松村秀一

松村秀一

スペイン・アンダルシア地方の古都カディス。コロンブスの出航地でもある。美しい港町は貿易港としても観光地としても有名。

(写真:佐藤秀明

ものづくりの豊かさを多くの人に開いていくために

これまでに松村秀一氏は日本の建築文化の基層を築く大工たちが激減していることを指摘。その現象を憂うと同時に、女性職人たちが増えていることを発見し、「希望」だと考えた。

女性職人たちが何を考えているのかを知りたいと考えた松村氏は当人たちにインタビューを実行。前回の記事ではそのなかからでてきた女性大工たちが現職を目指した動機などを聞き、紹介した。今回はさらに話を深め、現場ではどのようなことが起きているのかを調査した。松村氏の貴重なレポートを紹介する。

Updated by Shuichi Matsumura on April, 11, 2022, 8:50 am JST

間口を広げなければ新たなものづくり人は現れない

日本の建築・都市の基層をなす大工等のものづくり人の世界。それが持続不可能なほどに痩せ細っている。みんな気づいている筈なのに、有効な手を打てずにいる。私が考えていることが有効な手に繋がるかどうかは心もとないものの、試してみるしかないだろう。それは、建築・都市に関わるものづくり人の世界のあちらこちらに歓迎の扉を設けて、女性や、DIY好きの素人や、色々な年齢層の人や、様々な国籍の人に開いていくこと。10代に職人になったら一生職人だと決めつけずに、あちらこちらの扉からの出入りも自由にしていくこと。従来「俺がプロの職人」と自負し、「これこそが職人」というような固定的なものづくり人像を掲げてきた方々には、すんなりと受け入れてもらえないかもしれないが、とにかくものづくりの豊かさを多くの人に開いていくことが肝心だ。その中からは「これこそが職人」というものづくり人も現れるだろうし、これまで見たこともないような自由を獲得したものづくり人も出てくるだろう。私はそう考えている。

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カナダのオンタリオ・ハイウェイ。400番台がついた道路網が有名。

そんな考えに肉づけをしていくために、前回は16名の女性大工の方々の話、特に彼女たちがなぜ大工になりたいと思い、どのようにこの世界に入ってきたのか、その経験談に耳を傾けた。聞き手である私が強く印象づけられたのは、彼女たちのポジティブさだった。具体的には、ものづくり人の仲間に加わることを「カッコいい」という感想に代表されるように、肯定的に捉える感性が豊かに存在していることに、心動かされた。それでは、実際に入ってみたものづくり人の世界は、彼女たちにとってどういう世界だったのか。そこには彼女たちが期待する豊かさがあったのか、そしてはたして彼女たちはなりたいものづくり人像に近づいているのか。今回はそのことに的を絞り、再び彼女たちの声に耳を傾けてみたいと思う。
なお、このインタビューは前回と同様に、科学研究費基盤研究(B)「建築現場を担う人材の多様なあり方に関する研究」(課題番号20H02326)の一環として2021年に行った。そして、彼女たちの名前は前回と同じ仮名である。

力がなくても大工仕事はできる

タカヨさんは地元の商業高校卒業後、彼女が中学生の時に他界されたお父さんと同じ大工の道を選んだ。手に職をつけられる仕事だというのが一番の理由だった。当時としてはまだそう多くなかった社員大工の募集を見つけたのも大きかった。それから25年。40代半ばになり、上は中学3年生から下は1歳までの4人の子供を産み育てるタカヨさんは、住宅等の建設現場に入る3~4名の大工チームのサブリーダーとして、後輩大工の指導役や建設現場全体の統括役を務めている。

―これから女性大工が増えてくるとすると、タカヨさんのようなモデルの存在は大事だと思います。子育てとの両立は大変だと思いますが、夫婦間の役割分担などはどうなっているのですか?

タカヨさん「夫とは社内結婚で、私のチームには大工の夫も加わっています。2年先輩の彼がリーダーです。そういう意味では、社長とも何でも相談しますが、融通の利く職場だと思います。夫婦で同じ大工、同じチームですから、家でも仕事の話は多いです。明日の現場の段取りの話やら、細部の納まりの話やら。そういう点では特殊な例かもしれません」

―下のお子さんがまだ1歳というから、まだまだ大変な時期ですね。これまで4人のお子さんを育ててきて、大工を辞めることを考えたことはないですか?」

タカヨさん「ないですね。そんな私の姿を見ているからでしょうか、小学4年生の娘が将来は大工になりたいと言ってくれています」

―タカヨさんの時代には、女性大工は今よりももっと珍しかったでしょうし、色々と困ったことが多かったのではないですか?

