暮沢剛巳

暮沢剛巳

アスタナ万博の展示。世界中の国々を表現した擬人化アートが立ち並ぶ。

(写真:Nykonchuk Oleksii / shutterstock

アスタナ万博で放たれたタイの異彩。「万博思考」はこうして生まれる

2025年に再び大阪で開催される万博。お祭り行事だと思ってただ騒いだり無視したりするのはもったいない話である。近年の万博は、地球規模の課題解決方法を模索する場となっている。そこには「万博思考」が張り巡らされ、多様なアイディアが集結する。美術評論家の暮沢剛巳氏が解説する。

Updated by Takemi Kuresawa on June, 2, 2022, 9:00 am JST

最適解を導く「万博思考」の登場は必然的だった

以前「岡本太郎とデザイン」について取り上げたとき、私は岡本の仕事をデザイン思考という観点から論じた。デザイン思考とは、問題のソリューションを導くために、デザイナーがデザインを行う時の思考をビジネス等の現場に応用したものであり、その思考は(1)観察・共感(Empathize)/(2)定義(Define)/(3)概念化(Ideate)/(4)試作(Prototype)/(5)テスト(Test)の順に進行する。実際に岡本のいくつかの作品について見てみると、その制作プロセスは多くの点でデザイン思考のそれと共通していた。

今回私が提案した「万博思考」は、換言すれば万博を舞台としたデザイン思考のことである。万国博覧会は、それ自体が巨大なデザインイベントとしての側面を有している。多くのパビリオンが林立する会場で、参加各国や企業はいかにして自国や自社の魅力や技術を訴求するのか。博覧会国際事務局(BIE)の方針転換によって万博が課題解決型イベントへと変容を遂げた21世紀には、ここにいかにして与えられた課題へのソリューションを提示するのかという要素が加わった。上記のプロセスに従って最適解を導く「万博思考」の登場は必然的な事態だったと言ってもよい。

もちろん、環境問題の重視という緩やかな枠組みはあるにしても、各回の万博が掲げるテーマは異なったものであり、また参加各国や企業が試みるアプローチも千差万別である。多くの興味深い試みの中でも、ここではミラノ万博におけるカザフスタン館とアスタナ万博におけるタイ館の展示に注目してみたい。

課題に得意分野で応えようとしたイタリア

前回も触れたように、2015年のミラノ万博は「食」を前面に押し出した万博であった。正式なテーマは「地球に食料を、生命にエネルギーをFeeding the planet, Energy for Life」。万博は参加各国が自国のパビリオンで特産の農産物を展示したり、レストランやカフェで名物料理や銘酒を提供したりする「食の祭典」としての性格を持つイベントだが、「食」を全体のテーマに掲げたのはこの時が初めてであった。イタリア料理の人気は誰もが認めるところであり、主催者はBIEの求める課題に対して得意分野で応えようとしたのかもしれない。

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ミラノ万博のシンボル「生命の樹」のライトアップショー。

もちろん、単に「食」というだけでは範囲が広すぎるので、参加各国や企業が具体的に展示のプランを練るためには、メインテーマの下にサブテーマを設ける必要がある。ミラノ万博では以下の7つのサブテーマが設けられた。

1.食料の安全、保全、品質のための科学技術
2.農業と生物多様性のための科学技術
3.農業食物サプライチェーンの革新
4.食育
5.よりよい生活様式のための食
6.食と文化
7.食の協力と開発

ミラノ万博が開催された2015年は、国連でそれまでの中期目標であったMDGsを発展的に継承する形で、新たな中期目標であるSDGs(持続的な開発目標)が採択された。これらのサブテーマはそれを強く意識している節があるが、いずれにせよ参加各国や企業には、これらのサブテーマに即して「食」の問題へのソリューションを提案することが求められた。2015年8月下旬に会場を訪れた私が現地で見た回答は様々だったが、なかでも興味深かったのがカザフスタン館である。

