表面的な歴史観の修正へ
興味深いことに、われわれの身近でも、こうした関心の高まりを感じるような仕事もある。山崎エリナの『インフラメンテナンス』はまさにそうした市井の関心を、写真という形で表現した印象的な作品である。これは道路に関する補修、メンテナンスの作業を丹念に写し取った写真集である。水道、ガス、電気等の基盤技術の補修、維持は言うまでもないが、遺伝子工学からデータサイエンス、あるいは地球温暖化研究まで、現在脚光を浴びている先端的研究を影で支える多くの仕事についても同様のことがいえるだろう。こうした関心が高まってくれば、先端的テクノロジーが他のそれを圧倒する歴史、というかなり表面的な歴史観が修正される日も近いのかもしれない。
キラキラと輝く著名な建築物の掃除のしにくさに苦言を呈するうちの細君は、その独特の観点から、インフラ論的転倒の実際の破壊力を証明しているのである。
参考文献
『江藤淳著作集続4』「五色の文字と蝶の翅ー万博ぶらりぶらり」江藤淳(講談社 1973年)
『科学技術社会学(STS) テクノサイエンス時代を航行するために』日比野愛子、鈴木舞、福島真人 編(新曜社 2021年)
『真理の工場―科学技術の社会的研究』福島真人(東京大学出版会 2017年)
『UP 2018-10』福島真人(東京大学出版会 2018年)
『現代思想2020年9月号 特集=統計学/データサイエンス』「データの多様な相貌―エコシステムの中のデータサイエンス」福島真人(青土社 2020年)
『学習の生態学-リスク、実験、高信頼性』福島真人(筑摩文庫 2022年)
『インフラメンテナンス―日本列島365日、道路はこうして守られている』山崎エリナ(グッドブックス 2019年)
『不確実性のマネジメント―危機を事前に防ぐマインドとシステムを構築する』カール・E. ワイク、キャスリーン・M. サトクリフ(ダイヤモンド社 2002年)
How buildings learn: What happens after they’re built Stewart Brand(Penguin Books 1994年)
The social construction of technological systems: New directions in the sociology and history of technology Wiebe E. Bijker et al. 編(MIT Press 1987年)
The shock of the old: Technology and global history since 1900 David Edgerton(Profile Books. 2006年)
Star, S.L. (1999) The ethnography of infrastructure. American Behavioral Scientist 43(3): 377-391