タカヨさん「古い話になりますが、近くに男性がいる時には、現場の仮設トイレに入りにくいということ等はありました。そして、できるだけ女性だということを知られたくないと思っていました。男性と同じように扱ってもらって、なるべく気を遣わせないようにと心がけていました。ヘルメットを深くかぶって、まわりの男性と同じ服装をしてとか」

―社会全体の認識が今とはかなり違っていた時代の話ですね。その当時は、職場の環境を変えてほしいと思ったことはなかったですか?

タカヨさん「当時はなかったです。ただ、環境を変えてほしいということはないですが、今後は、力がなくても大工仕事ができるということを伝える必要があると思います。造作工事(仕上げや室内装飾等の工事)なんかはそんなに力はいりませんから。大工と言えば力仕事や高所作業等の危険作業というイメージがあるでしょうが、それらは仕事の一部に過ぎないことを伝えていく必要があります。それと、私が入職した頃は『見て覚えろ』ということで、言葉で教わることはありませんでした。今やそれでは通用しませんから、一から十まできちんと言葉で教えるようにしています」

―逆に女性だからこその強みのようなことはありますか?

タカヨさん「器用だと言われることはあります。タカヨさんのチームの現場はきれいだと言われることが多いです。男性とは目の届くところが違うようで、一服後に掃除をしたり、作業の後は材料を一か所に集めておいたり、ビスや釘をまとめておいたりと、いつ見られても良いように他のチームよりも高いレベルで掃除をしています」

―コミュニケーションについてはどうですか?

タカヨさん「『女性は珍しいね』と声をかけてもらうこともあり、女性であることをきっかけにお客さんとのコミュニケーションがとりやすくなることもあります。棟梁よりもお客さんと話すことは多いかもしれません」

―さて、タカヨさんは26年間大工を続けてきたわけですが、何歳くらいまで大工でいたいですか?

タカヨさん「下の子がまだ1歳なので、後20年は働かないといけません。ただ、そうなると60歳代半ばになります。体が動くうちは大工をしたいです。ただ、いつどうなるかはわからないので、独学で2級建築士の資格を取りました。資格向けの勉強をすれば、大工以外の分野の知識が増えるので、お客さんとの会話が膨らむだろうと思います。更に勉強して1級建築士資格も取得できれば、体が動かなくても次があるだろうと」

現時点では、タカヨさんほどの経験のある女性大工は珍しい。そのタカヨさんがこれだけ確信をもって充実したものづくり人としての生活を送っていることには、大いに勇気づけられる。そして、大工からの転身もありそうな、これからのタカヨさんのキャリアパスは非常に重要だ。いずれ後に続く皆が通り得る道という意味で。そう、入り口だけでなく出口も、一部屋でなく異なる複数の部屋を用意しておくこと。それがこれからのものづくり人の世界には重要だ。

ある日いきなり親方に

ユキエさんは小学生時代に見た大工の姿に憧れて、技術専門校卒業後に大工になった。7年経った今、既に「親方」として何棟かの新築工事を担当している。その間に、皆男性ではあるが、後輩の大工も何名か入社してきて、時に彼らを指導することもあるが、それは少々難しいことだという。自分の理解がそのまま後輩の理解に繋がるように説明するのに一苦労しているらしい。

その彼女自身は、何人もの親方衆に指導を受けてきた。建設現場が変わるごとに30代から40代の異なる社員大工の下で働いてきたからだ。よく怒られたと話す。

ユキエさん「最初の頃はどうしてもあるんですよ。言われたことを間違ってやっちゃったり、過去にやったのと同じミスを繰り返したり。それに道具の扱いに慣れていないから、どうしても危ない使い方をしちゃったり」

―そうすると厳しく𠮟られる。でもそれは仕方ないですね。大工になる前に思っていたよりも大工の仕事は難しいですか? 