10分の1にまで縮小したアラル海の危機と同時に、特産品のキャビアをPR

カザフスタン館はドイツのgtp2アーキテクツがデザインを手掛けた銀色のパビリオンで、力の入った展示が観客の話題を呼び、当日は長蛇の列ができていた。
最初の部屋はスクリーンのみのがらんとしたスペースだったが、そのスクリーンではカザフスタンの歴史を紹介する砂絵(サンドアート)の映像が上映されており、「掴み」としての役割を果たしていた。

次の部屋からは、具体的なモノや解説パネルなどを交えた展示へと移行する。中でも力が入っていたのが、世界第14位の生産量(2020年時点)を誇る小麦と特産品である綿花やリンゴ(遷都前の首都であったアルマトイは「リンゴの里」という意味である)の展示であり、ドローンを活用した新型農法が紹介されていた。

一方、上階のハイライトだったのがアラル海の環境問題である。かつて世界第4位の湖沼面積を誇ったアラル海だが、旧ソ連時代の無計画な治水事業が原因で、半世紀の間にその面積は約10分の1にまで縮小、深刻な塩害によって周辺の農漁業は壊滅的な打撃を受けた。この展示では、現在も続くアラル海の縮小の危機を訴えると同時に、いかにしてその環境を保護するべきなのか、専門家の提言が映像などを交えて紹介されていた。また会場内に設置されていた巨大な水槽のなかでは、チョウザメが泳ぐ生態展示も行われていた。特産であるキャビアのPRに余念がなかったのは言うまでもない。

これを先ほどのサブテーマに引き寄せると、下階の展示は1,3,5,6,7と、一方上階の展示は1,2,5,6,7と強く関連しているように思われた。万博の舞台で「食」を通じてアラル海の環境問題の解決を訴える試みは「万博思考」そのものと言えるかもしれない。

なおこのパビリオンのなかでは、2年後(2017年)に開催を控えていたアスタナ万博のプロモーション映像も上映されていて、並々ならぬ力の入れ方が伝わってきた。私がその会場を訪れたのは、それからちょうど2年後、2017年の8月下旬のことだった。

「未来のエネルギー」というお題に奇策で応じたタイ

アスタナ万博は、2017年6月~9月にかけてカザフスタンの首都アスタナ(2019年にヌルスルタンと改称)で開催された。中央アジア初、旧ソ連圏初の万博ということもあってか、会期3か月間の認定博としてはかなりの規模であった。この万博で掲げられたテーマは「未来のエネルギー」。これは、推定埋蔵量世界第2位を誇るウランやカスピ海油田を擁するなど豊富なエネルギー資源を誇る一方で、大半の電力を石炭火力に依存している関係で、深刻な大気汚染やCO2排出の問題に直面しているカザフスタンの国情を反映したものでもあった*1。この万博は、2年前のミラノ万博の展示で一部先取りされていた視点をさらに展開しようとするものでもあった。

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アスタナ万博の建築物。空の下で人々が憩う。

ではこの「未来のエネルギー」という問題提起に対して、参加各国や企業はどのようなソリューションで応えようとしたのだろうか。環境問題に配慮せよという大前提を踏まえれば、大量のCO2を排出する化石燃料や使用済み核燃料の問題が未解決の原子力は排除されるので、選択肢はおのずと風力や太陽光に限定されてくる。実際、大半の参加国や企業は、この2つのいずれかに注力していた。展示にそれほど多く予算を割くことのできないアジア・アフリカの小国も、ステレオタイプな観光と物産の展示の傍らに、壁に数枚エネルギー関連のパネルを張り付けて、せめてもの課題解決をPRしていたのである。

そうした中にあって出色だったのがタイ館の展示である。大半の参加国や企業が風力や太陽光の展示に注力する中、タイはトウモロコシのバイオエタノールに注目してその展示を行い、ゆるキャラ風のキャラクターを前面に押し出してPRに勤めていた。その他タイ館は、偏光メガネを用いた3D展示を行ったり(この万博で同様の展示を行っていたのは、他には中国館だけだった)、ミスコンを実施したり、多くの点で異彩を放っていた。

