのもので、彼らの主張では、輸出した石油がその先でCO2を排出すること(スコープ3)には自分たちは関知しない。当面石油は世界中で使われ続けるので、自国での脱炭素は大きな経済的損失にはならないと考えているのである。

ちなみに石油などの地下資源の所有権は、近代的な枠組みでは、ほとんどすべての国で国家が資源を保有し、民間事業者は鉱業権を国から得て掘っているという構図だ。ただ、例外的にアメリカ(とカナダ)では、歴史的経緯から地下資源はその上の土地の所有者のものとされている。私有権があるのだ。

森林火災
2010年撮影。オーストラリアで発生した森林火災。気候変動が森林火災のリスクを高めていることが指摘される一方、ユーカリなど一部の植物は火事を利用して生存域を広げている。

やや話がそれるが、世界でアメリカだけでシェール革命が起きた理由の一つは、資源の所有権が個人にあるからだ。彼らは自分で掘らなくても、油田の上の土地の所有者であるだけで儲けることができる。石油会社に油田を掘らせておけば、その土地の権限を持っている人にはロイヤリティがどんどん入ってくるので、好きなだけ掘ってくれということになる。毎週何もせずとも1億円が入ってくるような富豪がアメリカ中に生まれたのである。普通は自分の土地の地下に穴を掘られたらかなり抵抗するはずだが、それだけの収入があるなら大抵の人は納得する。だからこそ、一気にブームが広がった。一方で油田の隣に住んでいるような人は権限がないから掘削に反対するということも起きた。