ユキエさん「いいえ。どちらかと言うと『思っていた通り難しい』ですかね。だけど、難しくても、やっぱりやり甲斐はありますね。完成した家を見たりするとじわっときますね。帰り道にわざわざ遠回りをして自分の手掛けた家の前を通ったりして。その家に明かりが灯っていたりするとうわーってなりますね」

―それはいいですね。

色々と指導されてきたユキエさんだが、入社1年目と2年目には技能オリンピックに出るような腕前だった。やはり、訓練の場での腕前と実践の場での適応力というのは違うということだ。その中で順調に力を付け、今や親方になっているユキエさん。ただ、まだ20代半ばだ。やってみたいことはいくらでもある。例えば、本格的な和室。今ではなかなか注文が少なくなっていそうだが、室内に木部が多く表れる本格的な和室は大工の腕の見せ所。良い和室の注文に出会うことを期待したい。

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奈良の唐招提寺。鑑真が唐律を学ぶための道場とした寺。平成の金堂大修理には、多くの技術者たちが結集した。

こういうふうに話を聞いていると、昔ながらの柱や梁の継手仕口の手刻みに憧れているのかと思うが、それは案外違っていて「やれるチャンスがあるならやってはみたいですけど、ちょっと面倒臭いかな。プレカット機械にやってもらった方が精度も良いし、楽だし」とのこと。大工の腕の見せ所は、何も継手仕口の墨付けや手刻みだけではない。ユキエさんのこの反応は、そのことの表れだ。

現場を任される親方になると、段取りが腕の見せ所になってくる。この点でユキエさんはまだまだ修行中のようだ。でも確実に目標だった大工像に近づいている。話を聞いてみよう。

―そもそもいつ親方扱いになったんですか?

ユキエさん「入社5年経った頃に、社長から『1軒やってみろ』って図面を渡されて。『この現場、親方は誰ですか』と聞いたら『おめえだわ』って。ビックリというか、パニックになりました」

―そうやって、皆ある日突然親方になるんですね。その後何軒か親方をやってどう、慣れてきました?

ユキエさん「私の場合、まだまだ先読みが下手なので、すぐに『あ、やばい』ってなっちゃう。まわりの先輩たちは、もっと心にゆとりがある感じです」

―段取りですね。特に翌日の?

ユキエさん「翌日だったり、もっと先のことを読んでいたり。それが毎日大変で。先輩から『お前はテンパるから駄目なんだよ』ってよく言われるんですが、大体帰宅する前に脳みそがショートする感じです」

――ユキエさんは元々カッコいい大工に憧れてこの世界に入ったでしょ。その点では今どうなっていますか?

ユキエさん「まわりから見てカッコいいというか、汚らしく見えないように、服装も歩き方も道具の持ち方も気をつけています。いつも誰かから見られているという意識で動かなきゃ、という気持ちではいますね。現場の前を通りがかる近所のおばさん達から『ねえちゃんなのにカッコイイね、あんた』と言われたりすることもあります」

大工の世界で女性はマイノリティ。そのため、工具や作業着や建設現場や作業場のトイレについて、もっと考えてほしいという声を聞くことも少なくない。7年の経験を経て親方になったユキエさんの場合はどうだろうか。

ユキエさん「確かに現場のトイレ、最初は衝撃でした。でも、慣れましたね。今は別に困っていません。でも、道具と服装はね。道具は全般に重いし、ガンの類(釘打ち機など拳銃型の工具)は打った時の反動が大きくて、結構身体に負担がかかります。安全靴や作業着は男性向けが多いので、自分にピッタリ合うものは少ないです」

これらのことに関しては、人それぞれで色々な意見がある。トイレについては、同じように始めは驚いたという方も多いし、未だに現場のトイレを使うのは嫌だという方もいるが、自分が入社してから会社が対応してくれたという方もいる。道具の重さ等については、自分がそれに慣れるように鍛えていくという考えの方もいるし、1年程で慣れて今では問題ないという方もいる。服装に関しても、他の人はどうしているのかなと情報不足を感じている方もいれば、全然困っていないという方もいる。