バイオエタノールとは、バイオマス(生物燃料)を原料とした燃料のことである。大豆、ヤシ油、トウモロコシなどが主原料でエコカーなどに用いられているが、現時点では採算やCO2排出量などの問題が多く、「未来のエネルギー」としての地位を確立するには至っていない。私はタイ館がトウモロコシのバイオエタノールの展示を行っているのを見たとき、他国が押しなべて風力や太陽光に力を入れる中で敢えてバイオエタノールを選択したことと、これといってトウモロコシ生産国のイメージがないタイが、バイオエタノールの原料としてトウモロコシに着目していたことに驚いた。

このうち前者の理由は明快だろう。今回の万博のテーマ設定上、多くの国や企業が風力や太陽光の展示をおこなうことは誰でも予想できるし、優れた技術などこれといって見せるものがなければ、さして注目されることもない。周囲に埋没するのを避けるために、他とは違う切り口に着目するという判断は当然あり得る。

後者に関しては、誤解もあった。というのも、2019年時点でタイのトウモロコシ生産量は世界第25位に位置し、私の予想よりもずっと多かったからだ。恐らく、今後さらに大規模な増産も計画されているのだろう。とはいえ、日本と同じ稲作文化圏に属するタイにトウモロコシを主食としてきた歴史はないだけに、着目した理由が気になるところである。

*1 ダニエル・ヤーギンはカザフスタンのエネルギー資源が中国の「一帯一路」の重要なキーであることを指摘している。『新しい世界の資源地図』(黒輪篤嗣訳、東洋経済新報社、2022年)

日本人の知らないポテンシャルを秘めているトウモロコシ

トウモロコシはコメや小麦と並ぶ世界三大穀物の一角を占めるが、多くの日本人にそのような認識は希薄だろう。他の2つと比べて、口にする機会が少ないのだから無理もない。だが生産量(2019年)で見ると、小麦の7億4600万トン、コメの4億9800万トンに対し、トウモロコシは11億7000万トンと突出している*2。

トウモロコシはコメや麦と同じイネ科の一年草だが、他の2つが頭頂部に実をつけ、C³型の光合成を行うのに対し、茎の中間部分に身をつけ、C⁴型の光合成を行うという特徴があるが、この特徴は単位面積当たりの収量に直結する。いうなればトウモロコシは、最もエネルギー効率の良い穀物なのである。

生産量世界一の穀物とはいえ、トウモロコシには主食のイメージが乏しいのは、主にその用途が原因である。世界最大のトウモロコシ生産国であるアメリカの場合、2019年時点における国内消費量の約45%が家畜の飼料用、34%がバイオエタノール用、コーンシロップやコーンスターチの原料用が11%と、食用として利用されているのは全体のわずか10%に過ぎないという。もちろん、当初からそのように利用されていたわけではない。原産地であるメキシコやグアテマラでは一貫して主食として消費されているし、コロンブスが持ち帰った後に瞬く間に広まったヨーロッパでも、貧困層の主食として重宝された。だが近代以降の急速な工業化のなかで、トウモロコシの高いエネルギー効率が注目され「飼料」や「原料」としての価値が見いだされる。トウモロコシは、単位当たりの収量が高いいわゆるF1品種の栽培が容易で、機械による種まきや刈り取りに適し、除草剤や殺虫剤に強いという特徴を備えた、多くの点で理想的な「飼料」であり「原料」だったのである。

トウモロコシの高いエネルギー効率が人々の生活水準の向上に寄与した例として、牛肉を挙げておこう。豚や鶏と比べて、牛は同じ分量の肉を生産するのにより多くの栄養を必要とし、しかも栄養価の低い牧草を主食とする動物である。牛肉が高価なのは、要するにエネルギー効率が悪いからだ。だが、牛に牧草よりもずっと栄養価の高いトウモロコシを食べさせられれば、広大な牧場が不要になる上に生育期間を半分以上短縮できるので、大幅なコストダウンが可能となる。現在われわれが安価な牛肉を食べることができるようになったのは、本来牧草を食べる動物である牛を、トウモロコシ由来の飼料を食べられるように改良した研究成果のおかげなのである。