さて、次の先輩は4年半の経験を持つコナツさんと、3年の経験のナチコさん。コナツさんは、大工がカッコいいと思ってこの世界に入った点も、手がけた家が完成し、建て主に喜んでもらえた時にやり甲斐を感じる点もユキエさんと同じ。また、何人かの親方の下で経験を積んできた点も同じだ。その中でコナツさんが感じているのは、親方による手順や納め方等、いわば流儀の違い。流儀の違いがあるので、前の現場の親方から習ったやり方でやっていると、今度の親方には違うと言われることがある。そのことに関しては、コナツさんの場合、率直に「前の親方からは違うやり方を教わりました」と言うらしいし、それぞれが現場から帰ってきた後、雑談の中でその違いについて話し合ったりもするという。彼女が親方同士のコミュニケーションの潤滑油のような役割を果たしているように伺った。

コナツさん「私が来たことで、職場の雰囲気が変わったとはよく言われます」

―明るくなったとか?

コナツさん「はい、そんな感じです」

一方、ナチコさんは現場で一通りのことを学んできて、これからの自身のスキルアップについて次のように語ってくれた。

―3年経つと随分と仕事の実力がついた感じでしょ?

ナチコさん「まだまだ小さい範囲ですけど、任されることが多くなりました。段取りや材料について、どのくらい必要かとか、どの程度加工するかとか、今までの経験に基づいて自分で考えるというのを、どうにかこうにかですけれどこなしていくのは楽しいです」

―良かったですね。でもこの先のスキルアップについてはどう考えています?

ナチコさん「現場の流れは一通り、自分でやったことのない仕事もありますけど、わかってはいます。でも、自分で実際にやってみると、本当にこのやり方で良いのかなあ、他にもっと良い方法があるんじゃないかなと思うことはあります。会社ってやはり閉鎖的なので、折角SNSの発達した時代にいるのだから、Youtube等を通じて他所から情報を取り入れてやってみるのは結構大切かなと思っています」

さて、彼女たちは女性だから、例えば体力的に厳しい作業等についてどう捉えているのだろうか。コナツさんは、この仕事に女性だから難しいということは特段ないし、「女性だからできない」と言われるのはすごく嫌だと言う。

コナツさん「なので、めっちゃ頑張って。もしそれでもどうしてもできない時は、正直に先輩に言います。『やっぱり無理なんで、ちょっと一緒にやってくれませんか』と」

――一方のナチコさんも似たようなことを語ってくれた。

ナチコさん「丸3年やって、筋肉はまあまあついてきたと思うのですが、これ以上筋力はつかないなという気がしていて、重い梁とか持てないというリミットが何となくわかるようになってきました。そういう時はまわりに手伝ってもらったり、機械を使ったり。そこの見極めが迅速にできるようになってきました」

彼女たちは、結婚や出産や将来の体力の衰えについてはどう考えているのだろうか。そのことを、大工の仕事は楽しくてやり甲斐があって、身体を使うからぐっすり眠れると言うコナツさんに尋ねてみた。すると、「そのすべてについてすごく考えます。でも会社の方も、そういうことがあれば協力するからと言ってくれていますので、先ずは今を頑張ろうと思っています」と前向きな答えが返ってきた。何とも頼もしい限りだ。

あちこちの扉を開けることから始める

今回ご紹介できなかった13名の女性大工の方々も、経験年数はまだ少ないものの、思っていた通りの仕事で、着々と経験を積み重ね、ものづくり人としての力をつけていることを異口同音に語ってくれた。まだ1年程の経験しかないある方は、「DIY好きの女性なんかにはきっと楽しいですよ」と言ってくれた。ここにも別の扉の可能性が見出せる。その時に必要になるのは、どうやら、親方が自身の流儀を言葉少なに伝えるこれまでのやり方ではなく、ずっと効果的で親しみやすい技能と技術の教育法だと思う。今回の3名の女性大工の方々の話からも、十分にその必要性が伝わってきた。

ものづくり人の世界のあちらこちらに、出入り自由な扉をつける。そのためには、扉の先にどういう世界が広がっているかを伝える努力が必要だし、更には、敷居を超すための教育法の確立が必要だ。今回2回に分けて取り上げた女性大工の方々の肉声は、前者の必要にいささかでも答えるもののつもりだったが、後者の教育法については引き続き今後の課題としておきたい。