他にも、トウモロコシはわれわれの生活に深く浸透している。例えば、マクドナルドで提供されているメニューのうち、炭素がトウモロコシ由来であると判定されたものは、ドリンク類は100%、チーズバーガーは52%、マックナゲットは56%、フライドポテトは23%だという。これは、どのメニューにもトウモロコシを原料とするコーンスターチやコーンシロップが大量に使用されていることを示している。マクドナルドに限らず、多くの食品産業はトウモロコシなしでは成り立たないのである。

工業社会に適応して大幅に増産されたトウモロコシだが、それでもまだ改善の余地は多々残されている。その代表格が他でもないバイオエタノールだ。現在、トウモロコシを原料とするバイオエタノールのエネルギー収支比は0.8程度と1未満で、要するにエネルギーに変換などせず、そのまま食用として用いた方がコストパフォーマンスがよい状態だ。タイがバイオエタノールに注目したのは、今後の研究によってまだまだトウモロコシのエネルギー収支比を改善し、採算が取れるようになると踏んだからだろう。葉や茎の部分などを活用した効率の良いエネルギー転換法を開発し、実は従来通り食用として活用できれば一石二鳥であり、「未来のエネルギー」の新たな選択肢にもなり得る。今後の研究の進展に大いに期待したい。

*2 トウモロコシのエネルギー的側面からの情報は、古舘公介『エネルギーをめぐる旅―文明の歴史と私たちの未来』(英治出版、2021年)による。

脱炭素にも絡む「万博思考」

私は農業もエネルギーも全くの門外漢であり、タイのこの分野に関する政策についてほとんど何も知らないのだが、それでもトウモロコシという穀物のポテンシャルに大いに期待を寄せ、バイオエタノールの原料として着目したことはわかる。そしてその視点は、2年前のミラノ万博の時点で既に開示されていたものだった。ミラノ万博で、タイ館パビリオンは「世界を肥沃にし、喜ばせる」という独自テーマを掲げ、サステナビリティやハイテク化等々の観点から自国の農業の先駆的な取り組みを紹介していた。残念ながら細部は記憶していないが、近年増産に取り組むトウモロコシのことは当然視野に入っていただろう。

もちろん、未解決の課題も山積している。その代表例の1つが牛のメタンガスの問題だ*3。トウモロコシの給餌による大幅な増産の結果、現在世界中で家畜として飼育されている牛は総計10億頭以上と推測されるが、それらの牛が輩出するゲップやオナラとして排泄するメタンガスは、CO2換算にして年間約20億トンにも達すると推測されている。これは人類の経済活動で排出されるCO2全量の約4パーセントに相当し、脱炭素のための大きなターゲットとなるのだが、現時点ではこれといった解決策が見つかっていない。農業は鉄鉱石をコークスとともに溶解する製鉄業や、大量の石灰岩を必要とするセメント業と並んで、脱炭素が最も困難な産業の1つとみられており、SDGsでも目標として掲げられている脱炭素を実現するためには、何等かの解決策を導く必要がある。果たして今後の万博を舞台とした「万博思考」で、この問題に対して何らかのソリューションが示されることはあるのだろうか。

*3 森川潤『グリーン・ジャイアントー脱炭素ビジネスが世界経済を動かす』(文春新書、2021年)

参考文献
新しい世界の資源地図』ダニエル・ヤーギン 黒輪篤嗣訳(東洋経済新報社 2022年)
エネルギーをめぐる旅―文明の歴史と私たちの未来』古舘公介(英治出版 2021年)
グリーン・ジャイアントー脱炭素ビジネスが世界経済を動かす』森川潤(文藝春秋 2021年)